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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 二章 その11 趙雲の憂慮

2024年01月02日 10時04分47秒 | 英華伝 地這う龍
「わが君は、みなをどうされるおつもりかな」
思わず趙雲がつぶやくと、孔明は樹に背を預けつつ、答えた。
「迷わず、民をともに連れて行くとおっしゃるだろう」
そんなことをしたら、みんな死ぬぞ、と言いかけて、口をつぐんだ。
あまりに突き放した言葉を言いかけたと、すぐに反省する。
だいたい、それを口にすることは、劉備に反抗することになりかねない。
そこで、あえて民のことを後回しにした表現で孔明に問う。
「仮に南へ逃げる……あるいは、要衝(ようしょう)の江陵(こうりょう)を目指すとして、おまえに曹操軍をしのぐ策はあるのか」

だが、孔明はすぐには答えなかった。
その気持ちは、趙雲には、痛いほどよくわかった。
民のことを思えば、どうしても気が重くなる。
仮に民を樊城(はんじょう)まで届け、そしてかれらを置いていったとしても、曹操がかれらを虐殺しないという保証はないのだ。
孔明の頭には、どうしても徐州での曹操による虐殺が頭にあるに違いない。
しかし、だからといって、民を道連れに南下をした場合に、水や食料の問題はもちろん、行軍の速度の問題も出てくる。
策が容易に出てくるはずもなかった。

「すまぬ、答えなくていい」
趙雲がしょぼんとしていうと、孔明は小さく笑った。
「あなたは相変わらず優しいな」
「そうか?」
「そうだよ。ところで子龍、新野城(しんやじょう)でなにかあったか?」
「なぜ?」
「いや、なんとなく、帰って来た時に疲れた顔をしていたから。
敵がそれほど手ごわかったのかと思ったのだ」
勘のいいやつ、と感心しつつ、趙雲は新野で対峙した敵のことを孔明に教えた。

「平狄将軍(へいてきしょうぐん)の張郃(ちょうこう)か」
「知っているか」
「もとは袁紹の部下であった張儁乂(ちょうしゅんがい)という男だろう」
「ああ、そういえば、おれのことを知っているようだった。
官渡の戦のとき、どこかで会っていたのかもしれないな」
「へえ、知り合いか。あなたもなかなか顔が広いな」
「おまえほどじゃない。よく曹操軍の将のことまで知っているな」
「中原の親戚や、わたしの名を聞いて文通を求めてきている人からの情報だよ。
張郃は、年はわたしと同じくらいだ。かなり豪胆で、そのうえ切れ者だという評判だよ。
討ち漏らしたのはもったいなかったな」
「すまぬ、手こずった」
「いや、責めてはいないよ。人は死ぬときは死ぬし、死なないときは、何があっても、なかなか死なない」
「そういうものか?」
「そうさ。いつ死ぬかを決めるのは冥府の王だ。わたしたちではない」
「まあ、そうか」
孔明は慰めてくれているのかもしれない。
変なやつだよな、こいつも。

趙雲の視界のすみで、民衆のあいだから、小さな影がふたつ、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。
二人の子供が、手を振りながら、競うように懸命に駆けてくる。
張著(ちょうちょと)軟児(なんじ)であった。
「子龍さまっ、ご無事でなによりです!」
「お怪我はなさっていませんか? わたし、お手当をしにまいりました」
口々に言う愛らしい子供たちを横に、孔明は笑みを浮かべて言う。
「おやおや、頼りになる看護人がやってきた。
子龍、さっきの塗り薬は、しばらく朝と夜にそれぞれ塗るように。
というより、張著か軟児に塗ってもらえ」
「自分でできるが」
思わず言うと、かたわらにいた二人が、あきらかに目を輝かせた。
「塗り薬ってなんですか?」
「わたしが塗って差し上げます!」
すると、ふだんはおとなしい張著が、鼻息を荒くして妹分の軟児を叱る。
「だめだ、わたしが塗るんだ!」
「なによ、張著さんのケチ! わたしだってやりたい!」
「軟児は下心が丸見えなんだよ!」
「下心なんてないもの!」

