※
往来で、不審者の如くきょろきょろとあたりを見回す偉度であったが、さいわいにも、見知った顔には当たらない。
隣の銀輪はというと、すっかりご機嫌で、綿飴をなめつつ、ヨーヨーをぼんぼんと揺らして遊んでいる。
こういうときは本当にガキだな、と偉度は思いつつ、河原を目指した。
「あ、偉度っち、おもしろいコーナーがあるよ」
見れば、大きな竹が三本ほど並んでおり、『成都都民のふれあいコーナー あなたの願いを短冊に!』とあった。どうやら、自治会主催で行っているイベントらしい。
筆と墨は用意してあり、短冊にめいめいの願い事を書いて、枝に結びつけるのだ。
銀輪が、どうしても参加したいと袖をぐいぐい引っ張ったので、しぶしぶと偉度はそれに倣う。
ほかの連中はどんなことを書いているのかな、と偉度は短冊をめくってみた。
『あたまがよくなりますように 益徳』
『魏と呉が知らない間に自滅して、うまうまと天下が手に入りますように 玄徳』
『もっと庶民に人気がでますように 孝直』
『よみがえれ、我が一族 孟起』
「…どいつもこいつも願いが大きすぎる。この竹、ぽっきり折れるぞ。馬将軍の願いは、せっかく倒置法を使っているが、黒魔術にでも縋らぬかぎり、無理だろう」
「偉度っちは、書いた?」
「わたしは遠慮しておく。こんな短冊の横に何を並べたって、インパクト負けする」
「競争じゃないのに。つまんないの」
実際のところ、偉度にはなにも願うことなどなかった。
つくづく、日々を消費しているだけの人生だな、と思う。
つまり、時間を潰すために、忙しい孔明の周囲をうろうろして、仕事を見つけては、日の過ぎるのを待っている、といった繰り返し。
大望はなにもない。
生きているというだけだ。
唐突に虚しさに襲われる。
とくに、幸せそうにしている往来の人々の中にいるから、余計に、おのれの異質さが際立つのだろう。
普段は、孔明という存在に圧倒されているので、小さなことを考えないでよいのだが、少しでも離れてしまうと、すぐに足元がぐらついてくるのだ。
わたしという人間は、いったいなんだ?
ずっと誰かの付属品としてしか生きられないのか?
「どうしたの、偉度っち」
袖をぐいっと引っ張られて、偉度は我に返った。
そうだ、隣にこいつがいたのだっけ。
こいつは、わたしが以前にどんな人間だったか知らない。
こいつくらいの年に、自分がどこにいて、どんなことをしていたか、教えたらどうなるだろうな。
そりゃ、気味悪がって逃げるだろうな。
二度と近寄ってこないだろう。
不意に手に温かい感触をおぼえ、偉度は、手を引こうとするのだが、思いのほかつよい力によって、手を戻すことはできなかった。
「なんだ、手なんか握るな」
偉度はきつく言ったが、銀輪はまるで聞こえなかったように、にっこりと笑って、言った。
「だって、人がたくさん増えてきたんだもん。はぐれたら大変でしょ? 河原に着くまで、こうしてようよ。でなきゃ、銀も怖いもん」
「おまえなら、怖いものなんてないだろ」
「あるよぉ。お祭りのときって痴漢がたくさん出るんだよ。今日だって、偉度っちが一緒だよ、って言ったから、ママが行っていいよ、って言ったんだもん。ちゃんと銀のボディーガードしてくれなくちゃ」
ああ、そうかい、とぶっきらぼうに答えつつ、仕方なく、偉度は手をつないだままにしておいた。仕方なくだ。仕方なく。
すると、そこへ突然に、ぴりぴりぴり、と甲高い笛の音が鳴らされた。
なにかと思い、見れば、交通警備員が、偉度たちに向かって、激しく笛を吹き鳴らしているのであった。
しかも、その警備員、よくよく見れば…
「陳将軍?」
「あ、パパだ。パパのバイトって、これだったんだ?」
「バイト? 将軍職にある人間が、なんだってバイト…ああ、あんまりサボリがひどいので、みんなが年俸制なのに、あなただけが時給制になったのでしたっけ」
