「劉左将軍が聞いたら、きっと泣いて喜ぶであろうな」
「またまた劉左将軍などと、他人行儀な。主公が聞いたら『悪い物でも食ったにちがいねぇ。それにしてもあんまりだろ』と泣かれるにちがいない。そしてそれを慰めるのは、きっとわたし」
「大変そうだな」
「大変だとも。けれど、それも楽しいのだよ。あなただってそうだろうに、記憶をなくしたとはいえ、なんだかさっきから、らしくないな」
「疲れているからかもしれん。話を戻してよいか。曹操には仕えないというが、ではあんたの目指す道はなんだ」
「途中であったっけ。では、話を戻すが、仕えるべき主君ではないとはいえ、曹操は正しかろう。だが、すべては正しくない。向いている方向は正しいが、そこに至る道が正しいとは思わない。
わたしはずるい挑戦者なのだよ。つまりは曹操のよいところだけを取って、それを踏まえたうえで、超えてやろうなどと思っているわけさ。
真の天才にどこまで迫れるだろうか。自分の才覚のないことを嘆いていても仕方あるまい。天才がせっかくよいものを生み出してくれたのだから、要領のいい凡人であるわたしは、天才のふりをしつつ、天才の技を盗み、主公のおっしゃる『人の心の上に立てた天下』をつくるのだ。
そんなわたしを模倣者というか、それとも時代遅れのあわれな論客と評するかは、あとで歴史を眺めるものが決めればよい」
「あんたは矛盾の塊だ。自分で自分のことを天才だの鬼才だのと誉めていたのに」
「言うだけはタダだろう」
「そうかい……」
「いや、冗談だ。いいとこ取りの才能がずばぬけている天才というのも、いてもおかしくなかろう。独創性という点では劣っても、いいとこ取りができるというのも才能のひとつとして数えてよいのなら、わたしはそれの天才だ」
「謙虚なのだか、傲慢なのだか、わからんな。あんたがそんなふうに考えていることを、劉左将軍は知っているのかな」
「たぶんね。あの人がわたしのことで、知らないということはほとんどないのではないかな。ときおり怖くなるくらいに勘のいい人だから。
駄目なことはきっぱり駄目だというから、何も言わないということは、それでよしということなのだと思うよ」
「あんたのいままでの論調でいけば、曹操は正しいという。ならば、曹操の漢王朝に対する態度も正しいと思うのか」
「また微妙なところを突いてくるものだ。正しい、正しくないだけで答えろというのなら、答えはずばり、正しいだ」
「つまりあんたは、漢王朝復興を謳っておきながら、いざ天下を統一したあとは、別な国を作るつもりなのか」
「さきほども言ったと思うが、漢王朝を慕う民の気持ちというのは、どこか昔日をなつかしむ気持ちと重なっているものだろう。皇帝は神に等しき者なのだから、これをないがしろにする者への反発が強いのはあたりまえなのだ。宗教のようなものだもの。
しかしその皇帝の徳が足りないために天下が乱れたのだから、その原因となったものが、また頂点に立っても、民はまた同じことになるだけではないかと不安に思うのではないかね。
いままで帝をお助けするという名目で、曹操に向けて企てられた内乱のことごとくが、一部の貴族たちが起こしたもので、民が起こしたものではないということも忘れてはならぬ」
「民はもはや漢の帝を必要としていないと?」
「『いまの漢の帝』はいらないだろう。禅譲という形をとって、べつの劉氏によるあたらしい国をつくればよいのだ。曹操も同じことを考えているはず。ただし、曹操も歳だ。そして、残念ながら、われらが主公も歳だ」
「禅譲はむずかしいと思うか」
「主公があと二十年も若いか、あるいはあと二十年は確実に生きてくださるかというのならば、可能かもしれぬ。だが、主公がお亡くなりになった場合は、おそらくは無理だ」
「なぜ」
「これはあくまで私見なので、だれにも口外しないでほしいのだが、わが陣営がまとまっているのは、これは主公の仁徳に拠るところがたいへんおおきい。みな主公の器に惹かれてあつまってきているのだ。
もし主公が急に倒れられたら、後継の座をめぐり、みな紛糾するだろう。いまの時点で後継は義弟である関雲長、そのつぎは張益徳、この二人が駄目だという場合は、長子の劉公子になるわけだが、かれはわたしが推さないからだめ」
「なぜ推さない」
「自負がつよすぎるし、驕慢なわりには内気だ。特定の者としか付き合わない人だから、あれでは人心は離れてしまうだろう」
「では、次子の阿斗さまか」
「幼すぎる。だれかが補佐に立たねばならなくなる。いまの時点で補佐の適任は、気がすすまぬが法正だろうな。みながいちばん納得する人事だろう。
しかしこうして人を並べてみても、とりあえずは組織を維持させるための応急処置という感が否めなくないか?