「こらこら、喧嘩をするのではないよ。交代でやりなさい」
孔明が言うと、子供たちは素直に、声をそろえて、はあい、と返事をした。
しかし、それぞれ手で互いの袖を引っ張り合って、牽制(けんせい)をしている。
すでに塗り薬はたっぷり塗ったあとだったので、趙雲が、ふたりの当番を決めると、張著も軟児も餌をもらえるとわかった子犬のように喜んだ。
そんな三人の様子を、傍らにいる孔明は、いつくしむように見守っていた。

つづく


最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
またも大地震が起こってしまった……被災されたみなさまに、こころよりお見舞い申し上げます。

そして、「いいね!」をつけてくださったみなさま、ありがとうございます。
今年も改めてよろしくお願いいたします。

次回もお楽しみにー('ω')ノ

地這う龍 二章 その10 ひとときの休息

2024年01月01日 10時00分37秒 | 英華伝 地這う龍
孔明は皆の輪から少し離れたところにいて、平素のとおり、民や劉備とその家族の様子に気を配っている。
劉備の家族にしても、孔明の策のおかげで樊城《はんじょう》へ逃げ込める目途がたったということで、夫人たちを中心に、明るい顔をして木陰で憩《いこ》っていた。
阿斗は生母の甘夫人《かんふじん》の胸の中で、すやすやと眠っている。


見張りも万全に配置しているし、曹操の兵が追撃してくることはなかろうと思い、趙雲は自分もまた、手近なところにあった|木陰《こかげ》にぺたりと座り込んだ。
さすがに疲れが出始めている。
徹夜をしたうえに、激しい戦闘を行ったのだ。
まだ頭が興奮しているから、倒れ込むようなことはないが、いま休んでおかないと、劉備たちを守れない。


頭上を行くそよ風が木々を揺らす。
元気な子供たちが、草むらのバッタを追いかけて遊んでいるのを見ているのも面白い。
かれらを守れたと思うだけで、趙雲の胸は満たされた。


瓢箪《ひょうたん》に汲んだ水で喉をうるおしていると、孔明が近づいてきた。
「子龍、これを使え」
孔明の手には、小さな壺がある。
「それは?」
「やけど用の塗り薬が入っている。
気づいていないようだが、あちこち小さなやけどをしているようだ。早めに傷に薬を塗っておけ」
そうか、おれはやけどをしていたか、とおのれのからだを見下ろした。
なるほど、鎧で守られていた部分に問題はないが、腕のあたりに、いくつかやけどのあとがあった。
「痕《あと》になるかな」
「早めに薬をぬっておけば大丈夫だろう。塗ってやろうか?」
孔明の申し出を丁重に断って、趙雲はさっそく、壺をあける。
中身は白い塗り薬で、においもなにもしなかった。
「月英《げつえい》が教えてくれた処方の薬だ。効くよ」
「そうか、ありがたい」
言いつつ、趙雲は傷がしみないように気を付けつつ、薬をぬり始めた。
しかし、そこに傷があると知覚してしまったせいか、まったく痛まなかったはずのやけどが、さきほどより痛い。
思わず顔をしかめていると、孔明は気の毒そうな顔をして、言った。
「早く良くなるといいな」
「おれもそうであることを祈ってるよ」


細かくあちこちに出来ているやけどに薬をぬっているあいだに、孔明は趙雲のとなりに座りこみ、膝をかかえた。
その横顔をちらっと見ると、策が当たったことへの達成感はなさそうだ。
むしろ、顔色が白くなっていた。
「なにか心配事がある顔をしているな、言ってみろ」
趙雲がうながすと、孔明はこわばった体の力を抜くように、ふっと息を吐いてから、言った。
「喜んでいるみなの水を差したくないから黙ってはいるが、これからが大変だ。
早めに気を引き締めてもらわねばならん」
「というと?」
「曹操は次も容赦なく精鋭を送ってくるだろう。
その『次』が来るまでに、急いで準備をしなければならない。
これからやることは山積みだよ」
「そうだな、その通りだ」


