「1ヶ月経つ前にブログを更新しないと」と思って連続更新してみました。
400年祭ツアーに参加して、初めて繁長八幡社裏に建っている五輪塔が、どの順番で建てられたかを知ることができました。
真ん中の五輪塔、向かって右、左の順に古いんだとか。
真ん中の五輪塔が充長、向かって右が重長、左が政長のものなのかしら?でも、政長は家督を譲られてすぐに、鮎貝へ移動となっているから…どうなのかなぁ。それとも、繁長・充長・重長の五輪塔なのかしら?
ちなみに四角いお墓は、鮎貝に移ってからの当主が「どうしても福島で死にたい」と晩年福島に戻ってきて、その後亡くなったため建てたお墓だとか。