いまの時点で、主公がいなくなってしまうとたいへんに困る。蜀に落ち着いて間もないゆえ、人材が、わたしを含めてほとんど育っていないからだ」
「あんたも含めてとは?」
「そう。わたしはまだまだ、あの方から学びたいことが山ほどある。そのうえ、わたしはまだ若いし、最近気づいたのだが、頑固なので、自分の悪い性質をなかなか矯正できないでいる。
客観的に見たらどうだかわからぬが、わたしは主公ほどに苦労もしていないから、どうもすべてにおいていまひとつ貪欲さに欠けているきらいもあるし、だから、学ぶ姿勢がおっとりしていていけないのかもしれない。
おっと、あんまり並べ立てると、がっかりしてくるのでもうやめるけれど、つまりは、わたしはまだまだ学び足りないのだよ。いまのままで頂点に立ったら、きっと曹操を超えるどころか、曹操か曹操の子に倒されて、おしまい。さらば、臥龍、というわけだ。
ええい、しかしこの道はずいぶんと険しい。今度は登りか。喋るのがつらくなってきた。坂とはいえぬぞ、崖だ、崖。狼なら、こんな道もひょいひょいと越えられるのだろうな」
「人間の重いからだで登るよりは楽だ。あんたはあんまり鍛えていないから、よけいに疲れるのさ。これで夢に呼ばれてここまでやってきたのだから、たいしたものだ。誉めるべきだろうな」
「そりゃありがとう」
「しかし多くに声をかけてみたのに、結局、答えたのはおまえだけだったが、話を聞けば、やはりおまえでなければなかったのだろう。凡者では石に負けてしまっただろうから」
「? なにを言い出す…………子龍、どうした……
………?
どこへ行った?」
※
「消えた、のか? 崖から落ちた?
いないな。冷静になれ、怪我をして転げ落ちたのだったらいま、わたしはそれを見たはずだし、第一、坂の下にも子龍はいない。転がった形跡も見当たらない。
……………………………………冷静になっている場合ではなくなってきたな。子龍! 子龍! 返事はないか。
事情がわからぬ。一度、馬を置いてきたところまで戻るべきか。先に進んでいるはずがない。とつぜんに目のまえから消えるなど、通常ではありえぬ。仙術でも使わぬかぎりは………………………そうか、石か。
だれかが石を使った? 待て、石をつかえば反動がくることを知らないで使ったのだとしてもだ、どうしてもう石をもたないわれわれを害する必要があるのだろう。
消えたのではないとしたら、どういうことだ
……………………すべての怪異は石からはじまるのだ。
石はわたしを呼び、そして引き合わせ、五つの石を集めさせた。
いままで出会った者たちすべてが、自然とこの土地に来ることを示していた道標だったとしたらどうだ。
石はなにを願っていた。
この土地に帰ることだ。塔のあるこの土地に帰ること。
先に進もう。こうしていま、わたしがここにいることも、けして偶然などではない」
※
「最前の子龍は、あれはほんとうに子龍だっただろうか。天水で別れたあと、子龍はわたしの元に戻ってきたが、あれは本物だっただろうか。わたしの心を形にした、あの赤毛の男が消えたあと、子龍は戻ってきたのだ。
道しるべになるために、石がふたたびわたしの心から、今度は趙子龍という男のまぼろしを作り上げていたのだったらどうだろう。
そうだ、ならば、逆にわかる気がする。わたしの望みを最優先に動き、ときには叱り、励まし、あるときには、だれからも聞くことができないような言葉すら聞かせてくれる。あまりに都合が良いではないか。わたしはかれになにを差し出すこともなく、ただ受け取ればよいだけの人間だった。
そんな関係はおかしいのだ。記憶がないからという理由から、かれがわたしに過剰に接近しようとするのも解決させてしまっていたが、そうではない。なんのことはない。あれすらも、わたしの望んでいたことだったのかもしれない。
そうだろうか。本当にそうだっただろうか。
わからないな。」
※
