はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 三章 その17 夏侯蘭、巻き込まれる

2024年01月22日 10時17分13秒 | 地這う龍
荀攸《じゅんゆう》はすぐに夏侯蘭《かこうらん》の前にあらわれた。
本人がすぐにあらわれるとはおもっていなかった夏侯蘭は、司馬仲達の人脈にあらためて感心した。
荀攸からすれば、早く読みたい手紙らしい。
人払いをしたのち、荀攸は夏侯蘭から受け取った手紙を読む。
荀攸は体つきのすらりとした、いかにも上品で清潔な印象の男だった。
文官をあらわす冠に、趣味の良い飾りをつけている。
身にまとう黒い絹の衣裳は、かれの体つきをよけいに細くみせていた。
手紙を読むその目は、あまり明るいものではなかった。


「そうか、劉表の死の真相が、これでわかった」
荀攸はため息とともにそういうと、やっと真正面から夏侯蘭を見た。
その目には同情の色が浮かぶ。
司馬仲達は、おれのことまで手紙に書いたのかな?
不思議に思いつつ、荀攸のことばを待つ。
「夏侯蘭どのといったか、だいぶ苦労をされたようだな。
それなのにお上に勲功として認められないとは、気の毒なことだ」
当初は事務的だった荀攸の態度が、手紙を読んだ後は親身な態度に変わっている。
それどころか、夏侯蘭がこの夏、樊城《はんじょう》で、とある大事件の決着をはかったことを評価してくれているようだ。


「貴殿のために、わたしも働かねばなるまい。ついてきてくれぬか」
うながされて、夏侯蘭は荀攸のあとをついていく。
行く先は、南門にずらりと並ぶ兵士たちの真ん前であった。
すでに諸将がずらりとせいぞろいしていて、なかには、夏侯蘭が見たことのある大物たちの姿もあった。
『曹仁どの、曹洪どの、張文遠までおる。虎痴将軍《こちしょうぐん》も!』
そうそうたる顔ぶれに怖じつつ、荀攸のほうを見ると、荀攸は安心しろと言わんばかりに妙に優しく微笑み、それから、おどろいたことに王座にある曹操に近づいていく。
なんだなんだと驚いている間に、荀攸の話が終わったらしい。
曹操が、こちらに興味深そうに顔を向けた。


『公達(荀攸)どのは、俺をなんと紹介したのだ? 
曹操は『無名』とつながっているのだから、俺は曹操とは敵になるのではないか? 
いや、曹操は『無名』には手を焼いていると嫦娥《じょうが》が言っていた。
だとすると、曹操は俺の敵ではない? ああ、こんがらがってきた』
あせる夏侯蘭のこころも知らず、曹操はつやつやと光る整えられた髯を撫ぜつつ、深みのある声で話しかけてきた。
「夏侯蘭とやら、御辺が劉備軍の内情にくわしいとは、ほんとうか」


どういうことだ?
おどろいて、とっさにうまく答えられない。


荀攸のほうを見ると、かれは涼しい顔をして、曹操に答える。
「じつは、かれは最近まで、新野へ間者として潜入していたのです。
ですから、ここにいるだれよりも劉備の内情にくわしいことでしょう」
「それはおあつらえ向きだ。それでは、夏侯恩《かこうおん》の軍の道案内に、おまえをつけよう」
なんだって?
目をぱちくりさせる夏侯蘭にまったくかまわず、荀攸は言う。
「夏侯恩どのは成人して間もない身ゆえ、劉備とその家臣どもの顔を知らぬのだ。
おまえが案内して、夏侯恩どのに手柄を立てさせてあげてほしい」


その夏侯恩らしき青年が、にこりともせずに夏侯蘭に向かって軽く会釈してきた。
青年というより、少年といったほうがいい雰囲気の、どこか頼りなさそうな武人である。
纏《まと》っている甲冑がだれよりも美々しく立派なのにたいし、中身が伴っていない感じがあるのも、なにか気の毒ですらあった。


「夏侯恩は、わが|夏侯元譲《かこうげんじょう》(夏侯惇)の末の弟なのだ」
と、まるでわが子を紹介するような口調で、曹操は言った。
「このたびの戦で、こいつにも大功を立てさせてやりたい。
できれば劉備の首を、な。案内を頼めるかな、夏侯蘭よ」


否、と答えたなら、すぐさま首をはねられるだろう。
『だめだ、ここで死ぬわけにはいかん』
とっさにおもったのは、自分の命が惜しいからではなく、藍玉《らんぎょく》や阿瑯《あろう》、そして幼馴染みの趙雲のことが頭にあったからだ。


「わかり申した、そのお役目、お引き受けいたします」
声が震えたのは仕方ない。
曹操と荀攸は、夏侯蘭が緊張して震えているものとよいふうに取ったようだ。


それにしても、恨めしいのは司馬仲達である。
かれはおそらく、劉表とその息子たちの事件のあらましを荀攸に説明したうえで、夏侯蘭の面倒をみてやってくれと、余計な文言を手紙に書いたのだろう。
それを真に受けて、荀攸は、よりによって曹操に夏侯蘭を紹介してしまったのだ。
『見たところ、編成されているのは軽騎兵だ。
これでは劉備軍に十日もしないうちに追いつく。
追いついたら、乱戦となるだろう。
隙を狙って、藍玉たちを探す、それしかない』
ひそかに決め、夏侯蘭はなるべく平静をよそおって、夏侯恩の軍に加わった。


そして午後、曹操軍は劉備の首をめざして、南へと移動をはじめた。




つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
あらあら、夏侯蘭どのが大変なことに……!
といいつつ、次回は趙雲と孔明のエピソードとなります。
どうぞおたのしみにー!

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