このところ、偉度の毒牙より銀輪を守るため、という他者には理解のむずかしい理由を引っさげ、陳到はやたらとサボっている。
そのため、あの趙雲もとうとう我慢しかね、陳到の給料を時給制に変えてしまったのだ。
二人のこのところの挨拶は、通常ならば、
「おはよう」
「おはようございます」
のところが、
「叔至、今日はさぼるなよ」
「将軍、年俸制に戻してください」
という実のないものに成り代わっている。
バイト諸氏にまじって、タイムカードを押す陳到の姿は、その実力を知るものから見れば、涙を誘うものであった。
時給制になったことより、陳家の経済状況は悪くなり、陳到はバイトをせざるをえなくなっているのだ。
「いよいよ本性を現したな、左将軍府のインキュバス! 我が娘から離れろ!」
「人をまるで色魔のように…仕事したら如何か」
「その言い方がムカツク! 銀! その凶悪ロリコン男から離れなさい!」
「偉度っちはロリコンじゃないよ。銀の友達だもん!」
「騙されているのだ、おまえは! ええい、胡偉度、現場を押さえた今日こそが百年目! いまこそ決着をつけようぞ、いざ!」
と、陳到は警備会社支給の警棒を持ち出して構えるのだが、偉度は構えない。
「なんだ、そのやる気のない型は! もしや、あらたな拳法?」
「そうじゃない。周りを御覧なさい。あなたの交通整備が滞っているので、みんなが怒っていますよ」
む? と陳到が周囲を見回せばたしかに、混雑きわまる往来で、陳到が持ち場を離れてしまったので、そこだけが人の足が止まってしまっている。
「うぬぅ、このようなときに! 偉度、ちょっと待っていろ!」
だれが待つか、と小さくつぶやき、偉度はさっさと河原に足を向けた。
隣では銀輪が、小さく忍び笑いをして、ささやかな反抗を楽しんでいた。
※
どん、と腹の底に響くような、小気味よい音が響き、孔明は、おや、始まったな、と刀筆を止めた。
左将軍府には、孔明をはじめ、ほんの数人しか残っていない。
いつもならば、もっと大人数が残っているのだが、今日ばかりはみな早めに帰宅し、家族をつれて花火大会に向かったのである。
残っている者といえば、人ごみと花火に興味はない、という偏屈者か、今日中に書類を仕上げねば、大変なことになる者ばかり。
孔明は、どちらかといえば偏屈者に当たるだろう。
ほんとうは、宮城の楼閣からだと、人ごみに邪魔されることなく、ゆっくり酒を楽しみながら優雅に花火を楽しめるから、一緒に、と劉備らに誘われたのだが、孔明はこれを断っていた。
許家からも、喬だけではなく、孔明も誘われていたのだが、これも断った。
許家のほうには、董和が行っているはずである。
なぜ、わざわざ一人を好んで、仕事をしているのかと問われれば、なんとなく、としか答えようがない。
時折、無性に一人になりたくなる。
それは波のように、あるときに唐突にあらわれる感情なのだが、たまたま、今夜はその気分になってしまったのだ。
宮城には、張飛ほか、めずらしく馬超や黄忠も顔を出しているというから、おそらく趙雲も行っているのだろう。
どん、どん、とつづく音を耳に、孔明は、刀筆をふたたび動かす。
とはいえ、どうしても、いましなければいけない仕事ではない、と頭でわかっているからだろうか。
いつもよりもはかどらず、書類は遅々として片付かない。
なにも、ここに残っていることはないか、と思い、筆を置いて、自邸に帰ろうかと考えたときである。
ふと呼びかけられた気がして、庭のほうを見れば、なぜだかそこに、宮城にいるはずの趙雲の姿があった。案内も請わず、庭に入り込んできたらしい。
その態度自体がめずらしかったが、なにより、纏う雰囲気がいつもと違うことに、孔明は驚いた。
立ち上がり、趙雲の元へ行けば、なにやら上機嫌な趙雲は、満面の笑みを浮かべて、礼を取る。