「石め、もう望みどおり、故郷に帰れたのだろうに、どうしてわたしを呼び寄せる? なにか見せたいものがあるというのだろうか。せっかくだから土産を持っていけという話でもあるまい。
そうだ、だいたい、わざわざ石を集めたうえに、ここまで運んできたのはわたしだぞ。足のマメもすっかりつぶれてしまったし、日に焼けない体質だというのに、見るがいい、すっかり褐色になってしまって。
これで左将軍府に帰ってみろ、偽者だと疑われるかもしれない。いいや、疑われたらどうしてくれよう。劉曹掾なんぞはきっと、わたしだとわかっていても、知らないやつだと言いそうだ。あのひとならば、十分にありうる。
というより、土産があるなら、むしろ向こうから、ありがとうございましたと頭を下げてくるのが筋だろう。わたしはそもそも、石を好んで集めたわけではないのだからして。
まったく筋が通らぬ話だ。人にさんざん苦労をかけさせたうえに、危ない目にも何度もあわせて、そのうえ、最悪にも心までもめちゃくちゃにかき回したのだから。
腹が立ってきたぞ。だれだか知らんが、この先に人がいたら、まっ先に目があったものを殴ろう。ええい、つね日頃、温厚なわたしでも、怒らせたら凶暴になるのだということを知るがいい。
さきほどから考えるのを避けているな。いかん、泣けてきた。なんと心の弱いことだろう。自分で決めたことなのに、すっかり油断していたな。情けない。
人の話はあまり当てにしてはならぬという戒めであろうか。
あるではないか。塔が」
つづく……
「またまた劉左将軍などと、他人行儀な。主公が聞いたら『悪い物でも食ったにちがいねぇ。それにしてもあんまりだろ』と泣かれるにちがいない。そしてそれを慰めるのは、きっとわたし」
「大変そうだな」
「大変だとも。けれど、それも楽しいのだよ。あなただってそうだろうに、記憶をなくしたとはいえ、なんだかさっきから、らしくないな」
「疲れているからかもしれん。話を戻してよいか。曹操には仕えないというが、ではあんたの目指す道はなんだ」
「途中であったっけ。では、話を戻すが、仕えるべき主君ではないとはいえ、曹操は正しかろう。だが、すべては正しくない。向いている方向は正しいが、そこに至る道が正しいとは思わない。
わたしはずるい挑戦者なのだよ。つまりは曹操のよいところだけを取って、それを踏まえたうえで、超えてやろうなどと思っているわけさ。
真の天才にどこまで迫れるだろうか。自分の才覚のないことを嘆いていても仕方あるまい。天才がせっかくよいものを生み出してくれたのだから、要領のいい凡人であるわたしは、天才のふりをしつつ、天才の技を盗み、主公のおっしゃる『人の心の上に立てた天下』をつくるのだ。
そんなわたしを模倣者というか、それとも時代遅れのあわれな論客と評するかは、あとで歴史を眺めるものが決めればよい」
「あんたは矛盾の塊だ。自分で自分のことを天才だの鬼才だのと誉めていたのに」
「言うだけはタダだろう」
「そうかい……」
「いや、冗談だ。いいとこ取りの才能がずばぬけている天才というのも、いてもおかしくなかろう。独創性という点では劣っても、いいとこ取りができるというのも才能のひとつとして数えてよいのなら、わたしはそれの天才だ」
「謙虚なのだか、傲慢なのだか、わからんな。あんたがそんなふうに考えていることを、劉左将軍は知っているのかな」
「たぶんね。あの人がわたしのことで、知らないということはほとんどないのではないかな。ときおり怖くなるくらいに勘のいい人だから。
駄目なことはきっぱり駄目だというから、何も言わないということは、それでよしということなのだと思うよ」
「あんたのいままでの論調でいけば、曹操は正しいという。ならば、曹操の漢王朝に対する態度も正しいと思うのか」
「また微妙なところを突いてくるものだ。正しい、正しくないだけで答えろというのなら、答えはずばり、正しいだ」
