社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

大屋祐雪「統計論への序説」『経済学研究』第29巻第3号,1964年

2016-10-04 20:22:58 | 2.統計学の対象・方法・課題
大屋祐雪「統計論への序説」『経済学研究』第29巻第3号,1964年(大屋祐雪『統計情報論』九州大学出版会,1995年所収)

個々の科学は独自の研究対象をもち,その研究対象の独自性が研究方法の特殊性を生み出す。統計学という特殊な研究分野では,これらの2つの命題はどのように活かされ,どのように統一されているのか。この論稿は,こうした問題意識で書かれている。

統計(学)の定義には諸説があり,その数は非常に多い。同じ統計という呼称のもとに,異なったものが理解されている。筆者はこれらの諸説の検討に立ち入ることを控え,常識的に理解されている統計というものから出発して,上記の問題を考察している。考察の方法は,さまざまな統計を「類別」し,「抽象」し,「概念化」するというものである。

常識的に理解されている統計として参考にとりあげられたのは,(1)日本統計年鑑の統計(表),(2)著名な統計学者の著書にある統計(表)である。これらから抽出した統計が,A群(1に対応)とB群(2に対応)とに分類されている。

 【A群】①経営組織別,産業別事業所数,②製造業の給与種類別・1か月現金給与額,③消費支出階級別世帯,④畳数および世帯人員別世帯数,⑤製造業賃金指数,⑥国際統計[石炭],⑦産業別活動指数

【B群】①頭髪の色Hと眼の虹彩の色Kとについての分割表,②英語における文字の度数分布,③男子の身長,Showing the Number of Successes with Throws of 12 Dice, ④xとyとの相関表,⑤人造電鉛電極の抗析力(以上は数理統計学者の著作からのもの)

個々の統計の内容を問わず,表形式に限定して類別すると,構造表と系列表とに分かれる。構造表は,表頭もしくは表側の分類標識の性質に応じて2つに大別できる。分類標識が質的な質的構造表(度数分布表など)とそれが量的な量的構造表(相関表など)である。系列表には時系列表,場所的系列表がある。

 以上の整理から,筆者は統計をその外的表示形式のみで定義づけるなら,「統計とは,表頭もしくは表側の標識に対応する事象を量的に表現した数字である」としている。

 次に筆者は統計の内容的形式の考察に入る。そのために2枚の表が用意され,一つは「賃金表」,もう一つは「太郎の身長」である。前者はある個人の給与の内訳(基本給,奨励給,生活補助金,超勤給,その他)を示したもので,後者は太郎の成長の身長を時期的に記録したものである。これらは統計ではない。なぜなら,これらは対象の集団的把握ではないからである。こうしてみると,数理統計学は統計の科学というよりは,数値の集合に関する論理を探求する学問であることが明らかになる。(ここで数理統計学に限定されて叙述されているのは,上記のB群の統計に対応しているため)

 統計は集団についての数量的表示であるが,その数量は調査主体の合目的的活動の所産である。この観点からみると,A群の統計は調査目的,調査範囲,調査方法などと不可分であり,事実の数量的記述としての性格しかもたない。これに対し,B群の統計は集団の大きさが不明で,何らかの目的のために集団を構成し,測定し,分類した結果である。何らかの目的とは,集団についての性質や関係の安定的な,あるいは恒常的な値を見出すということである。このような値を得るには大数であることが望ましいが,実際にそうしたものを整えることは容易でない。いずれにしても,ここで集団の大きさは要求される安定性の度合と時間および費用を考慮して,調査主体の側でコントロール可能である。したがってA群の統計とB群のそれとは形式的な抽象の産物としては類似の数列であるが,集団とそれを語る統計における目的性の差異を考えると似て非なるものである。蜷川虎三は,後者を測定値,測定値集団と呼んだ。しかし,大多数の人間はこの相違を認めず,以前として両者を「統計」という呼称を使うことを慣わしとしている。
以上の検討から筆者は統計(学)の対象は,客観的に社会的存在である政府統計および私的統計,ならびにそれらの作成過程と利用過程ということになる。統計の理解は,統計調査の理解をまって初めて十全となる。

本稿は大屋祐雪『統計情報論』(1995年)に,第1章として収録されている。収録にあたって冒頭のレーニンの「ヘーゲルの著書«論理学»の摘要」からの引用とコメント,マルクス『経済学批判序説』からの引用と「上向」「下向」の論理の説明,は削除されている

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