近づいて、孔明は理解した。
趙雲は、ひどく酔っていた。
酒には強いはずだが、相当に飲んだのだろう。
いや、飲まされたのだろうな、と孔明は思う。
趙雲は、度が過ぎて呑むということをしない。
これまで、酒に逃げたことは一度もないのだ。
きつい酒の匂いをさせつつ、趙雲は欄干にもたれかかる。
まともに立っていられないほどなのだろうか。
「子龍、水を持ってくる。しばらくそうしていろ」
孔明がそう言って、去ろうとすると、趙雲にぐいっとつよく袖を引っ張られた。
「大事無い。酔ってはおらぬ」
「滅茶苦茶な嘘をつくな。泥酔しているではないか」
そのあいだにも、東の空では、花火がぱっと大輪の花を咲かせているのが見える。
「飲んだのはたしかだ。罰杯とか言って、なぜだか今日はやたらと負けたからな」
「妙な勝負に乗ること自体が、らしくないな。まだ宴の最中だろう。主公にはちゃんと御挨拶申し上げたのか」
「ぬかりない。いつもならばしつこく引き止められるのだが、今日は早く帰ったほうがよい、と言われた」
「この様子ではそうだろうな。で、なんだって家に帰らず、こちらに来た」
「べつに」
「偉度の真似か?」
しかし趙雲はなにも答えず、欄干にもたれるようにして、立ったまま突っ伏してしまう。
「子龍?」
呼びかけると、趙雲は、いきなり顔をぱっと上げて、いつものように厳しい顔になったかと思うと、言った。
「よし、花火を見るぞ」
「は?」
孔明が唖然としていると、勝手知ったるなんとやら、趙雲は裏手に回って、ふらふらの足取りながら、梯子を持ってきた。
嫌な予感がする…
つづく……
(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/08)
往来で、不審者の如くきょろきょろとあたりを見回す偉度であったが、さいわいにも、見知った顔には当たらない。
隣の銀輪はというと、すっかりご機嫌で、綿飴をなめつつ、ヨーヨーをぼんぼんと揺らして遊んでいる。
こういうときは本当にガキだな、と偉度は思いつつ、河原を目指した。
「あ、偉度っち、おもしろいコーナーがあるよ」
見れば、大きな竹が三本ほど並んでおり、『成都都民のふれあいコーナー あなたの願いを短冊に!』とあった。どうやら、自治会主催で行っているイベントらしい。
筆と墨は用意してあり、短冊にめいめいの願い事を書いて、枝に結びつけるのだ。
銀輪が、どうしても参加したいと袖をぐいぐい引っ張ったので、しぶしぶと偉度はそれに倣う。
ほかの連中はどんなことを書いているのかな、と偉度は短冊をめくってみた。
『あたまがよくなりますように 益徳』
『魏と呉が知らない間に自滅して、うまうまと天下が手に入りますように 玄徳』
『もっと庶民に人気がでますように 孝直』
『よみがえれ、我が一族 孟起』
「…どいつもこいつも願いが大きすぎる。この竹、ぽっきり折れるぞ。馬将軍の願いは、せっかく倒置法を使っているが、黒魔術にでも縋らぬかぎり、無理だろう」
「偉度っちは、書いた?」
「わたしは遠慮しておく。こんな短冊の横に何を並べたって、インパクト負けする」
「競争じゃないのに。つまんないの」
実際のところ、偉度にはなにも願うことなどなかった。
つくづく、日々を消費しているだけの人生だな、と思う。
つまり、時間を潰すために、忙しい孔明の周囲をうろうろして、仕事を見つけては、日の過ぎるのを待っている、といった繰り返し。
大望はなにもない。
生きているというだけだ。
唐突に虚しさに襲われる。
とくに、幸せそうにしている往来の人々の中にいるから、余計に、おのれの異質さが際立つのだろう。
普段は、孔明という存在に圧倒されているので、小さなことを考えないでよいのだが、少しでも離れてしまうと、すぐに足元がぐらついてくるのだ。
わたしという人間は、いったいなんだ?
