(2011/ベネット・ミラー監督/ブラッド・ピット、ジョナ・ヒル、フィリップ・シーモア・ホフマン、ロビン・ライト、リード・ダイアモンド/133分)
かつてサラリーマンをしていた頃に(バブルも弾けた頃だったし)仕事のやり方を変えてみましょうと各部署に声掛けする部署におりました。反応は色々で、概して営業部の大先輩部長さん等には『俺はKKDで上手くやってきたんだから』と頑固に従来のやり方に固執する人が多かったですね。
KKDってご存知ですか? それは・・・“経験と勘と度胸”という意味であります。
映画「マネーボール」において、新しいチーム作りを模索する球団GM(ゼネラル・マネージャー)に対して『俺達の20数年の経験と直感を信じてくれ』とのたまうスカウト・リーダーがおりまして、ついそんな昔のことを思い出しました。
「カポーティ (2005)」のベネット・ミラー監督の長編2作目は、実在のMLBのGMを主人公に、資金の乏しい球団が新しいマネジメント理論で資金の潤沢な他球団と渡り合い、如何にしてチャンピオンシップを勝ち取ろうかと頑張る姿を描いた映画です。
「カポーティ」と同じく落ち着いたリズムの映像だなぁと思ったら、同じ編集者(クリストファー・テレフセン)でありました。
米国MLB、2001年のポストシーズン。アメリカンリーグ・チャンピオンシップをかけた準決勝で、西地区2位からワイルドカードで勝ち上がってきたオークランド・アスレチックスはNYヤンキースに2勝していながら、その後2つ返され、ニューヨークでの最終戦に臨んでいた。この年大活躍したジョニー・デーモン、ジェイソン・ジオンビなどのヒットにより、この試合も先行する。ところが終盤で勝利を意識して選手が固くなってしまったのか守備にエラーが続出し、ついに逆転負けを喫してしまう。いつものように試合には同行せず、オークランドのスタジアムで独りラジオで試合中継を聞いていたGMビリー・ビーンの横顔にも悔しさが滲んでいた。
その後、追い討ちをかけるようにデーモン、ジオンビがそれぞれレッドソックス、ヤンキースに持っていかれ、クローザーのイズリングハウゼンまでもがカージナルスにFAで出て行った。骨抜きにされたも同然だった。ビリーが来期の戦力補強の為に予算の追加をオーナーに願い出るも、『今ある金の中で遣り繰りしてくれ』ときっぱりと断られてしまう。
オフシーズン。ビリーはクリーブランド・インディアンズにトレード交渉に行く。インディアンズのGMのオフィスは、アスレチックスのそれよりもシックで立派なものだった。
何人か交渉のテーブルに乗せるつもりだったが、なかなか合意が出来ず、楽に獲得できると思った外野手でさえもGMは補佐の意見を聞いた後に『NO』と言った。ビリーは、その補佐に何事か意見を囁いている小太りの男の存在が気になった。あいつが何か言って獲れなかったに違いない。ビリーは帰りしな、球団事務所に入って行ってその男を探した。
ブースの一つにその男を見つけたビリーは、『君は誰だ?』と尋ねた。
『ピーター・ブラントです』
『名前なんかじゃない。君は何者だ?何故GM補佐は君の意見を聞いていたんだ?』
ピーターが話しづらそうにするので、ビリーは事務所を出て駐車場までその男を連れ出した。ピーターは、この業界の人々は考え方がおかしいと言った。お金の使い方も間違っている。彼等は選手に幾らお金を払うかに関心があるが、本来はお金は“勝利”に対して払うべきなんだと。
ピーターの考え方は、いわゆるセイバーメトリクス(野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析し選手の評価や戦略を考える手法)と呼ばれているものを土台にしたものだった。選手年俸の総額がアスレチックスの3倍以上にもなるヤンキースなどのチームに勝利するには彼等と同じやり方で戦っても勝てるわけがない。ビリーはピーターをヘッドハンティングし、セイバーメトリクスに賭けてみようと思うのだった・・・。
実話でありながら、ストーリーは軸をぶらさずに且つ淀みなく、しかもドラマチックに流れており面白い。だけど、「カポーティ」程に強い印象が残らないのは、「カポーティ」の題材が人間の生死を扱っており、一人の作家人生を狂わせるほどの事件だったからでしょう。せめてビリーのセイバーメトリクスへの心酔ぶりがもう少し感じられたら良かったんですがねぇ。
