社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

櫻井絹江「賃金の性別格差統計の国際比較」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年

2016-10-26 11:34:28 | 6-1 ジェンダー統計
櫻井絹江「賃金の性別格差統計の国際比較」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年

本稿は賃金の男女格差の国際比較を行うとともに,日本の女性の賃金を国際的に位置づけることを目的としている。構成は次のとおり。「1.実収賃金の性別格差に関する国際比較統計の問題点」「2.女性賃金比較の国際統計資料と文献紹介,(1)国際機関における女性賃金の国際比較統計資料[①ILO,②EU],(2)国際機関における女性賃金の国際比較文献資料,(3)女性賃金の国際比較統計-日本語文献と日本における研究-[①労働省関係出版文献,②その他の文献]」「3.女性の賃金に関する国際比較表,(1)実収賃金の男女格差比較の前提,(2)EUを中心とした製造業肉体労働者賃金の男女格差比較,(3)EUを中心とした卸売・小売業労働者賃金の男女格差比較,(4)パートタイム労働者の賃金各国比較,(5)電器部品組立工(女性)賃金の各国比較,(6) 製造業肉体労働者の賃金の男女格差推移比較」「4.賃金の男女格差国際比較にみる日本の女性賃金の世界的順位と特徴」。

 本稿で扱われる賃金概念は,実収賃金である。問題点が6点,挙げられている。第1に賃金に含まれる項目とその範囲で,ここでは直接賃金・俸給とボーナスが対象とされる。第2に労働時間に関する問題である。男性は女性に比し時間外労働時間が多いので,1か月あたり賃金の比較では労働時間の差が考慮されなければならない。労働時間としては実労働時間がとりあげられる(支払い労働時間ではない)。第3に対象労働者の問題である。フルタイム労働者かパートタイム労働者の相違,職制の違いが考慮されなければならない。第4に産業分野の問題である。産業別男女の別の統計資料が国際的に十分に整備されていないなかで,どの産業で賃金の男女格差を比較するかが問われる。第5に対象となる企業規模の問題がある。各国の統計は一様でなく,比較は容易でない。第6に賃金の男女格差の国際比較には世界の各地域,第三世界の各国を網羅する必要があるが,本稿ではEU諸国・北欧からスウェーデン,オセアニア地域からオーストラリア,NIES諸国から韓国を取りあげている。

 利用可能な資料が紹介されている。以下,順に掲げる(一部省略)。それぞれについて,評価と問題点が付されているので参考になる。
【統計】
ILO『国際労働統計年鑑』(Year Book of Labour Statistics)/ILO『職業別賃金と労働時間と食品価格-10月調査』(Statisics on Occupational Wages and Hours of Work and on Food Prices – October Inquiry Results)/EU『賃金-産業とサービス』/EU『賃金構造調査』(Structure and Earnings in Industry)1972年,75年/OECD『経済統計』(Main Economic Industries)/国連『世界統計年鑑』(Statistical Yearbook)/国連『世界の女性1970~90,その実態と統計』(The World’s Women 1970-1990 Trends and Statisitics) /国連『開発における女性の役割についての世界調査』(1986年・1989年)(World Survey on the Role of Women in Development)

【文献】(上記と重複しているものは省略)
ILO『世界労働報告』第2巻(1986年),第5巻(1992年)(World Labour Report) /欧州委員会『ヨーロッパの女性』(Women of Europe-supplements)「労働市場における女性の地位-EC12ヶ国の傾向と発展 1983-1990」第5章 /EC統計局『ECの女性』(1992年)(Women in the European Community)第11章/OECD『雇用見通し』(Employment Outlook) (1988年)第5章「婦人,労働,雇用と賃金,最近の発展の観察」

【日本の関連統計・文献】
労働省大臣官房政策調査部『賃金統計総覧』93年度版/労働大臣官房国際労働課『海外労働白書』/労働省婦人局『働く女性の実情』/ILO『国際労働統計年鑑』/労働省『昭和54年版労働白書』/日本生産性本部(1993年版)『活用労働統計』/藤本武『国際比較-日本の労働条件』1984年/海野恵美子「女子賃金・雇用の日欧比較」『家政経済学論叢』第20号,1984年/小池和男「女子労働の国際比較」『日本の熟練』有斐閣選書,1981年    
 筆者は統計資料、文献をひととおり紹介した後、種々の制約がある条件のもとでではあるが、実収賃金の男女格差の国際比較を行っている。対象分野は産業の一典型として製造業肉体労働者、サービス業のそれとして卸売・小売業である。前者では女性雇用者の比率は少ないが、賃金の国際比較で伝統的に対象とされたきた分野であり、比較的正確な統計がそろう。後者では、女性が従事するサービス業のなかで構成比の高い分野である。問題はパートタイム労働者の取り扱いである。男性労働者のなかでパートタイム労働者が占めるきわめて低いので無視できるが、女性労働者ではそうはいかない。そこで、後者では必要な調整が行われている(その手続きはここでは省略する。102ページ参照)。

その結果、製造業肉体労働者の性別格差は比較15カ国中、日本は最低である(1990年)。女性労働者の賃金(1時間当たり)は、男性の半分にも満たない(男性を100として49.8)。因みに格差が小さいのは、スウェーデン(89.8)、デンマーク(84.5)、オーストラリア(81.6)である。
卸売・小売業労働者では、オーストラリアの性別格差が小さい(83.4)。以下、ポルトガル(75.0)、スウェーデン(74.5)、ドイツ(66.4)、フランス(64.4)、スペイン(64.1)と続く。日本は42.8で比較12ヶ国のなかで最下位である(1990年)。

 パートタイム労働者の賃金の国際比較では、比較にたえる統計の入手が日本、イギリス、オーストラリアの3ヶ国に限定された、という。ただし、この3カ国間でもパートタイマーの定義が一様でなく比較が困難としながらも、パートタイム労働者の賃金のフルタイム労働者の賃金に対する比率は、オーストラリアで98.1%、イギリスで74.3%、日本で60.2%である(1992年)。

 筆者はこの後、統計の制約を了解しながら、電気部品組立工(女性)の賃金の各国比較(1990年ないし91年)、製造業肉体労働者の賃金格差推移の国際比較を示し、最後に実質実収入賃金の水準を計算し、日本を100とした差異指数で比較21各国中15位であることを確認している。くわえて、実質実収入賃金指数(A)と男女格差指数(B)を組み合わせ4タイプ[(A)上位×(B)上位:ドイツ、ベルギー、デンマーク、オランダ][ (A)中位以上×(B)中位以上:フランス、イギリス、アイルランド][ (A)中位下位×(B)中位下位:スペイン、日本][ (A)(B)いずれかが上位×一方が下位:スウェーデン、ルクセンブルク]に分類した独自の考察を行っている。

 日本の賃金の男女格差の特徴は、筆者の示すところ、次のようである。(1)ヨーロッパ諸国が男女格差を縮小した60年代、70年代に、日本の異常に大きい男女格差は是正されていない。(2)先進資本主義諸国では、日本の賃金の男女格差は最大であり、他の諸国と比べて格差の程度がはなはだしい。(3)実質実収入賃金(男女計)の水準は低いうえに、男女格差が大きいので、女性の賃金水準は低い。(4)パートタイム労働者の賃金は国際的にみて、異常な低さである。(5)開発途上国と日本の女性の賃金水準を比較すると、東南アジアの開発途上国では日本の女性賃金の約10-50%である。

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