goo blog サービス終了のお知らせ 

はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その3

2018年11月07日 09時14分06秒 | 実験小説 塔
「おまえは、唄はうまいな」
「『唄は』とはなんだい、全般的になんでもうまい」
「嘘をつけ、嘘を。しかしいまの唄は、聞いたことがないな」
「公琰が旅先でおぼえてきたのを、教わったのだ。あれも喉自慢だからな。これで休昭に加わらせて笛を奏でさせると、なかなかのものなのだぞ。
欠点といえば、二人とも内気なので、よほど慣れた人間の前でないと、たがいのすばらしい芸を披露しないところだな。そうだ、こんど、身内だけでもよいから宴でもひらこうか。招かれない者がいじけるといけないから、ひみつにね」
「宴はかまわぬ。おまえの屋敷では目立つであろうから、俺の屋敷にでも集まればいいさ。それより、公琰が喉自慢だというのは初耳だ」
「声のよさ、というのは、上に立つものの必須条件だ。それにこの唄、どうだい、鳥肌が立っただろう。西方の異民族の、旅立つ者の無事を祈る唄だそうだが、漢族の唄にはない、独特の雰囲気があるとは思わないか」
「自分で鳥肌が立つかたずねるものかね」
「鳥肌が立っただろう」
「恥かしさで肌が粟立った」
「まーたまた、素直になりたまえ」
「わかったよ、鳥肌が立ったことにしておいてくれ。話が進まなくなる。それにしても、戦場でも思っていたが、おまえは咽喉が丈夫なのかな。ぜんぜん声が嗄れない。二里を歩いている間じゅう、ずっと唄っていただろう。おかげで旅人がいちいちこちらを振り返るので、かなり恥かしかったが」
「気にするな。旅の恥はかき捨て。ところで、祝すべき第一日も暮れようとしているのだが、宿屋はまだ見えないのかな」
「街外れにある大きな屋敷だが、街道から逸れた、ほら、そこの脇道を入って、まっすぐ行けばいい」
「へえ、ほんとうに、知らなければ向かわぬような道の先にあるのだな。このあたりは成都に近いせいか、いろいろ目が行き届いているので、野盗のたぐいも出ないし、郊外に宿を営むにはもってこいであろう。
あの、ちいさな細い煙が出ている家がそうかな」
「いや、あれはちがう。もっと大きくで、立派な屋敷だ。門構えも立派なら、竈も立派で、煙が見えるとしたら、あんなものではない。おや」
「どうした」
「あそこなのだが、なにかおかしいな」
「おや、たしかに赤い屋根は見えるが、うむ、おかしいな。あんなに木が生い茂って。ぜんぜん剪定していないようではないか。
子龍、最近、その宿に泊まったのはいつだ」
「三ヶ月前だ。そう昔ではなかろう」
「そのわりに、なんだか荒れているな。虫もひどい」
「門が開いているということは、だれかいるということかな。おまえはそこですこし待っていてくれ。俺が様子を見てくる」



「どうだった?」
「奥で死んでいた。二人ともだ」
「盗賊か?」
「いいや、中はきれいなものだったよ。どうやら、病を得て、そのまま夫婦仲良く逝ってしまったらしい。しかも死んだのは、今日かもしれぬ。腐敗していない。親族が絶えてしまったため、二人が病になっても、おとずれて看病してくれるものもなく、そのまま逝ってしまったのだろうな」
「宿屋をしていたのであれば、商人かなにかが出入りしていなかったのだろうか」
「出入りはあったのだろう。そいつに聞かねばわからぬが、こういうことではないかな。俺が知っている夫婦というのは、頑として他人の世話になりたがらないところがあった。
もともとは財産家で、本来なら宿屋なんぞしなくても十分に食っていけたのに、あえて老いた身でそれをしていたのは、『寂しいから』などと言っていたがそうではなく、生活が苦しかったからなのではないかな。
どうやら、出入りの商人だか農家だかが置いていった野菜が、手を付けられていない状態で厨にあった。まだ新鮮なので、もしかしたら、今朝までは、片方は生きていたかもしれない」
「つまりなにかい。本来なら、身動きもむずかしい病気に夫婦して罹っていたのだが、他人の世話になりたくないあまり、ひたすら寝て休んでいた。
ぎりぎりまでふつうに振る舞っていたが、さすがに家の外の用事まではできなくて、こんなに屋敷は荒れてしまっている。で、今朝になり、とうとうお迎えが来た、と」
「まいったな。そのままにしておくわけにもいかぬ。途中の民家に戻って、事情を話して、二人の埋葬を手伝ってもらおう」
「親族がまったくいないのか? 祭祀はだれが中心で行うのだろう」
「このあたりの地主か、そうでなければ仕方ない、顔見知りの俺が、喪主の代わりを務めるさ」
「第一日目から波乱含みの幕開けだな。おや、子龍、向こうから、轍の音が聞こえてくるよ。ありがたい、家に帰る途中の農夫かな」
「いや、ちがうな。見ろ、女馬車が三つもうしろにくっついている。行商隊だ。あいつらも泊りに来たのだろう。
ちょうどいい。連中にも協力してもらって、今日は葬儀だ」
「嫌がるんじゃないか?」
「そこはそれ、おまえの得意の弁舌で説得してくれ。嫌だというのなら、せめて近所に訃報をつたえるくらいのことはしてもらおう」
「それはかまわぬが、しかし、子龍、大丈夫だろうか」
「弱気だな。どうした」
「いや、先頭の安車の御者を見たまえ。赤い髪をしているよ。かなり遠方からやってきた行商隊のようだ。ことばは通じるだろうか」