ビリー・ビーンは元メジャーリーガー。高校卒業時には5拍子揃った逸材として沢山のスカウトがやって来るほどで、スタンフォード大学に進む道もあったが、両親は息子の意志を尊重してくれ、ビリーは多額の契約金に惹かれてプロの道を選んだのだ。ところがビリーは、その短気が災いして思うような成績が残せずに若くして引退した。
映画には、このビリーの過去のエピソードが所々に挿入されている。お金で人生の選択をした。その事が後悔として残っており、それは終盤のエピソードに繋がっていくことになる。ビリーはバツイチで、今は再婚した元妻と暮らしている娘とのエピソードもあり、これも全体の流れに上手くアクセントをつけるモノになっている。
アーロン・ソーキン、スティーヴン・ザイリアン共作の脚本は、2011年のNY批評家協会賞を獲得、同年のアカデミー賞にもノミネートされました。
備忘録として、後半のストーリーを書いておきます。
▼(ネタバレ注意)
ビリーとピーターが来期構想に選んだのはどの球団からも御呼びのかからない選手ばかりで、スカウト陣やアート・ハウ監督からも非難を受ける。ヘッドスカウトとは喧嘩にまでなりビリーは彼をクビにする。ヘッドスカウトは、『こんなコンピューターゲームのようなやり方で惨めな結果を出すがいい。そうしたらお前に球界の居場所はないぞ。スポーツ用品でも売り歩いてろ』と吐き捨てるように言い、去って行った。
不安な春季キャンプが終わり、いよいよシーズンイン。4月の結果は最下位だった。クビにした男の言った通りになった。ビリー自らスカウトに行った1塁手も守備が下手だという理由で監督が使わないし、出塁率をかって呼んだジオンビの弟もスカウト陣の危惧したとおり素行の悪さが目立ち、チームの雰囲気も最悪だった。
オーナーには7月までには何とかしますと言った手前、手法を信じて断行するしかなかった。ハウ監督が使い続ける1塁手をトレードし、ジオンビ弟も放出した。ビリー自らトレーニングルームに入っていって選手達と話し、ピーターも敵チームの負のデータを選手達に授け続けた。
すると、勝率がみるみる上がっていき、連勝が伸びていったのだ。
映画のハイライトは、この連勝記録がMLBの記録に迫り、追いつき、ついには新記録を出す、その展開だ。
新記録を出した試合の、その勝利を決めたホームランを打ったのが、ビリーが直接声を掛けに行き、なんとしても1塁手として先発メンバーに入れたがっていた選手で、それまでの展開で何かと彼に関するエピソードが続いていたのが納得できるわけであります。この選手のホームランは、まるで「ナチュラル」のラストのそれと同じように感動的で、実際のエピソードなのに、上手く盛り上げた脚本がお見事でした。
アスレチックスはこの年、西地区の首位としてポストシーズンに名乗りを上げるも、前年と同じくワールド・シリーズには進めなかった。ビリーとピーターの手法は100%の結果は出せなかったが、ビリーにはボストン・レッドソックスから次期GMとしてのオファーがあった。その契約提示額も記録的なものだった。
“お金で人生の選択をしたくない”
若き日の過ちを繰り返さないと誓ったビリーは、ボストンのオファーを断り、その後もアスレチックスを常勝集団として維持していった。
2003年にセイバーメトリクスを取り入れたレッドソックスは、2004年にワールドチャンピオンになった。ビリーたちが信じた手法は、86年もの間続いた“バンビーノの呪い”をも解いてしまったのだ。
▲(解除)
※ つぶやきと備忘録の追加記事。
かつてサラリーマンをしていた頃に(バブルも弾けた頃だったし)仕事のやり方を変えてみましょうと各部署に声掛けする部署におりました。反応は色々で、概して営業部の大先輩部長さん等には『俺はKKDで上手くやってきたんだから』と頑固に従来のやり方に固執する人が多かったですね。
KKDってご存知ですか? それは・・・“経験と勘と度胸”という意味であります。
映画「マネーボール」において、新しいチーム作りを模索する球団GM(ゼネラル・マネージャー)に対して『俺達の20数年の経験と直感を信じてくれ』とのたまうスカウト・リーダーがおりまして、ついそんな昔のことを思い出しました。
