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映画『河童のクゥと夏休み』をようやく観てきました。
アニメかぁ、河童かぁ、とも思ったんですが、よしおさんご推薦だけあって、ほんとにスバラシイ!!!
ええ、泣きましたよ。何度も何度も。でもね、その涙も悲しい涙や孤独な涙、悔し涙に喜びの涙と、たくさんの感情が溢れてきて、「お子様向けの夏休みアニメ」なんて括りはできない、いろいろと考えさせられる美しい映画でした。
映画館には、リピーターの子供たちも多かったらしく、映画が始まると「クゥちゃんだよ、クゥちゃんとお父さんだよ」なんて会話が聞こえてきましたよ。
私に子供がいたら、連れていくのになぁ。
さて、ストーリーを掻い摘むと、江戸時代の地震によって地中深く閉じ込められた子供カッパ(クゥ)が、小学生の男の子(コウイチ)によって偶然現代に蘇り男の子の家族と交流し、仲間カッパを見つける旅に出るが見つからず、やがてマスコミに巻き込まれて大騒動に…(詳しくは、下のリンクからどうぞ)。
クゥとコウイチの種を越えて芽生える友情を軸に、物語は子供たちのイジメや淡い恋心なんかを描いていきます。そして、マスコミに踊らされて舞い上がる人間の弱さや、他者を傷つけることでアイデンティティーを保とうとする醜さ、絶対的な孤独の中で打ちひしがれそれでも立ち向かってゆく強さを、全くあざとさを感じさせない展開でしかし強く心に訴えかけてきます。
もう一つの大きな軸は、人間が犯し続けてきた自然環境の破壊と土地の支配でしょう。
クゥが呟く「人間は、沼や池を潰して畑を作り家を建てる。その内に、空も山も川もみんな手に入れて、その代わりに魂を失う。」という言葉がいつまでも残りました。
さらに、ラストの「この土地の神様、しばらくの間ここに居させて下さい。そして、お腹を満たす魚を与えて下さい。」というクゥのお祈りもまた正しいのだなぁと思いました。
私は特定の宗教を持ちませんが、最近ちょっと考えているのは、無理矢理に宗教を選ぶとしたら、私が信仰するのは「八百万の神様」なんじゃないかってことです。「神道」というわけではなくて、もっと原始的なアニミズム的な意味合いの神様。
山や川や植物や動物のみならず、音や香りや空気なんかのそこかしこに神様(のようなもの)は居て、私たちを見守ってくれている。
小さな小さな神様達を大切にすることは、できるだけ自然のままであろうとすることでしょう。そういう風に、過ごしたいなと考えています。
大分話が逸れましたが、「自然を破壊して、魂を失う」というのはとても悲しい真実だと思います。
どこかの市長さん(だったと思う)が「縦割りの分業化された工業型社会では、決して幸せなまちは作れない。みんなが力を合わせる農業型社会へ戻るべきだ」と言っていたのを思い出しました。農業型社会なら、人と人との繫がりが回復して社会の歪みもなくなるのかもしれない、なんてスバラシイ市長なんだろう!と勝手に盛り上がっていました。
私たち人間が行ってきた文明という名の自然破壊は、もう戻し様がないのかもしれません。クゥたちにとっては、農業型社会も十分に自然破壊だったんですから。
なぜ自然を壊すことが心を病むことになるのか、上手く説明することはできません。
でもね、これって紛れもない真実ですよ。だって、美しい空を見ることや川の流れる音を聞くことでとても心が落ち着くでしょう。
その美しい自然を破壊して平気で居られるのは、どこかがおかしく捩れているからよ、きっと。その捩れが生む隙間から、心は少しずつ抜け落ちていくのかもしれません。
話があちこちしてしまい、まったくまとまりのない感想になってしまいました。どうも、自然環境がテーマだと燃えてしまうようです…。
『河童のクゥと夏休み』では、人間と自然とを鋭い目で見つめながらもとても優しく丁寧に描いています。最初は、若干気持ち悪いかも、と思ったクゥもとてもキュートに可愛く思えてきますよ!
夏休みも残り僅かですが、もし時間があったらぜひご覧になってくださいね!
『河童のクゥと夏休み』公式HP
アニメかぁ、河童かぁ、とも思ったんですが、よしおさんご推薦だけあって、ほんとにスバラシイ!!!