趙雲は、劉備たちや兵士のほか、新野からついてきた民衆の様子も眺めた。
たしかに、時間を稼げた。
だが、これで助かったというわけではない。
趙雲らと同じように、木陰や岩陰で休んでいるひとびとのあいだを、元気な子供たちがはしゃいで回っている。
互いに助け合い、水や食料を融通しあっている者もいる。
だが、かれらとともにおれるのは、そう長いことではあるまい、と思う。


たしかに曹操軍は追い返した。
孔明の言うとおり、次こそは、曹操は容赦なく精鋭を送ってくるだろう。
かれらが態勢を整えて襲ってくるまでに、樊城に籠るか、あるいはもっと守りやすい交通の要衝《ようしょう》である江陵《こうりょう》を目指すか、決めねばならない。
そこで、もっと重い決断を迫られる。
ついてきてくれた民をどうするか、だ。
樊城に置いていくか、それとももっと南下して襄陽《じょうよう》の蔡瑁《さいぼう》らを頼るか……孔明はそこまで考えて、気を重くしているのだ。
こいつも、先が見えすぎて心配事を抱えがちなやつだよな、と趙雲は同情する。
そして、自分もまた、孔明を通して先を見てしまっている。
これからが大変だという孔明のことばが、だんだん暗く大きく感じられてきた。


つづく


※ あけましておめでとうございます(*^-^*)
今年もよろしくお願いいたします!
本日午後に、あらためてごあいさつ用記事を更新しますので、お時間ありましたら、そちらも見てやってくださいませ♪

そして、昨日もブログ村及びブログランキングに投票してくださったみなさま、どうもありがとうございます!!
年明けにうれしいお年玉(^^♪
みなさまに面白いと思ってもらえたなら最高です!
今年も精進してまいりますので、引き続き遊びにいらしてくださいませね!

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ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 二章 その9 劉備軍の喜び

2023年12月31日 10時04分11秒 | 英華伝 地這う龍



趙雲が樊城《はんじょう》へ向かう劉備の一行に合流できたのは、太陽が空の真ん中にきたころであった。
ほぼ同着で、さんざんに曹操軍を打ち負かしてきた張飛と関羽も追いついてきた。
趙雲の白銀の鎧は煤《すす》けて灰色に変わり、張飛と関羽もそれぞれ跳ね返った泥だらけ。
しかし、お互いの顔は、どれも晴れ晴れとしていた。
これで時間が稼げる。
生きることが出来るのだ。
その喜びに、たがいの顔が明るくなっていた。


「兄者、兄者っ! 味方にほとんど損害なく帰ってこられたぞっ」
よほど嬉しいらしく、子供が無邪気に母親に駆け寄るように、張飛は先頭を行く劉備に駆け寄っていく。
その様子を見て、家財道具を抱えて樊城を目指している新野の民衆も、わあっと快哉《かいさい》をあげた。


ひとびとの万歳の声を浴びつつ、張飛はたずねる。
「それもこれも軍師のおかげだ、軍師はどこにいる?」
張飛の大音声に引き出されるかたちで、孔明が劉備の横から顔を出した。
澄ました顔をしているように見えるが、ほんの少しだけ頬が上気しているのを趙雲は見逃さない。
孔明もまた、喜んでいるのだ。
趙雲にしても、孔明が本格的に軍師としてみなの役に立てていることが、誇らしかった。


「曹操軍はほとんど追い散らした。しばらくは時間を稼げよう」
浮かれる張飛とは対照的に、しっかり報告をしたのは関羽であった。
「どうした、雲長、そのわりにはうれしそうではないな」
劉備が心配してたずねると、関羽はすまなさそうに答える。
「名のある武将を討ち切れなかった。それが申し訳ない」
関羽をもってしても、多くの兵に守られていた大将たちの首を取れなかった。
さすがによく訓練された兵を率いた曹操軍である。


