密航・命がけの進学―
アメリカ軍政下の奄美から北緯30度の波涛を越えて [単行本]
芝 慶輔 (編著)
←表紙写真は 昭和20年秋 空襲直後の名瀬の街 おがみ山から。
昭和28年 同じ角度からの見違えるように復興しつつある名瀬の写真も掲載されている。
密航という言葉から、
どんなことをイメージするでしょうか。
百科事典によると、
密航(みっこう)とは、正規の出入国手続きを取らずに他国に渡航をすること。すなわち、航空機や貨物船に紛れ込み、あるいは渡航先の上陸資格を持たない船に乗船して渡航することをいう。密航を行う者を密航者という ...
とあるが、この本は、戦争で突然分断された祖国本土へ進学のため、命がけで島を出て行った若者達の話である。
奄美群島が戦後8年間、日本本土から行政分離され沖縄とともに米軍政下に置かれていたということは、今では奄美においてさえ知らない若い人たちが増えつつある。
密航進学の悲惨な事実は今日まで正確には伝えられていないということに驚いた。
苦い砂糖の歴史的経験の故だろうか、戦前、本土の有名大学にも、この小さな島から驚くほど多くの学生たちが進学していた。
戦後、軍政下になり1950年から本土への留学制度も始ったが、人数が限られ、そのことが、島の若者たちの向学心を一層高める。
復帰直前の52年に留学制度の条件が緩和されるまで留学密航は盛んに行なわれた。
現在70代、80代の高齢になられた22名のかたたちが、その体験を後世に伝え残そうと記憶をたどり書きあげた手記。実際の過酷な体験談だけに迫力がある。
向学心に燃え、法を犯し、命の危険すら顧みず、監視の目をさけ、荒れの日の海へ。小さな漁船で、黒潮が逆巻く難所、七島灘(しちとうなだ)を越えねばならない。
荒くれ船長(中には親身になってくれる人もいたが)の罵声で、波に飲まれないため体を柱にしばりつけ、滝のように降り落ちる海水に耐える。全身ずぶぬれになりながら耐え、死をも覚悟の一昼夜二昼夜。もう二度と会うこともできまいと玄関まで這って別れを告げにきた高齢の祖母の言葉が、面影が浮かぶ。船底は海面のたたきつけられ、いつエンジントラブルが起こらないとも限らない。
失敗し、海中に命を落とした人たちの話は、もはや知ることはできない。
島の親戚が身をけずる思いで集めたお金や、その代わりの砂糖を悪徳業者に騙し取られ、着の身着のままで鹿児島に上陸する者。業者もまた生きるため必死なのだっただろう。
錆釘で修理し、重さが倍にもなった引揚者から借りた軍靴、それすらも失い、裸足で街を歩くはめになったもの。
もと同じ鹿児島県人だった警察官に逮捕され、拘置所での理不尽なあつかいを受けた人は、行政分離の悲惨を肌身で思い知る。
こんな姿を島の人が見たらなんと思うだろう。それでもあきらめるわけには行かない。島歌「戻(もどぅ)しなりゅむぃ、黒潮乗(くるしゅぬ)り出し、戻(むどぅ)しなりゅむぃ」の歌詞そのままであったろう。行かなければならない東京への進学の夢がそれをささえた。
判決の日、裁判所に着ていく服がなく、鹿児島に住む叔母から借りた女物のスーツが体にあわず、気になり、判決も上の空で聞いた人もいた。
幸運にも、必死の旅の途中、見ず知らずの人から受けた親切に生涯忘れられない思いをした体験。
その先にも、警察の厳しい目を避けなければならい旅がつづく。人間万事塞翁が馬とはいうものの、ちょっとした運不運が人生を分ける厳しい現実も思い知る。
無事東京で入学を果たしても、行政分離の島からの仕送りは期待できるわけではない。
働きながら勉強しつつ、かつ故郷奄美の復帰運動に尽力した青春の日々は、充実し、今では誇らしくさえ感じられるようだ。原稿を依頼された方の中には、もう高齢のため記憶も薄れ執筆を断念された方も数名いらしたという。
米軍基地移設問題でゆれる徳之島から投稿した女性は、戦中戦後の悲惨な体験を思い出し、基地はいらないとペンを取ったという。
amazon 商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
死と隣り合わせの危険を顧みず、なぜ、若者達は旅立ったのか?昭和21年から28年の日本復帰まで北緯30度線以南の奄美群島は「アメリカ」であった。向学心に燃え、祖国分離の壁を乗り越えた青春の証言。
登録情報
単行本: 285ページ
出版社: 五月書房 (2011/02)
商品の寸法: 19.2 x 13.6 x 2.6 cm
五、六トンからせいぜい二、三〇トン焼玉エンジンのポンポン船に身を託し、まかり間違えば生命の危険さえある黒潮逆巻く七島灘(しちとうなだ)を突っ切って、軍政下の閉塞状況から脱出し、進学していった止むに止まれぬ青春の心情――しまうた(奄美民謡)の歌詞を借りれば、「戻(もどぅ)しなりゅむぃ、黒潮乗(くるしゅぬ)り出し、戻(むどぅ)しなりゅむぃ」そのままであったであろう。その証言集が、この一冊である。(「まえがき」より