(原 光訳 2000年、沖積舎)
ダンテの「神曲 地獄」編 第16歌(カッコ内は筆子、その13)
◯先達が命じるままに、わたしはそれをすつかり解き外し、結び目を作りぐるぐる巻きにして師に渡した。
すると師は右の方を振向いて、崖縁からかなり遠く谷深くそれを投げ落とした。「師がこのやうに凝(ぎゅ)つと眼で追つてゐる、新奇な合図には、」とわたしは心の中で言つた、「新奇なものが答へる筈だ。」
振舞いを見るばかりではなく、洞察力で深い考えまでも見破るものの近くでは、どんなに用心しなければならぬことか!(前回ここまで)
◯師は言つた、「わたしが待ちそなたが想像してるものがすぐ上って来て、そなたの眼に見られるだろう。」
嘘の外観をした真実については、つねにできるだけ口を閉じてゐるべきだ、言へば罪もないのに恥しい思ひをさせられるから。
だがここで黙つてはゐられぬ、読者よ、長く好意をもって読みつがれるやうにと願つてゐる、この喜曲(コメディア)にかけて断言する、
(つづく)
◯本日、5月7日の日本聖書協会の、「聖書愛読こよみ」の主題は「一つとなるために」という。聖書はヨハネの
17章14~19である。その11節、「~聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってくださ
い。わたしたちのように彼らも一つとなるためです。」と。使徒たちのための祈りである。ご自分と十二使徒たち
との一体性を祈っておられる。イエスの十字架の死と復活、天に上げられたあと、この十二使徒に全てを託さ
れた。わたしたちが徹底的に聞いて信じて生きるためであった。トマスへの試みを残され「見ないで信じる信
仰」(ヨハ20・19)の試みの世界。わたしたちに、見ないで信じるか、信じないかと。
◯写真は、四月一六日、イースター墓地礼拝記念写真。上平家墓地の終消によって、故上平啓洲兄、故上平
ミサヲ姉、故上平寿子姉のご遺骨三体を、移転埋葬された。
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