関羽と劉備のやりとりを聞きながら、趙雲は、炎のなかで対峙《たいじ》した、張郃《ちょうこう》のことを思い返した。
なかなか手ごたえのある男だった。
討ち漏らしたのは惜しかった。
次こそは、かならずやつの首をとる……などと考えていると、すでに先に合流していた劉封《りゅうほう》と麋芳《びほう》らが、めずらしく関羽をなぐさめているのが聞こえた。
「高望みをしては罰が当たるというものでしょう。
貴重な時間を稼げたのだから、これでよしとしなければ」
血気盛んな劉封にたしなめられて、関羽は思わず笑っている。
「そうだな、たしかに、高望みはいかんか」
「旗を振るだけでいいと命じられたときはどうなるかと思ったが、うまくいってよかった」
麋芳が呵々《かか》と笑いながら言う。
「あれで曹操軍を足止めできたのだからな。
夜陰にまぎれて崖の上から石を落とすのもうまくいったし、言うことはない」
「ダメ押しは子龍が新野城にかけた火だったな。あれで曹操軍は壊滅したといっていい」
関羽の誉め言葉に、趙雲は静かに答えた。
「なにより、軍師の策に従ったまでだ」
張飛がそれを聞いて、うんうんとうなずいた。
「そうだ、軍師の策がすごかった。おれはあらためて見直したぞ。
軍師は臥龍の名に恥じぬ知恵の持ち主だとな。
なにより、やつらに一泡《ひとあわ》吹かせてやれて、スカッとしたわい」
そう言って、張飛は大口をあげて笑い始めた。
ふしぎなもので、この男が明るく笑い声をたてると、周りもつられて笑顔になる。
それまで渋い顔をしていた関羽までもが、合わせるように、声を立てて笑い始めた。
義兄弟の仲睦まじい様子を見て、劉備もまた、微笑んでいる。


新野の民は口々に、
「よかった、これで救われるぞ」
と言いながら歩みを進めている。
趙雲らを拝む者までいるほどだ。
趙雲は、かれらのひとりひとりの顔を見て、返事をするようにうなずいてみせた。
だれの顔からも、力が抜けているのがわかった。


民を守りつつ、しばらくゆっくりと、民衆と軍は樊城へ進んでいた。
途中、孔明が、木陰《こかげ》があるので休憩にしようと号令をかけた。
号令を聞いて、民衆はもちろん、将兵たちも、ほうっ、と安堵の声をあげる。
そして、民の中でも弱い者を優先的に木陰にやり、将兵は一定の見張りをおいて、交代で休むことになった。


武将たちは、まだ興奮がさめやらぬといったふうで、ああだった、こうだったと互いの報告をしあっている。
曹操軍が思いのほか簡単に策に引っかかったので、かれらを嘲《あざけ》ることばをいう者もいたが、それは関羽が叱っていた。
関羽が叱らねば、趙雲が叱っていただろう。
曹操軍はけして間抜けな連中ではない。
気を抜いてよい相手ではないのだ。


張飛と陳到《ちんとう》は、それぞれ敷物をしいて地べたに座り、鎧を解いて休んでいる。
陳到のからだの汗をせっせと拭いているのは、妻女と幼い娘で、陳到は、
「ああ、心地よい、ひとっ風呂浴びているようだ」
と、うっとりとした顔をしていた。


陳到も趙雲に従い、北の門に殺到してきた曹操の兵を倒していた。
大物こそ逃がしたが、陳到がだれひとりとして門を通さぬとばかりに奮闘したおかげで、曹操の兵はみな南門から逃げ、そして水計にうまくひっかかってくれたのだ。
曹操によって、みずからの細作《さいさく》のほとんどを殺され、しかも信頼してたものには裏切られ、だいぶ落ち込んでいたようだが、すっかり元通りである。
「叔至、ゆっくり休めよ」
趙雲が声をかけると、陳到はおっしゃる通りに致します、と夢見心地のような声で答えた。


つづく

※ 今年もお付き合いくださったみなさま、どうもありがとうございました(*^-^*)
いろいろありましたが、いま創作を継続できていて幸せであります (^^♪
それもこれも読んでくださるみなさまのおかげ!
みなさまに来年も幸あれ!

