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『先生のお庭番』 単行本 – 2012/8/11 朝井 まかて  (著)

2022年08月29日 | 本と雑誌

先生のお庭番 単行本 – 2012/8/11
朝井 まかて  (著)
5つ星のうち4.3    147個の評価

※阿蘭陀から来た医師シーボルト(ドイツ生まれ)が長崎の出島で薬草園を造る話で、園丁として15歳の熊吉が派遣される。

阿蘭陀関連 このブログ『阿蘭陀西鶴』 単行本 2014/9/10 朝井まかて著 講談社
2019年06月19日 | 本と雑誌

以前奄美を訪れたドイツのかたにお聞きしたら、ドイツではシーボルトはさほど有名ではないとことで
シーボルトについてはいろいろ調べたりもした。

シーボルトはドイツの貴族階級の生まれで1823年(文政6年)長崎に到着し、出島のオランダ(阿蘭陀)商館医となる。シーボルトの阿蘭陀語は通辞よりも発音が不正確で怪しまれた。

シーボルトの発音で、主人公のお庭番・熊吉はコマキ
奥方のお滝さんはオタクサ
シーボルトは、しぼるとと呼ばれている。
それだけで物語がとてもリアルに感じられる。これもまかて節だろうか。
鳴滝塾の滝はお滝さんと関連があるのだろうか。

シーボルトは特にアジサイの美しさに魅せられた。

wiki 学名の属名 Hydrangea(ハイドランジア)は、「水」の意味である。シーボルトはアジサイ属の新種に自分の妻「おタキさん」の名をとって Hydrangea otaksa と命名し、物議をかもした。これは Hydrangea macrophylla と同種であった。wiki

物語はシーボルト事件が近づくとがぜん面白くなる。シーボルトの謎めいた(実際謎が多い)存在と相まって浮き上がってくる当時の日本の様子もリアルに。当時植木のカタログ販売なども行われていたとは。

wiki シーボルト事件(シーボルトじけん)は、江戸時代後期の1828年にフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトが国禁である日本地図などを日本国外に持ち出そうとして発覚した事件。役人や門人らが多数処刑された。1825年には異国船打払令が出されており、およそ外交は緊張状態にあった。

薩摩藩8代藩主・重豪とシーボルトの親交はよく知らていて曾孫の斉彬とともにシーボルトと会見してもいる。将軍の岳父で、蘭癖大名・学者大名としても名を知られていてそのせいで奄美の人々もいろいろと駆り出された、と聞いている。
重豪の名は直接登場はなかったと思います。シーボルトの謎についてもっと調べたい。

 

amazon 内容(「BOOK」データベースより)
西洋に日本の草花を根づかせたい。長崎の若き職人がシーボルトと共に伝えたかったもの。

登録情報
出版社 ‏ : ‎ 徳間書店 (2012/8/11)
発売日 ‏ : ‎ 2012/8/11
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本 ‏ : ‎ 269ページ


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