「どうだ」
「そちらは?」
「さっきの民家な、この家の、遠縁の遠縁だった。近所でもあったし、いまから、村の人間をあつめて葬儀をしてくれるそうだ。とりあえず、部屋数は多いから、ここに泊まってもらってかまわないと言ってくれたよ」
「そうか。しかし葬儀の準備であわただしくなるだろうな。眠れるだろうか」
「べつに急がねばならない旅でもあるまい。明日はゆっくり出立すればいいさ。ところで、そちらはどうであった」
「いやはや、困ったよ。とりあえずこちらの言葉がわかる男がいたのだが、これがひどい訛りで、文字も読めないときた。
身ぶり手ぶりなのだが、それが聞いてうんざりしたまえ、あの行商隊には、わたしが最初に交渉した男の、さらに通辞がいて、その通辞の、またさらに通辞がいる。そうして、行商隊の隊長に、やっと話が通じる、というふうなのだよ。
つまり、相手が目のまえにいるのに、伝令を三人はさんで、やっと話が出来る状態なのだ」
「それはご苦労だったな。で、どうすると言っていた?」
「いまから成都に向かうにしても、すでに門は閉まってしまっているし、それにかれらは、どうやらはじめて成都に来た者たちらしく、このあたりの勝手がさっぱりわからないというのだな。
この宿屋のことは、おなじ行商人仲間から聞いていて、ここを拠点に、成都の動向を見て、商売の進め方を測ろうとしていたものらしい」
「ふむ、まっとうな連中のようだな。なにを扱っている?」
「丈夫な麻の衣や、金銀の装飾品だな。武装した連中が用心棒で、女たちは、行商隊の家族ということだ。子供もいる」
「ちょっとした輜重隊のようだな。しかし、色鮮やかな連中だな。ひとり、ひとり、区別がつきやすくてよいが」
「髪が赤やら金やら濃い茶色やら、そのうえ、目の色まで玉石のようだ。大秦国にむかう道の途中の、海のように大きな湖のほとりに、かれらの故郷があるらしい。
発音がむずかしくて、聞き取るのがむずかしかったが、たぶん安息国のどこかの街なのだと思う」
「名前だけは聞いたことがあるな。行商隊となれば、験をかついで、不幸のあった家に泊まるのを嫌がるのではないか?」
「ご指摘のとおりだ。やはり嫌がったし、これから葬儀をおこなうというのに、かれらがいては、村人たちも困るだろう。とはいえ、いまからでは成都の門は閉まってしまう。
そこで、下西門の厳将軍に一筆したためて、かれらのために門をあけて欲しいと書状をつくって渡した。あれを見れば、厳将軍は門を開けてくれるであろう。
羽振りのよい連中だから、遅くなっても宿はすぐ見つかるだろうさ。ほら、その証拠に」
「なんだ、その包み」
「売り物の一部をくれた。西域の服だそうだ。通辞の通辞の通辞がいうのには、嚨西から西は、漢族にあまりなじみのない人々が住んでいるから、いまのわたしたちの格好では、目立ちすぎて危ないというのだよ。わたしがしたためた通行証のかわりに、これをくれたのだ」
「嚨西を過ぎたら、これを着るのか?」
「不満そうだな。しかし、身の安全を考えれば、そうするのが一番だ。それと、おもしろい情報を手に入れた。わたしの話をしたところ」
「この状況で、夢の話をしたのか」
「もちろん『夢で見た光景なのだが』などと正直に言ったりしなかったけれど、そういう街なら、見たことがあるそうだ。嚨西を超えたさきの、山中に、似たような光景があるらしい」
「嚨西のさらに向こうなのか……二ヶ月で帰って来られるのだろうか」

つづく……


コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。