でもって、お正月も休まず毎日更新いたします。
お、そうだ、更新しているかな? と思い出しましたら、どうぞまたブログかなろうに遊びにいらしてくださいませv
ではでは、みなさま、よいお年を!
そして、来年もよろしくお願いいたします(*^▽^*)

地這う龍 二章 その8 初対戦のゆくえ

2023年12月30日 10時03分29秒 | 英華伝 地這う龍
趙雲の槍が、ツバメのような速さでひゅんっ、と空を裂き、張郃《ちょうこう》の胴をえぐろうとしてきた。
張郃は思い切りのけぞって、刃《やいば》をかわした。
馬から転げ落ちそうになるが、なんとか内ももに力を込めて、こらえる。
態勢を整えようとした刹那、その視界に、趙雲の胴体が見えた。
趙雲は大胆な攻撃をしたがゆえに、胴体ががら空きになったのだ。
いまだ!
張郃は、すでに激しい打ち合いで痺れがきている手を励ましつつ、趙雲の胴めがけて槍を突き立てた。
だが、その渾身の一撃は、がん、という無情な金属音とともに跳ね返された。
趙雲は、攻撃を見切っていたようだ。


一瞬、間近に見える趙雲の端正な顔が、歪んだように見えた。
いや、歪んだのではない。
趙雲の表情の正体を知り、張郃はぞくっと背筋をふるわせた。
かれは笑っていた。
虐殺の喜びに笑っているのではない……強い男と刃を交わせるその興奮で、笑っているようだった。


『なんというやつだ!」
張郃は心底、目の前の敵を気味悪く思った。
張郃としては、笑う余裕など、もうどこにも残っていなかったからである。


趙雲の胴を突き損ねた槍は、そのまま何もない空間に抜けた。
趙雲は無情にも、張郃の槍の胴の部分を片手でがっしり掴みあげ、張郃からそれを奪おうとする。
「うぬっ」
張郃は両手に力を込めて、槍を奪われまいとがんばった。
これを奪われたなら、こちらの得物は剣しかない。
剣と槍とでは、その攻撃範囲に差がありすぎる。
まったく戦えないわけではないが、極端に不利になることは火を見るより明らかであった。


趙雲が、またその唇に笑みを浮かべた。
槍を奪われる!
そう思った瞬間。


あたりに派手な銅鑼《どら》の音が鳴り響いた。
「子龍さまっ、火の手が回ります、お早く退避を!」
見れば、銅鑼を叩いている男が、趙雲に向かって叫んでいる。
すでに火は北の門の眼前に迫っていて、たしかにこのままここで戦い続けていたら、互いに退路がなくなるのは想定できた。


趙雲が手をゆるめ、張郃の槍をあきらめた。
と同時に、趙雲の容赦ない最後の刃が、張郃を真横に払おうとする。
それをまた、なんとかかわそうとするのだが、疲れ果てていたせいか、張郃の鎧のひもが何本か刃にひっかかり、切れた。
だが、それだけであった。
刃は肉には届かなかった。


趙雲はそんな張郃の様子に、ふっと小さく息を吐き、
「おれもまだまだ精進せねばということか」
と誰ともなしに言う。
たいした余裕である。
「命拾いをしたな、張儁乂《ちょうしゅんがい》」
趙雲は捨て台詞を残し、もはや追撃する気力も残っていない張郃に背を向けて、北の門の向こうへ去っていった。


「儁乂さまっ、われらも早く退避せねば」
趙雲のあとを追って、火の手の薄いところから逃げようとする劉青《りゅうせい》を、張郃はとどめた。
「落ち着け、いまやつのあとを追えば、伏兵にしてやられる」
「しかし、このままここに留まっては、炎に巻かれます」
そのとき、趙雲と張郃が一騎打ちをしているあいだに、あたりの様子を探りに回っていた劉白《りゅうはく》が戻って来た。
「南の門が鎮火できたようです、そちらからお逃げ下さいっ」
「よし、手勢をまとめろ、あらためて、南の門を目指すぞ!」


北から南へ、一気に大路を駆けて、張郃は炎をやり過ごし急いだ。
立ち込める黒い煙を吸わないよう、布で鼻と口をふさいでいるので、息苦しいことこのうえない。
焼け落ちた木材が落ちてきたり、舞い踊る火の粉が衣に付きそうになったり、さんざんな思いをしながら、やっと南の門から外へ抜けた。