「つまりあんたは、漢王朝復興を謳っておきながら、いざ天下を統一したあとは、別な国を作るつもりなのか」
「さきほども言ったと思うが、漢王朝を慕う民の気持ちというのは、どこか昔日をなつかしむ気持ちと重なっているものだろう。皇帝は神に等しき者なのだから、これをないがしろにする者への反発が強いのはあたりまえなのだ。宗教のようなものだもの。
しかしその皇帝の徳が足りないために天下が乱れたのだから、その原因となったものが、また頂点に立っても、民はまた同じことになるだけではないかと不安に思うのではないかね。
いままで帝をお助けするという名目で、曹操に向けて企てられた内乱のことごとくが、一部の貴族たちが起こしたもので、民が起こしたものではないということも忘れてはならぬ」
「民はもはや漢の帝を必要としていないと?」
「『いまの漢の帝』はいらないだろう。禅譲という形をとって、べつの劉氏によるあたらしい国をつくればよいのだ。曹操も同じことを考えているはず。ただし、曹操も歳だ。そして、残念ながら、われらが主公も歳だ」
「禅譲はむずかしいと思うか」
「主公があと二十年も若いか、あるいはあと二十年は確実に生きてくださるかというのならば、可能かもしれぬ。だが、主公がお亡くなりになった場合は、おそらくは無理だ」
「なぜ」
「これはあくまで私見なので、だれにも口外しないでほしいのだが、わが陣営がまとまっているのは、これは主公の仁徳に拠るところがたいへんおおきい。みな主公の器に惹かれてあつまってきているのだ。
もし主公が急に倒れられたら、後継の座をめぐり、みな紛糾するだろう。いまの時点で後継は義弟である関雲長、そのつぎは張益徳、この二人が駄目だという場合は、長子の劉公子になるわけだが、かれはわたしが推さないからだめ」
「なぜ推さない」
「自負がつよすぎるし、驕慢なわりには内気だ。特定の者としか付き合わない人だから、あれでは人心は離れてしまうだろう」
「では、次子の阿斗さまか」
「幼すぎる。だれかが補佐に立たねばならなくなる。いまの時点で補佐の適任は、気がすすまぬが法正だろうな。みながいちばん納得する人事だろう。
しかしこうして人を並べてみても、とりあえずは組織を維持させるための応急処置という感が否めなくないか?
いまの時点で、主公がいなくなってしまうとたいへんに困る。蜀に落ち着いて間もないゆえ、人材が、わたしを含めてほとんど育っていないからだ」
「あんたも含めてとは?」
「そう。わたしはまだまだ、あの方から学びたいことが山ほどある。そのうえ、わたしはまだ若いし、最近気づいたのだが、頑固なので、自分の悪い性質をなかなか矯正できないでいる。
客観的に見たらどうだかわからぬが、わたしは主公ほどに苦労もしていないから、どうもすべてにおいていまひとつ貪欲さに欠けているきらいもあるし、だから、学ぶ姿勢がおっとりしていていけないのかもしれない。
おっと、あんまり並べ立てると、がっかりしてくるのでもうやめるけれど、つまりは、わたしはまだまだ学び足りないのだよ。いまのままで頂点に立ったら、きっと曹操を超えるどころか、曹操か曹操の子に倒されて、おしまい。さらば、臥龍、というわけだ。
ええい、しかしこの道はずいぶんと険しい。今度は登りか。喋るのがつらくなってきた。坂とはいえぬぞ、崖だ、崖。狼なら、こんな道もひょいひょいと越えられるのだろうな」
「人間の重いからだで登るよりは楽だ。あんたはあんまり鍛えていないから、よけいに疲れるのさ。これで夢に呼ばれてここまでやってきたのだから、たいしたものだ。誉めるべきだろうな」
「そりゃありがとう」
「しかし多くに声をかけてみたのに、結局、答えたのはおまえだけだったが、話を聞けば、やはりおまえでなければなかったのだろう。凡者では石に負けてしまっただろうから」
「? なにを言い出す…………子龍、どうした……
………?
