本日は出雲の山男さんのクルマで京都洛西の大原野へ(^^)/
高速で1時間ってとこでしょうかね。
善峯寺
西国三十三所第20番札所。桂昌院ゆかりの寺。綱吉の厄除けのために寄進したつりがね堂がある。桜・つつじ・牡丹・芍薬・サツキ・紫陽花・秋明菊・紅葉といった季節の花の名所で京都市内を一望する眺望の名所として知られる。
西国三十三所第20番札所。桂昌院ゆかりの寺。綱吉の厄除けのために寄進したつりがね堂がある。桜・つつじ・牡丹・芍薬・サツキ・紫陽花・秋明菊・紅葉といった季節の花の名所で京都市内を一望する眺望の名所として知られる。
桂昌院さん こんちは
厄除けの鐘
いい景色だわぁ
十輪寺
平安時代の歌人・在原業平の晩年の住まい跡。恋多き業平が塩を焼いて藤原高子への思いを伝えたとされる塩釜の跡がある。業平のお墓は「宝篋印塔」。立って見る・座って見る・寝て見る、三つの見方で感じ方が変わる「三方普感の庭」が有名。
平安時代の歌人・在原業平の晩年の住まい跡。恋多き業平が塩を焼いて藤原高子への思いを伝えたとされる塩釜の跡がある。業平のお墓は「宝篋印塔」。立って見る・座って見る・寝て見る、三つの見方で感じ方が変わる「三方普感の庭」が有名。
塩釜の跡
業平の墓
三方普感の庭
金蔵寺
718年 元正天皇の勅願により創建。今昔物語に登場する天台宗の古刹。京都でいちばん遠い拝観寺院
718年 元正天皇の勅願により創建。今昔物語に登場する天台宗の古刹。京都でいちばん遠い拝観寺院
ここも絶景だね
大原野神社
784年桓武天皇が長岡京へ遷都される時に皇后の氏神である奈良の春日明神が遠くなったためここに分祀したのがはじまり。藤原業平が和歌を詠じて奉った。「大原や をしほの山も 今日こそは 神世のことも 思ひいづらめ」。
784年桓武天皇が長岡京へ遷都される時に皇后の氏神である奈良の春日明神が遠くなったためここに分祀したのがはじまり。藤原業平が和歌を詠じて奉った。「大原や をしほの山も 今日こそは 神世のことも 思ひいづらめ」。
ここは狛鹿さん
勝持寺
通称「花の寺」。679年天武天皇の命により創建。西行は1140年この寺で出家して桜を植え、これが「西行桜」で高浜虚子は「地にとどく西行桜したしけれ」と詠んだ。桜と紅葉が100本づつある名所。
通称「花の寺」。679年天武天皇の命により創建。西行は1140年この寺で出家して桜を植え、これが「西行桜」で高浜虚子は「地にとどく西行桜したしけれ」と詠んだ。桜と紅葉が100本づつある名所。
西行桜
願徳寺
天台宗寺院。京都で一番小さな拝観寺院。679年持統天皇が創建。応仁の乱により焼失後家康により再興。1973年本堂と庫裏を現在地に移転。本尊の国宝如意輪観音菩薩半跏像は美仏。
天台宗寺院。京都で一番小さな拝観寺院。679年持統天皇が創建。応仁の乱により焼失後家康により再興。1973年本堂と庫裏を現在地に移転。本尊の国宝如意輪観音菩薩半跏像は美仏。
正法寺
通称「石の寺」。782年最澄が建立し810年空海が入寺した。応仁の乱により焼失後桂昌院により再興。八重桜の名所。東山連峰を借景に動物達の形をした石が配置されている鳥獣の石庭が見どころ。
通称「石の寺」。782年最澄が建立し810年空海が入寺した。応仁の乱により焼失後桂昌院により再興。八重桜の名所。東山連峰を借景に動物達の形をした石が配置されている鳥獣の石庭が見どころ。
本日の御朱印は7体で総計500達成。
大原野はステキなところだった(^O^)