新野城市《しんやじょうし》のうちと外では、天と地の違いであった。
東の空が白み始めている。
その美しい曙を愛でる余裕はみじんもなく、張郃らはふらふらと、水を求めて川へと向かっていた。
だれが号令したわけでもないのだが、ほぼみなが同じ行動をとった。
ともかく水が欲しかったのである。
張郃も引き寄せられるように、その小川のほとりまで馬を歩かせた。


もし、張郃が疲れ切っていなかったなら、その川の幅が、妙に狭くなっていることに気づいただろう。
だが、不幸なことに、張郃をはじめとして、その場の生き残った者たちには、もう思考力が残されていなかった。


さやさやと流れる小川の清水に顔を突っ込むようにして喉をうるおす。
そして、すすで黒くなったおのれの顔を洗っていると、上流のほうから、またもや聞きなれてしまった、大きな悲鳴が聞こえてきた。
「水が! 水があっ!」
あっ、と思った瞬間には遅かった。
真白い奔流《ほんりゅう》が、一気に張郃たちを呑み込んだ。


それからあとのことは、よくおぼえていない。
不吉な銅鑼の音が盛大に鳴り響いたかと思うと、張飛と関羽の両将がどこからともなくあらわれ、炎と大水から逃れた兵士たちをつぎつぎと討ち取っていった。
もはや逃げ惑うしかできないあわれな兵たちをまとめることもできず、張郃は昨晩たどった道を、逆に戻っていくことしかできなかった。
負けた。
五万もの兵が、半分も残っていない。


張郃の脳裏には、崖の上で見た月光を背にした謎の男の影と、そして、新野城で戦った趙雲の悪鬼のような姿が交互に浮かんだ。
悪夢の中にいるようだった。
夢なら醒めてくれと思ったが、結局、ひたすら馬を走らせているあいだに、宛《えん》に戻ってきてしまっていた。




つづく



※ いつも最後まで読んでくださっているみなさま、ありがとうございます!
ブログ村およびブログランキングに投票してくださったみなさま、大感謝ですー!(^^)!
お忙しい中、ありがとうございました! 来年もますます精進します!
がんばるぞー♪ 気合入りまくりですv

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でもって、明日は一年で最も忙しい(と思われる)大晦日!
年明けでも、このブログのことを思い出していただけたなら、うれしいです。
ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 二章 その7 趙雲対張郃、初対戦

2023年12月29日 09時59分55秒 | 英華伝 地這う龍
たしかに、北の門は火の手が回っていなかった。
だからこそ、さぞかし兵が殺到しているかと思いきや、奇妙に静かであった。
『なんだ?』
前方に、一騎の武者がいる。
ただならぬものを感じ、張郃《ちょうこう》は馬を止めた。
それに合わせて、兵卒たち、部将たちも足を止めて、その武者を見る。
赤毛の馬に乗ったその男は、ちょうど張郃らに背を向けて立っていた。
「何をしている! 邪魔だっ!」
短気な劉青《りゅうせい》が叫んで、男に突っかかろうとしたが、張郃は手ぶりで制止した。


おれは、まだ夢をみているのだろうか。
背中を向けているその男に、ひどい既視感があった。
しなやかそうな体躯の、広い背中の男。
官渡の戦いから八年の歳月が過ぎたが、ほとんどかわっていないその背中は、鬼火のような炎のなか、ぼおっと浮かび上がっていた。


男の手には槍。
穂先は血にまみれ、先端からは、ぽたぽたと紅いしずくが落ちている。
よく見れば、男の周りには、たったいま屠《ほふ》られたばかりとおぼしき、あわれな曹操軍の兵卒たちの死体が転がっていた。
地獄のような光景とは、まさにこのことだろう。
顔を知らない、常山真定《じょうざんしんてい》の趙子龍。


趙雲が張郃たちの気配に気づき、ゆっくりこちらに顔を向けてくる。
赤い闇に横顔が浮かんだ。
男らしい端正な顔立ちをしている。
おれのほうが上だ、と咄嗟に張郃が考えたその時、趙雲からすさまじい速さで一撃が繰り出された。
名乗りもせず、いきなり攻撃を仕掛けてきた。
日ごろの訓練が生きた。
張郃は反射的に身をよじって、そのするどい攻撃をかわした。
張郃もおどろいたが、おどろいたのは馬も同じで、急にたたらを踏んで暴れ出したので、あやうく振り落とされそうになる。
なんとか手綱をしめて態勢をととのえると、趙雲は、今度はまっすぐ張郃のほうに向きなおった。