どこへ行った?」
※
「消えた、のか? 崖から落ちた?
いないな。冷静になれ、怪我をして転げ落ちたのだったらいま、わたしはそれを見たはずだし、第一、坂の下にも子龍はいない。転がった形跡も見当たらない。
……………………………………冷静になっている場合ではなくなってきたな。子龍! 子龍! 返事はないか。
事情がわからぬ。一度、馬を置いてきたところまで戻るべきか。先に進んでいるはずがない。とつぜんに目のまえから消えるなど、通常ではありえぬ。仙術でも使わぬかぎりは………………………そうか、石か。
だれかが石を使った? 待て、石をつかえば反動がくることを知らないで使ったのだとしてもだ、どうしてもう石をもたないわれわれを害する必要があるのだろう。
消えたのではないとしたら、どういうことだ
……………………すべての怪異は石からはじまるのだ。
石はわたしを呼び、そして引き合わせ、五つの石を集めさせた。
いままで出会った者たちすべてが、自然とこの土地に来ることを示していた道標だったとしたらどうだ。
石はなにを願っていた。
この土地に帰ることだ。塔のあるこの土地に帰ること。
先に進もう。こうしていま、わたしがここにいることも、けして偶然などではない」
※
「最前の子龍は、あれはほんとうに子龍だっただろうか。天水で別れたあと、子龍はわたしの元に戻ってきたが、あれは本物だっただろうか。わたしの心を形にした、あの赤毛の男が消えたあと、子龍は戻ってきたのだ。
道しるべになるために、石がふたたびわたしの心から、今度は趙子龍という男のまぼろしを作り上げていたのだったらどうだろう。
そうだ、ならば、逆にわかる気がする。わたしの望みを最優先に動き、ときには叱り、励まし、あるときには、だれからも聞くことができないような言葉すら聞かせてくれる。あまりに都合が良いではないか。わたしはかれになにを差し出すこともなく、ただ受け取ればよいだけの人間だった。
そんな関係はおかしいのだ。記憶がないからという理由から、かれがわたしに過剰に接近しようとするのも解決させてしまっていたが、そうではない。なんのことはない。あれすらも、わたしの望んでいたことだったのかもしれない。
そうだろうか。本当にそうだっただろうか。
わからないな。」
※
「石め、もう望みどおり、故郷に帰れたのだろうに、どうしてわたしを呼び寄せる? なにか見せたいものがあるというのだろうか。せっかくだから土産を持っていけという話でもあるまい。
そうだ、だいたい、わざわざ石を集めたうえに、ここまで運んできたのはわたしだぞ。足のマメもすっかりつぶれてしまったし、日に焼けない体質だというのに、見るがいい、すっかり褐色になってしまって。
これで左将軍府に帰ってみろ、偽者だと疑われるかもしれない。いいや、疑われたらどうしてくれよう。劉曹掾なんぞはきっと、わたしだとわかっていても、知らないやつだと言いそうだ。あのひとならば、十分にありうる。
というより、土産があるなら、むしろ向こうから、ありがとうございましたと頭を下げてくるのが筋だろう。わたしはそもそも、石を好んで集めたわけではないのだからして。
まったく筋が通らぬ話だ。人にさんざん苦労をかけさせたうえに、危ない目にも何度もあわせて、そのうえ、最悪にも心までもめちゃくちゃにかき回したのだから。
腹が立ってきたぞ。だれだか知らんが、この先に人がいたら、まっ先に目があったものを殴ろう。ええい、つね日頃、温厚なわたしでも、怒らせたら凶暴になるのだということを知るがいい。
さきほどから考えるのを避けているな。いかん、泣けてきた。なんと心の弱いことだろう。自分で決めたことなのに、すっかり油断していたな。情けない。
人の話はあまり当てにしてはならぬという戒めであろうか。
あるではないか。塔が」
つづく……