ええ、泣きましたよ。何度も何度も。でもね、その涙も悲しい涙や孤独な涙、悔し涙に喜びの涙と、たくさんの感情が溢れてきて、「お子様向けの夏休みアニメ」なんて括りはできない、いろいろと考えさせられる美しい映画でした。
映画館には、リピーターの子供たちも多かったらしく、映画が始まると「クゥちゃんだよ、クゥちゃんとお父さんだよ」なんて会話が聞こえてきましたよ。
私に子供がいたら、連れていくのになぁ。
さて、ストーリーを掻い摘むと、江戸時代の地震によって地中深く閉じ込められた子供カッパ(クゥ)が、小学生の男の子(コウイチ)によって偶然現代に蘇り男の子の家族と交流し、仲間カッパを見つける旅に出るが見つからず、やがてマスコミに巻き込まれて大騒動に…(詳しくは、下のリンクからどうぞ)。
クゥとコウイチの種を越えて芽生える友情を軸に、物語は子供たちのイジメや淡い恋心なんかを描いていきます。そして、マスコミに踊らされて舞い上がる人間の弱さや、他者を傷つけることでアイデンティティーを保とうとする醜さ、絶対的な孤独の中で打ちひしがれそれでも立ち向かってゆく強さを、全くあざとさを感じさせない展開でしかし強く心に訴えかけてきます。
もう一つの大きな軸は、人間が犯し続けてきた自然環境の破壊と土地の支配でしょう。
クゥが呟く「人間は、沼や池を潰して畑を作り家を建てる。その内に、空も山も川もみんな手に入れて、その代わりに魂を失う。」という言葉がいつまでも残りました。
さらに、ラストの「この土地の神様、しばらくの間ここに居させて下さい。そして、お腹を満たす魚を与えて下さい。」というクゥのお祈りもまた正しいのだなぁと思いました。
私は特定の宗教を持ちませんが、最近ちょっと考えているのは、無理矢理に宗教を選ぶとしたら、私が信仰するのは「八百万の神様」なんじゃないかってことです。「神道」というわけではなくて、もっと原始的なアニミズム的な意味合いの神様。
山や川や植物や動物のみならず、音や香りや空気なんかのそこかしこに神様(のようなもの)は居て、私たちを見守ってくれている。
小さな小さな神様達を大切にすることは、できるだけ自然のままであろうとすることでしょう。そういう風に、過ごしたいなと考えています。
大分話が逸れましたが、「自然を破壊して、魂を失う」というのはとても悲しい真実だと思います。
どこかの市長さん(だったと思う)が「縦割りの分業化された工業型社会では、決して幸せなまちは作れない。みんなが力を合わせる農業型社会へ戻るべきだ」と言っていたのを思い出しました。農業型社会なら、人と人との繫がりが回復して社会の歪みもなくなるのかもしれない、なんてスバラシイ市長なんだろう!と勝手に盛り上がっていました。
私たち人間が行ってきた文明という名の自然破壊は、もう戻し様がないのかもしれません。クゥたちにとっては、農業型社会も十分に自然破壊だったんですから。
なぜ自然を壊すことが心を病むことになるのか、上手く説明することはできません。
でもね、これって紛れもない真実ですよ。だって、美しい空を見ることや川の流れる音を聞くことでとても心が落ち着くでしょう。
その美しい自然を破壊して平気で居られるのは、どこかがおかしく捩れているからよ、きっと。その捩れが生む隙間から、心は少しずつ抜け落ちていくのかもしれません。
話があちこちしてしまい、まったくまとまりのない感想になってしまいました。どうも、自然環境がテーマだと燃えてしまうようです…。
『河童のクゥと夏休み』では、人間と自然とを鋭い目で見つめながらもとても優しく丁寧に描いています。最初は、若干気持ち悪いかも、と思ったクゥもとてもキュートに可愛く思えてきますよ!
夏休みも残り僅かですが、もし時間があったらぜひご覧になってくださいね!
『河童のクゥと夏休み』公式HP
泣けました。泣けましたとも。
子供も楽しめるし、大人も考えさせられる作品ですね。
ご覧いただいたんですね!泣けるでしょ。そして考えさせられるでしょ。
最初はちょっと不気味に思えたクゥちゃんが、だんだん可愛くて可愛くてたまらなくなりました
よしおも31日にも一回見に行ってきました。
二度目は二度目でガーガー泣きました。
涙の泉は枯れず。
遠野の川で泳ぐ二人を見ていたら
この時間はクゥにとって現代によみがえって一番幸せな時間なんではなかろうか・・と思ったよ。
ああ、なんか文章がオカシイ。
はやくDVDでないかなー。
きっと、何度観てもいろんな発見があって楽しめそうですね。
クゥと一緒に川で泳ぎたいなぁ。あ、ふと思ったけどワタシ川で泳いだことって無いや。海でしか。
うちの近くの川は汚いしコンクリで固められてるし、泳ぐなんて発想がなかったよ。
クゥも居なくなっちゃうはずだよね…。