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「カポーティ (2005)」のベネット・ミラー監督の長編2作目は、実在のMLBのGMを主人公に、資金の乏しい球団が新しいマネジメント理論で資金の潤沢な他球団と渡り合い、如何にしてチャンピオンシップを勝ち取ろうかと頑張る姿を描いた映画です。
「カポーティ」と同じく落ち着いたリズムの映像だなぁと思ったら、同じ編集者(クリストファー・テレフセン)でありました。
米国MLB、2001年のポストシーズン。アメリカンリーグ・チャンピオンシップをかけた準決勝で、西地区2位からワイルドカードで勝ち上がってきたオークランド・アスレチックスはNYヤンキースに2勝していながら、その後2つ返され、ニューヨークでの最終戦に臨んでいた。この年大活躍したジョニー・デーモン、ジェイソン・ジオンビなどのヒットにより、この試合も先行する。ところが終盤で勝利を意識して選手が固くなってしまったのか守備にエラーが続出し、ついに逆転負けを喫してしまう。いつものように試合には同行せず、オークランドのスタジアムで独りラジオで試合中継を聞いていたGMビリー・ビーンの横顔にも悔しさが滲んでいた。
その後、追い討ちをかけるようにデーモン、ジオンビがそれぞれレッドソックス、ヤンキースに持っていかれ、クローザーのイズリングハウゼンまでもがカージナルスにFAで出て行った。骨抜きにされたも同然だった。ビリーが来期の戦力補強の為に予算の追加をオーナーに願い出るも、『今ある金の中で遣り繰りしてくれ』ときっぱりと断られてしまう。
オフシーズン。ビリーはクリーブランド・インディアンズにトレード交渉に行く。インディアンズのGMのオフィスは、アスレチックスのそれよりもシックで立派なものだった。
何人か交渉のテーブルに乗せるつもりだったが、なかなか合意が出来ず、楽に獲得できると思った外野手でさえもGMは補佐の意見を聞いた後に『NO』と言った。ビリーは、その補佐に何事か意見を囁いている小太りの男の存在が気になった。あいつが何か言って獲れなかったに違いない。ビリーは帰りしな、球団事務所に入って行ってその男を探した。
ブースの一つにその男を見つけたビリーは、『君は誰だ?』と尋ねた。
『ピーター・ブラントです』
『名前なんかじゃない。君は何者だ?何故GM補佐は君の意見を聞いていたんだ?』
ピーターが話しづらそうにするので、ビリーは事務所を出て駐車場までその男を連れ出した。ピーターは、この業界の人々は考え方がおかしいと言った。お金の使い方も間違っている。彼等は選手に幾らお金を払うかに関心があるが、本来はお金は“勝利”に対して払うべきなんだと。
ピーターの考え方は、いわゆるセイバーメトリクス(野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析し選手の評価や戦略を考える手法)と呼ばれているものを土台にしたものだった。選手年俸の総額がアスレチックスの3倍以上にもなるヤンキースなどのチームに勝利するには彼等と同じやり方で戦っても勝てるわけがない。ビリーはピーターをヘッドハンティングし、セイバーメトリクスに賭けてみようと思うのだった・・・。
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実話でありながら、ストーリーは軸をぶらさずに且つ淀みなく、しかもドラマチックに流れており面白い。だけど、「カポーティ」程に強い印象が残らないのは、「カポーティ」の題材が人間の生死を扱っており、一人の作家人生を狂わせるほどの事件だったからでしょう。せめてビリーのセイバーメトリクスへの心酔ぶりがもう少し感じられたら良かったんですがねぇ。
ビリー・ビーンは元メジャーリーガー。高校卒業時には5拍子揃った逸材として沢山のスカウトがやって来るほどで、スタンフォード大学に進む道もあったが、両親は息子の意志を尊重してくれ、ビリーは多額の契約金に惹かれてプロの道を選んだのだ。ところがビリーは、その短気が災いして思うような成績が残せずに若くして引退した。
