日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

プロテスタントとカトリック

2016-05-31 22:09:59 | 大分中央ウィークリー

五、「教会とわたしたち」(364)

近代から現代へ(宗教改革とその後)   はじめに近代への萌芽として、アウグ

スチヌス著「神の国」から引用(その5)(1、ローマが略奪を蒙ったとき、~)

 このようにして多くの者が生命を全うしたが、今わたしたちのキリスト教信仰を非難し、ローマ市に降りかかった禍をキリストのせいにするのは、その者たちであ

る。蛮族たちがキリストに対する尊崇のゆえに彼らに示した恩恵そしてそれが事実彼らの生命を救ったのであるが)を、彼らはわたしたちのキリストに帰せず、

幸運のせいにする。もしも彼らが正義の何たるかをわきまえることができるならば、(前回ここまで、訳文30頁2行目)彼らが敵の手によって蒙った苛酷な取り扱

いを、進んで神の摂理に帰することであろう。神は人間の邪悪な生活を矯正し、抑制するため、戦争という手段を用いられ、またこのような患難を通じて、善良で

賞賛に値する者を陶冶されるのである。神は彼らをこのように試みたのち、ある者をよりよき世界に移し、ある者を他の優れた目的のため地上に引き留められ

る。いずれにしても、これら血に飢えた蛮族たちはキリストの名のゆえに、いずこにおいても、特に聖別された建物(それらの最大のものは聖所として、きわめて

多数のものに避難所を提供した)の中で戦争の常のならわしをはるかに超えた憐憫の情を示したのである。わたしたちに反対する者たちはこの幸運を、彼らが

キリスト教の時代に生きているという事実に帰すべきである。彼らはこのことについて神に感謝を捧ぐべきである。このことのゆえに

~(つづく)(教団出版「神の国」出村彰訳1968


聖書研究

2016-05-31 22:07:14 | 大分中央ウィークリー

創世記23章6節である。「ご主人、お聞きください。あなたは、わたしどもの中で神に選ばれた方です。どうぞ、わたしどもの最も良い墓地を選んで、亡くなられた

方を葬ってください。わたしどもの中には墓地の提供を拒んで、亡くなられた方を葬らせない者など、一人もいません。」という。これは「泣く人と共に泣く」(ロマ

12:15)という人々の誠心誠意の答え方である。サラの生涯は127年という。 

アブラハムは、その父テラ70歳のときに生まれ、この彼が75歳のときに145歳の父テラを残し、意を決してハランを発った。そのとき、10歳年下65歳の妻サラ

イと、5~6歳(推定)の少年の甥のロトとを連れていた (12:4)。辛苦を共に62年間の人生の旅路の別れ。これをいって、カナンの地、ヘブロンでの、大いなる悲

しみという。 

 

7節である。「アブラハムは改めて国の民であるヘトの人々に挨拶をし、」という。4節でアブラハムは、「墓地を譲ってください」と頼んだはずである。6節をよく読ん

でみると、ヘト人の言い分は、「~わたしどもの中には墓地の提供を拒んで、亡くなられた方を葬らせない者など、一人もいません。」という。あくまでもそれは「土

地の提供」であって、売り渡すとは、いってもいない。恐らく、売り渡す意思はまったくなかったと観るのが普通である。厳しく感じ取ったのはアブラハムであった。 

これがいつに時代にも通じる土地と人間との関係である。アブラハムは慎重に受けかつ一層積極的に話を進めねばならないと考えたようである。7節の「挨拶を

し、」というのは、直訳すると、「立ち上がってひれ伏す」という言葉である。挨拶上の駆け引きが始まった。人間ヘトの言い分をごく当然のように受け対応しようと

した。


牧 会 通 信

2016-05-31 22:01:57 | 大分中央ウィークリー

(原 光訳 2000年、沖積舎ダンテの「神曲 地獄」編 第13歌(カッコ内は筆子、その13) 

◯残忍な霊が肉体から自身を引抜いて離れると、ミノス(神話のクレタの王子)によつて第七圏(第七地獄)に送られ、この森に落ちるが、

 選ばれた所ではなく、偶然によつて投げつけられた所で、霊はオート麦の粒のやうに発芽して、若枝と伸び野蛮な潅木となる、するとアルビア(神話の牛頭

身人怪物)たちがその葉を食つて苦痛を与へ、苦痛に吐け口を与へる。

(ここまで前回)

◯他の霊たちのやうに、わたしら自身の抜殻(ぬけがら)を取りに行くだらうが、しかしまた着るためではない、自ら取去つたものをもつのは正しくないのだか

ら。わたしらは脱穀をここへ引きずつてくるが、この暗鬱な森の中で肉体はそれぞれ、自身の残酷な霊の茨に吊されるだらう。」まだ外のことを言ふつもりなの

だと思ひこんで、わたしらが幹のそばで待受けてゐると、不意打の騒音に愕(おどろ)かされた。(つづく)