ずっと誰かの付属品としてしか生きられないのか?
「どうしたの、偉度っち」
袖をぐいっと引っ張られて、偉度は我に返った。
そうだ、隣にこいつがいたのだっけ。
こいつは、わたしが以前にどんな人間だったか知らない。
こいつくらいの年に、自分がどこにいて、どんなことをしていたか、教えたらどうなるだろうな。
そりゃ、気味悪がって逃げるだろうな。
二度と近寄ってこないだろう。
不意に手に温かい感触をおぼえ、偉度は、手を引こうとするのだが、思いのほかつよい力によって、手を戻すことはできなかった。
「なんだ、手なんか握るな」
偉度はきつく言ったが、銀輪はまるで聞こえなかったように、にっこりと笑って、言った。
「だって、人がたくさん増えてきたんだもん。はぐれたら大変でしょ? 河原に着くまで、こうしてようよ。でなきゃ、銀も怖いもん」
「おまえなら、怖いものなんてないだろ」
「あるよぉ。お祭りのときって痴漢がたくさん出るんだよ。今日だって、偉度っちが一緒だよ、って言ったから、ママが行っていいよ、って言ったんだもん。ちゃんと銀のボディーガードしてくれなくちゃ」
ああ、そうかい、とぶっきらぼうに答えつつ、仕方なく、偉度は手をつないだままにしておいた。仕方なくだ。仕方なく。
すると、そこへ突然に、ぴりぴりぴり、と甲高い笛の音が鳴らされた。
なにかと思い、見れば、交通警備員が、偉度たちに向かって、激しく笛を吹き鳴らしているのであった。
しかも、その警備員、よくよく見れば…
「陳将軍?」
「あ、パパだ。パパのバイトって、これだったんだ?」
「バイト? 将軍職にある人間が、なんだってバイト…ああ、あんまりサボリがひどいので、みんなが年俸制なのに、あなただけが時給制になったのでしたっけ」
このところ、偉度の毒牙より銀輪を守るため、という他者には理解のむずかしい理由を引っさげ、陳到はやたらとサボっている。
そのため、あの趙雲もとうとう我慢しかね、陳到の給料を時給制に変えてしまったのだ。
二人のこのところの挨拶は、通常ならば、
「おはよう」
「おはようございます」
のところが、
「叔至、今日はさぼるなよ」
「将軍、年俸制に戻してください」
という実のないものに成り代わっている。
バイト諸氏にまじって、タイムカードを押す陳到の姿は、その実力を知るものから見れば、涙を誘うものであった。
時給制になったことより、陳家の経済状況は悪くなり、陳到はバイトをせざるをえなくなっているのだ。
「いよいよ本性を現したな、左将軍府のインキュバス! 我が娘から離れろ!」
「人をまるで色魔のように…仕事したら如何か」
「その言い方がムカツク! 銀! その凶悪ロリコン男から離れなさい!」
「偉度っちはロリコンじゃないよ。銀の友達だもん!」
「騙されているのだ、おまえは! ええい、胡偉度、現場を押さえた今日こそが百年目! いまこそ決着をつけようぞ、いざ!」
と、陳到は警備会社支給の警棒を持ち出して構えるのだが、偉度は構えない。
「なんだ、そのやる気のない型は! もしや、あらたな拳法?」
「そうじゃない。周りを御覧なさい。あなたの交通整備が滞っているので、みんなが怒っていますよ」
む? と陳到が周囲を見回せばたしかに、混雑きわまる往来で、陳到が持ち場を離れてしまったので、そこだけが人の足が止まってしまっている。
「うぬぅ、このようなときに! 偉度、ちょっと待っていろ!」
だれが待つか、と小さくつぶやき、偉度はさっさと河原に足を向けた。
隣では銀輪が、小さく忍び笑いをして、ささやかな反抗を楽しんでいた。
※
どん、と腹の底に響くような、小気味よい音が響き、孔明は、おや、始まったな、と刀筆を止めた。
