今年は、「蟹工船」を書いた小林多喜二の没後75年にあたると先日の朝刊にあった。
小林はプロレタリア文学の代表的な作家で社会の教科書にも紹介されている有名な作家だ。プロレタリア文学自体が労働者のための文学だけに、一般の人たちはあまり関心なく、しかも苦痛の叫び声に興味をそそられる人もいないので、マイナーな文学になっている。ここらがアメリカと違う。
スタインベックが書いた「怒りの葡萄」は、大ベストセラーになって歌や映画や演劇に、そして政治にも影響を与えた。民主主義の歴史の差なんだろう。多喜二は思想犯にて連行され、「母べえ」のお父さんのように獄中死するわけだが、自ら乗り込んだ蟹工船の実態のルポが小説になったようなもので、何も政治批判していたわけではなかったのだが、時代が悪かった。ただしいつの時代に生きていても主張する人は変わらない。きっと今も生きていたら、また労働者や圧力をかけられている人々の側にたってルポするのだろう。
働いている人がいて社会があるのだから、いつの世でも働いている人を中心に、そして大切にしてもらいたいものだ。
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