 

◯2016年5月29日は第二十二主日、三位一体後第一主日という。日聖協「聖書愛読こよみ」は「一致」という主題。聖書は詩編133編1~3節である。「都

に上る歌、ダビデの詩。見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。かぐわしい油が頭に注がれ、ひげに滴り 衣の襟に垂れるアロンのひ

げに滴り ヘルモンにおく露のように シオンの山々に滴り落ちる。シオンで、主は布告された 祝福と、とこしえの命を。」と唱われている。150編の詩編中、

最も平和の喜びを伝える詩編である。

 

◯写真は、別府不老町教会の礼拝堂の天井が今回の震度6の地震によって、築90年老朽化と共に崩落の危険があり、礼拝堂それ自体が使用不能と判定。写真撮影27日、南茂。


プロテスタントとカトリック

2016-05-26 12:43:51 | 大分中央ウィークリー

五、「教会とわたしたち」(363)

近代から現代へ(宗教改革とその後)はじめに近代への萌芽として、アウグスチヌス著「神の国」から引用(その4)

(1、ローマが略奪を蒙ったとき、~)

殉教者たちの廟(びょう)堂や使徒たちの会堂がこの事実を証しする。ローマ略奪の間、そこに避け所を求めた者には、キリスト信者たると(前回ここまで、訳

文29頁9行目) 異教徒たるとを問わず、これらの会堂は等しく門戸を開いた。残虐なる蛮族どもは荒れ狂ってこの門のところまで殺到したが、その殺意に満ちた

恐怒もそのしきいを越えて及ばなかった。蛮族の中でも慈悲心に富む者どもは、聖所の外でその命を助けた人々が、それほどは憐れみ深くない敵の手に陥るこ

とのないように、彼らをその建物に伴って来た。他の場所では殺戮や略奪をほしいままにした者たちでさえ、のちにはこれらの場所に来はじめた。そこでは、他

処では戦争の掟によって許されていることも、厳しく禁じられていたのである。その門の内側では彼らの燃えたぎる殺意は消え失せ、征服欲も抑制された。

 このようにして多くの者が生命を全うしたが、今わたしたちのキリスト教信仰を非難し、ローマ市に降りかかった禍をキリストのせいにするのは、その者たち

である。蛮族たちがキリストに対する尊崇のゆえに彼らに示した恩恵(そしてそれが事実彼らの生命を救ったのであるが)を、彼らはわたしたちのキリストに帰

せず、幸運のせいにする。もしも彼らが正義の何たるかをわきまえることができるならば、~(つづく)(教団出版「神の国」出村彰訳1968


聖書研究

2016-05-26 12:40:43 | 大分中央ウィークリー

創世記23章5節である。「ヘト人はアブラハムに答えた。どうか、」とあるが、翻訳としては、「どうか」というのは不必要であるが、もし、この言葉を入れるなら、6節の初めに入れる言葉であろう。要するに、ここは二つ返事といってよい。「ヘト人」というより「ヘトの子達は(ベネー ヘト)」であり、原語は複数形である。「ヘトの子達が快く答えた。」という言い方にした方が良い。口語訳は「ヘトの人々は~」となっている。 

たぶん、アブラハムの丁重な願いと、それを受けてのアブラハムのその状況への心からの彼ら全体の厚い同情をあらわして、そばに集まった全員が心を合わせてアブラハムに答えているようである。アブラハムもまた、ヘト人の集団の同意を得ようとしていたのであろう。なぜなら、個人的出来事であるが、同時に全体が共有している。このような訃報はその集団全体のものであった。果たして今日はどうか。 

6節である。「ご主人、お聞きください。あなたは、わたしどもの中で神に選ばれた方です。どうぞ、わたしどもの最も良い墓地を選んで、亡くなられた方を葬ってください。わたしどもの中には墓地の提供を拒んで、亡くなられた方を葬らせない者など、一人もいません。」という。これは「泣く人と共に泣く」(ロマ12:15)という人々の誠心誠意の答え方である。サラの生涯は127年という。 

アブラハムは、その父テラ70歳のときに生まれ、この彼が75歳のときに145歳の父テラを残し、意を決してハランを発った。そのとき、10歳年下65歳の妻サライと、5~6歳(推定)の少年の甥のロトとを連れていた (12:4)。辛苦を共に62年間の人生の旅路の別れ。これをいって、カナンの地、ヘブロンでの、大いなる悲しみという。