左将軍府には、孔明をはじめ、ほんの数人しか残っていない。
いつもならば、もっと大人数が残っているのだが、今日ばかりはみな早めに帰宅し、家族をつれて花火大会に向かったのである。
残っている者といえば、人ごみと花火に興味はない、という偏屈者か、今日中に書類を仕上げねば、大変なことになる者ばかり。
孔明は、どちらかといえば偏屈者に当たるだろう。
ほんとうは、宮城の楼閣からだと、人ごみに邪魔されることなく、ゆっくり酒を楽しみながら優雅に花火を楽しめるから、一緒に、と劉備らに誘われたのだが、孔明はこれを断っていた。
許家からも、喬だけではなく、孔明も誘われていたのだが、これも断った。
許家のほうには、董和が行っているはずである。
なぜ、わざわざ一人を好んで、仕事をしているのかと問われれば、なんとなく、としか答えようがない。
時折、無性に一人になりたくなる。
それは波のように、あるときに唐突にあらわれる感情なのだが、たまたま、今夜はその気分になってしまったのだ。
宮城には、張飛ほか、めずらしく馬超や黄忠も顔を出しているというから、おそらく趙雲も行っているのだろう。
どん、どん、とつづく音を耳に、孔明は、刀筆をふたたび動かす。
とはいえ、どうしても、いましなければいけない仕事ではない、と頭でわかっているからだろうか。
いつもよりもはかどらず、書類は遅々として片付かない。
なにも、ここに残っていることはないか、と思い、筆を置いて、自邸に帰ろうかと考えたときである。
ふと呼びかけられた気がして、庭のほうを見れば、なぜだかそこに、宮城にいるはずの趙雲の姿があった。案内も請わず、庭に入り込んできたらしい。
その態度自体がめずらしかったが、なにより、纏う雰囲気がいつもと違うことに、孔明は驚いた。
立ち上がり、趙雲の元へ行けば、なにやら上機嫌な趙雲は、満面の笑みを浮かべて、礼を取る。
近づいて、孔明は理解した。
趙雲は、ひどく酔っていた。
酒には強いはずだが、相当に飲んだのだろう。
いや、飲まされたのだろうな、と孔明は思う。
趙雲は、度が過ぎて呑むということをしない。
これまで、酒に逃げたことは一度もないのだ。
きつい酒の匂いをさせつつ、趙雲は欄干にもたれかかる。
まともに立っていられないほどなのだろうか。
「子龍、水を持ってくる。しばらくそうしていろ」
孔明がそう言って、去ろうとすると、趙雲にぐいっとつよく袖を引っ張られた。
「大事無い。酔ってはおらぬ」
「滅茶苦茶な嘘をつくな。泥酔しているではないか」
そのあいだにも、東の空では、花火がぱっと大輪の花を咲かせているのが見える。
「飲んだのはたしかだ。罰杯とか言って、なぜだか今日はやたらと負けたからな」
「妙な勝負に乗ること自体が、らしくないな。まだ宴の最中だろう。主公にはちゃんと御挨拶申し上げたのか」
「ぬかりない。いつもならばしつこく引き止められるのだが、今日は早く帰ったほうがよい、と言われた」
「この様子ではそうだろうな。で、なんだって家に帰らず、こちらに来た」
「べつに」
「偉度の真似か?」
しかし趙雲はなにも答えず、欄干にもたれるようにして、立ったまま突っ伏してしまう。
「子龍?」
呼びかけると、趙雲は、いきなり顔をぱっと上げて、いつものように厳しい顔になったかと思うと、言った。
「よし、花火を見るぞ」
「は?」
孔明が唖然としていると、勝手知ったるなんとやら、趙雲は裏手に回って、ふらふらの足取りながら、梯子を持ってきた。
嫌な予感がする…
つづく……
(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/08)