今は、観客を調整して観客をいれて
(かってのパリーグかっ!?)と思わず言ってしまうほど
それと対照的に…
大阪球場や、川崎球場、西宮球場
南海ホークス
白任天選手
フランク・ハワード選手
若き頃の東尾修 (右)
試合をしている
なんかセ・リーグの試合を観てたら
パ・リーグファンからお叱りがあるが…
悪夢の70年代の様な観客の入りみたいな昨今の状況。
(かってのパリーグかっ!?)と思わず言ってしまうほど
観客いない…
コロナの影響。
かっては
人気の セ・リーグ
実力の パ・リーグ
とうたわれるも
観客があまりにも少ない
パリーグの光景に寂しさを覚えた。
かっての盛況だった頃は
それと対照的に…
大阪球場や、川崎球場、西宮球場
藤井寺球場、と閑古鳥の鳴いてた映像をよく目にした。
今思えば
今の球場を見れば
あの頃のパリーグかっ!
って呟いてしまう。
そうかぁ
70年代のパリーグには
コロナが流行ってたんや
そんなボケも言いたくなる
その後、ライオンズ旋風でイチロー効果、野茂の台頭などでパリーグが熱くなって人気が出て
観客の少ないパリーグという汚名は返上していった80年代。
暗黒の時代だった70年代のパリーグ
その中でも僕は気になる選手が二人
南海ホークス
王天上選手
1978年入団
フランク・オーテンジオ
オープン戦では
本名で出ていたが球団が王選手の上を言って欲しいと日本名
「王天上」で登録された
なんとも笑える話。
2シーズン目で打撃不振で任意引退選手となる
気になった選手だった。
それと
ライオンズがまだ福岡平和台にいた時代。
太平洋クラブライオンズを名乗っていた時代。
白任天選手
フランク・ハワード選手
白鯨と言われた巨漢のスラッガー
白選手とハワード選手が気になっていた。
ちょうどマンガ
侍ジャイアンツにも実名で出ていたし、あぶさん
にも出てきたりして
太平洋クラブライオンズは
MLBのような派手なユニホームで
僕は好きだった。
若き頃の東尾修 (右)
加藤(初) 左
その後加藤は巨人へトレード
東尾は残り西武で活躍
暗黒時代の70年代
今またプロ野球は新型コロナで受難な時代の岐路に立たされている
あの頃なぁ〜
そう言っていた時代が懐かしい
あのコロナ!
今はそう言い放つ
コロナ憎し
といったところか…