「いきなり仕掛けてくるとはご挨拶だな」
張郃が呼びかけると、趙雲は表情を変えず、凛とした声で言った。
「名のある将とお見受けした」
「平狄将軍《へいてきしょうぐん》の張儁乂《ちょうしゅんがい》だ。貴様は劉備の将か」
「いかにも。常山真定の趙子龍と申す」


やはり。
あらためて、その白銀の鎧をまとった、大男をながめやる。
赤々とひろがっていく炎を横に、趙雲の高い鼻梁と、淡々とした口調とは対照的な殺気のこもった双眸が、とくに目についた。
「おれはお前を知っているぞ」
夢を見ているようだと、まだ思っていた。
こんなに早く、屠ってやろうと思っていた男と巡り合えるとは。
「貴様はかつて、官渡の戦場で、袁紹軍から兵を盗んでいった男だ! 盗人め、覚悟せよ!」
張郃のことばに、趙雲はにやっと不敵に笑った。
「兵を盗んだのではない」
「なんだと」
「正しい主に仕えさせるため、救ったのだ」
「ほざけ! 正しい主が聞いてあきれるぞ、この火事場泥棒ども!」
「では、その火事場泥棒に討たれて、あの世で袁紹と愚痴でもこぼしあえばよい」
「ぬかせっ」
頭に血が上った。
張郃は槍をかまえ、趙雲に向かって突進する。
弾丸のごとく突撃していった張郃だが、趙雲は冷静そのもので、張郃の繰り出す攻撃を、ことごとく薙ぎ払って行った。


冀州の田舎武者相手に、負けることなどないと、張郃は思っていた。
戦いはすぐに蹴りが付き、憎い相手の首を取れるだろうと。


ところが、刃を交えていくうちに、顔色が変わってきたのは張郃のほうであった。
なにをしても跳ね返される。
確かに目の前にいるのは人間の男である。
しかし、人の形をした分厚い壁にでも突撃しているような、そんな感覚をあじわい始めていた。
なにより、この息苦しい煙の充満しているなかで、男は涼し気な顔をして、息ひとつ乱さない。
これでは子供が大人にいなされているようではないか。


「ふざけるなっ!」
誰に言うでもなく叫ぶと、張郃は趙雲の首を狙って一撃を繰り出す。
すると、趙子龍は、ひょいと身をかわす。
しなやかな体つきは、見せかけではなく、趙雲はおそろしいほど体がやわらかかった。
さらに、細い体躯からは想像もつかないほどに力がある。
跳ね飛ばされる反動がすごい。
趙雲の反撃の切っ先を受けて、張郃は、じんと腕がしびれるのを感じた。
衝撃で、馬から落ちないようにするのに精いっぱいだった。


新野城市《しんやじょうし》を燃やす炎が、篝火の代わりとなって、互いの姿を赤く照らし出す。
とはいえ、視界は万全ではない。
ましてや、黒煙がたちこめているなかで、目も沁みてくる。
趙雲も条件は同じのはずだが、まったくひるむ様子はない。
ちょっと態勢を崩すと、すかさず槍の穂先が襲ってくる。
勘が良いのだろう。
張郃は、あちこち切り傷をつくりながら、なんとか刃をかわし、反撃しようとする。
だが、やはり趙子龍の動きは素早く、張郃のここぞという攻撃を難なく阻止してしまうのだった。


こんな男が、無名のまま、天下に埋もれていたとは。
馬と人が、まるで融合してひとつの生き物になっているかのような動き。
繰り出される槍の一撃は、鋭く、そして重い。
もし受け損なったら、確実に命はなくなる。


つづく


※ いつも読んでくださるみなさま、ありがとうございます(^^♪
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うれしいな♪ 今後も精進してまいりますー!

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年の瀬でみなさまお忙しいかとおもいますが、また遊びにいらしてくださいませ。
ではでは、次回をお楽しみにー(*^▽^*)

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