映画には、このビリーの過去のエピソードが所々に挿入されている。お金で人生の選択をした。その事が後悔として残っており、それは終盤のエピソードに繋がっていくことになる。ビリーはバツイチで、今は再婚した元妻と暮らしている娘とのエピソードもあり、これも全体の流れに上手くアクセントをつけるモノになっている。
アーロン・ソーキン、スティーヴン・ザイリアン共作の脚本は、2011年のNY批評家協会賞を獲得、同年のアカデミー賞にもノミネートされました。
備忘録として、後半のストーリーを書いておきます。
▼(ネタバレ注意)
ビリーとピーターが来期構想に選んだのはどの球団からも御呼びのかからない選手ばかりで、スカウト陣やアート・ハウ監督からも非難を受ける。ヘッドスカウトとは喧嘩にまでなりビリーは彼をクビにする。ヘッドスカウトは、『こんなコンピューターゲームのようなやり方で惨めな結果を出すがいい。そうしたらお前に球界の居場所はないぞ。スポーツ用品でも売り歩いてろ』と吐き捨てるように言い、去って行った。
不安な春季キャンプが終わり、いよいよシーズンイン。4月の結果は最下位だった。クビにした男の言った通りになった。ビリー自らスカウトに行った1塁手も守備が下手だという理由で監督が使わないし、出塁率をかって呼んだジオンビの弟もスカウト陣の危惧したとおり素行の悪さが目立ち、チームの雰囲気も最悪だった。
オーナーには7月までには何とかしますと言った手前、手法を信じて断行するしかなかった。ハウ監督が使い続ける1塁手をトレードし、ジオンビ弟も放出した。ビリー自らトレーニングルームに入っていって選手達と話し、ピーターも敵チームの負のデータを選手達に授け続けた。
すると、勝率がみるみる上がっていき、連勝が伸びていったのだ。
映画のハイライトは、この連勝記録がMLBの記録に迫り、追いつき、ついには新記録を出す、その展開だ。
新記録を出した試合の、その勝利を決めたホームランを打ったのが、ビリーが直接声を掛けに行き、なんとしても1塁手として先発メンバーに入れたがっていた選手で、それまでの展開で何かと彼に関するエピソードが続いていたのが納得できるわけであります。この選手のホームランは、まるで「ナチュラル」のラストのそれと同じように感動的で、実際のエピソードなのに、上手く盛り上げた脚本がお見事でした。
アスレチックスはこの年、西地区の首位としてポストシーズンに名乗りを上げるも、前年と同じくワールド・シリーズには進めなかった。ビリーとピーターの手法は100%の結果は出せなかったが、ビリーにはボストン・レッドソックスから次期GMとしてのオファーがあった。その契約提示額も記録的なものだった。
“お金で人生の選択をしたくない”
若き日の過ちを繰り返さないと誓ったビリーは、ボストンのオファーを断り、その後もアスレチックスを常勝集団として維持していった。
2003年にセイバーメトリクスを取り入れたレッドソックスは、2004年にワールドチャンピオンになった。ビリーたちが信じた手法は、86年もの間続いた“バンビーノの呪い”をも解いてしまったのだ。
▲(解除)
※ つぶやきと備忘録の追加記事。
・お薦め度【★★★★=友達にも薦めて】
主人公が過去の過ちを繰り返さないと、レッドソックスの高額のオファーを断るくだりが、物語の締めとしてもってきた所が良かったですよね。
文章ならわからないところは調べられますけど、映画では無理ですからね~。その上、選手名やチーム名もレッドソックス以外まったく聞き覚えがなくて、電話でトレードのくだりは何語をしゃべってるのかという感じでした。
でも、十瑠さんのレビューのおかげでだいたいの流れはわかりましたよ~。ありがとうございます♪
観ている間、良くできた作品という雰囲気は伝わってきて歯がゆかったんです!
さて、「マネーボール」の件。
「カポーティ」で刮目したミラー監督が、これまた落ち着いたリズムの作風で、繰り返し見ても楽しめる作品に仕上げてくれてましたし、ラストの娘の唄が余韻を残しました。
WBCに参加が決まった時に、誰もがイチローやダルビッシュの話をするので、今度こそゴジラに声掛けろとツイートしたもんです。山本監督なら召集メンバーに入れてくれそうですが、期待に応えられるかは微妙かな・・・。いずれにしても、松井君には出て欲しいけど。
文章を修正した上で、TB致すつもりです。