タミ画廊

個展、グループ展、二科展等の出品作品を展示。

タヨさんの遺言状

2010-01-21 10:39:52 | Weblog
2009年12月23日義母のタヨさんが神に召された。
享年92歳の大往生であった。
タヨさんは元々はあまり丈夫な方ではなかったようであるが、気持ちが穏やかな人でやたら面倒見が良かったせいか、周りの人達から「タヨさん、タヨさん・・・・。」と随分慕われていたようである。
12月29日に通夜、30日に告別式と年末の一番忙しい時期にもかかわらず、弔問客の多いのにビックリ・・・!
タヨさんが亡くなってから、もう直ぐ一ヶ月になろうというのに「タヨさんにお線香を・・・!」と言って尋ねてくる人が多いのには今更ながら驚かされる。
自分が死んだ時はおそらくこの半分も弔問客は来ないだろう。
日ごろの我が行いからすれば当然かも・・・・。
タヨさんは2年前の正月に我が家で転んでから同居するようになったが、それまでは車で10分程の距離のところに一人で住んでいたので、しょっちゅうタヨさんの家に行ってはタヨさん自慢のとろろ飯をごちそうになったものである。
タヨさんは料理も得意だが、習字もまた大得意で米寿のお祝いの頃は実に見事な作品を習志野公民館に展示していた。
そのタヨさんも昨年夏に入院してから急に元気がなくなってしまった。
8月に脳内出血でT洲会病院に2ヶ月間の入院、やっと退院したと思ったら、大腿部頸部骨折でF整形外科病院に入院、そこを退院したとたん脱水症状でまたまたT洲会病院に再入院、そして倒れる度に不死鳥のごとく甦ったタヨさんも、12月に入って動脈瘤でS病院に入院し、ついにそこで力尽きてしまった。
90過ぎたタヨ婆ちゃんにとって、入退院の繰り返しの4ヶ月間はさぞや辛かった事と思う。
ただ、この度のことで、患者への対応が病院によって、こんなにも違うものかと改めて思い知らされた。
F整形外科病院は噂どおり患者に対する対応は素晴らしい。関東一円から時間をかけて通ってくるのも分かる気がする。
それに引き換えT洲会病院は酷いものである。中でもタヨさんが脱水症状で入院したときの内科は最悪。
タヨさんの担当医のF女医などは患者に対する思いやりなどかけらもなく「貴方それでも医者ですか・・・?」と思わず問いただしたくなるような人だった。
このような種類の医者は、人間を相手にしないで、どこかの研究室に篭もって細菌の研究にでも取り組んでいればそれなりの成果を上げることが出来るのかも・・・・。
病院が病院なら、それと直結している介護施設・T洲苑も外観だけは立派だが内容はいまいち。
当初は施設の職員から「タヨさん!タヨさん!」と結構大切に扱われていたと思っていたし、ここでのタヨさんに対する対応はそんなに悪くはなく、ごく一般的なものと思っていた。
しかし、きわめて短い期間であったが、たまたまお世話になった介護施設のFマータの至れり尽くせりの介護に接したとき、T洲苑が急に色あせて見えてしまった。
(T洲苑が劣悪と言うのではないけれど・・・・。)
FマータはF整形外科病院のポリシーが介護の職員一人ひとりに浸透しており、「こんなにまでしてもらって良いのだろうか・・・・!」と此方が恐縮するほどであった。
真の介護とはここの介護のことを言うのだろうと痛感した次第である。
同じ介護施設でも介護する職員の意識の差がこうも違うものかと思い知らされた。

自分も年を取って、病院や介護が必要になったときのために、タヨさんが自分自身の体験で私達に貴重な遺言状を残してくれたのだと思う。
「T洲会病院にはどんなことがあっても入院なんかするんじゃないよ・・・・・。」「介護施設に入るのならFマータにお世話になりなさいよ・・・・!」と・・・・。



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