・・・☆★エイン★☆・・・

2008年10月11日 日本で入籍、翌年6月13日 韓国で結婚式 2人&猫2匹の日韓夫婦の生活。

眠いよ~!!!!!!!!!

2006年08月31日 18時03分08秒 | DIARY
昨日帰ってからエインとバーに入ってしまいました。。。

だって仕事に集中しすぎて、頭が冴え渡ってたから酒でも飲んでほろ酔いにならないと寝付けなさそうだったんだもん!ってこれはいいわけかしら。


おかげで今日はとっても眠いです。
でも、今日で今着手しているマンションが竣工なので今日は早く帰れます♪
帰ったら洗濯して、ゆっくりお風呂にはいって、おいしいもの作って、まったり自宅を満喫します^^


昨日エインがしきりにお台場の元バイト先にいこうって誘ってくれてたんだけど、仕事でいけませんでした。でもなんでそんなに誘うのかさっぱりわからない!と思っていたら、
「彼女連れてバイト先に遊びに行くよー」
って宣言してたらしいんです。
そりゃー悪いことしてしまった!
エインが一人でバイト先に行ったら、
「えぇ~(↑)なんで~(↑)」
って言われたそうです。

でももし一緒に行って、
「えぇ~(↓)なんで~(↓)」
だったらどうしようかと少し考えてしまいました(苦笑)
友達の、銀座勤めのおねえさんに
「あんたちんくしゃなんだからもっとがんばんなさい!」
としかられたせいでしょうか。。。


あぁ~!でも昨日早く終わってればな~
久しぶりに飲み以外のデートだったかもしれないのに。。。


*早く上がれるはずが結局残業に(><)

バトル!!宗教問題

2006年08月29日 09時54分16秒 | 悩み
韓国はキリスト教が主流の国です。

日本はというと、仏教。でもそんなに信心深い人はいないように思います。



さて、昨夜はエインのバイト先に会社の友達と飲みに行きました。
そこの店長さんとも仲良しなので、わざわざ挨拶に来てくれたりいろいろサービスしてくれたりと楽しかったのですが、友達との飲みが終わって部屋に帰ってすぐにエインから電話があり、エインと店長さんとわたしで飲みに行く事になりました。(店長さんとわたしは同じ駅に住んでいます)

初めは差し障りない事柄をメインに話してました。
こないだ行った神津島に店長さんも何度か行った事があって、どこそこが良かっただの、沖縄はここがいいだの、長崎はここがいいだのと話をしていて、どこでどう話がねじれたのだか終いには宗教の話になっていました。

店長さんもエインも無宗教。でも、なんだかキリスト教よりのような…?

少し話は変りますが、最近『プリズン・ブレイク』を観ていて、とても疑問に思うところがあったんです。それは、アブルッチという囚人が自分の犯した罪を神に許してもらおうとするくだり。人を殺しても神が許してくれれば、それで終わりなんですかね。赦しってなんだろう。なぜそんなに絶対的な神が人の中にいるのか。神が赦してくれれば自分も赦されるってなんか間違ってない?と。
この疑問をエインと店長さんにぶつけてみたのです。そしたら、2人もよくわからないとのこと(笑)3人とも無宗教だから仕方ないんですけどね。

店長さん曰く。
宗教は国の基盤であり、民族を統治するために必要なことであったから今もなくならないしこれからもありつづける、それほど民族間の争いは絶え間ないものでありお互いに理解できないものなのだっていう結論。

エインは宗教は貧しい国や戦争で負けた国が救いを求めて普及するものだから日本には信心深い人がいず、宗教もそんなには普及しなかったんだとかいう持論を持っていました。

なるほどね。おもしろい。でもそれってどうだろ。だから韓国にキリスト教えが普及したんだよ、韓国は負けたからねってなんか違うくない?結局、宗教ですら日本に対しての負の部分を見せ付けて自分は被害者だ!って感じを見せ付けたいかのように感じてしまった。昨日は。

宗教論争したって、なんも楽しくはないけど昨日はずっとそんな話題だったなー。でも自分のためにはなった。人の考えかたってそれぞれでとてもおもしろい。エインも店長さんも他のみんなも、きっといろんな考え方があってだからこそ人とのつながりはおもしろいんだろうな。


結局朝4時までバトルを繰り広げ、部屋に帰ってからもエインと話し、寝たのは5時過ぎ…
なんでこんな無理をしてしまうかなー、自分。


*余談。
お母さんが、エインが買ってくれたお煎餅をとても喜んでた!
あたしまで嬉しい^^

些細な電話

2006年08月28日 14時24分15秒 | DIARY

「背中の皮がむけてる!!」


なんていう些細な電話でも、遠く離れればしなくなるんだろうか。
国際電話になったら、(国際電話だから…)と躊躇してしまうんだろうか。


ソウル⇔東京よりも、
ソウル⇔青森のほうが遠く感じる。
同じ韓国⇔日本にはかわりないのに、なんでかなぁ。
時差もないのに。
よわっちろい心がお目見えかな

浅草サンバカーニバル

2006年08月28日 11時24分05秒 | DIARY
8/26は浅草サンバカーニバルでした。

去年行ってから、もう一年経つのか~と時間の経過を思いつつ、エインと友達とわたしの3人で観る事に。
すごい人でした。おやじたちが、サンバのリズムを刻みつつパシャパシャっと写真を撮りまくり(笑)


わたしたち3人はというと…
エイン→乳首しか隠してないセクシーおねーさんに興奮!「マサシ見て!」を連発してた
*乳首なんて日本語、どこで覚えた!?と思わず突っ込み(笑)
わたし&友達→腰ふりのよいおにいさんを発見し盛り上がる!とそこへ、ぜったい去年も出てたノリノリの人を発見し、大フィーバー!
*この時点で、チューハイ片手に飛び跳ねていたわたしは完璧酔っ払いに

その後、エインが「お母さんにあげて」ってお煎餅を買ってくれて、わたしほくほく♪
エインはなんだかんだいつも優しいし気遣いができるな~と、友達の前なのにべた褒めしてしまう、パボなわたし…


さらにその後、良い雰囲気の焼き鳥屋さんへ
ウーロンハイを2杯飲み干した後の記憶はなく、気付いたら帰りの電車の中でした。
後日聞いたら、エインも店に入ってすぐに記憶を無くしていた模様。
友達に「何かしたかな(こわごわ)」聞いたところ、「覚えてないって幸せだね」との返事…何があったか恐ろしい…(苦)


ちなみに去年も、浅草サンバカーニバルを今回一緒だった友達と観にいきました。
去年は、エインから「話したいことがある」って渋谷に呼び出されて、でもエインは肝心の話を切り出さず、わたしは浅草サンバカーニバルへ旅立ち、カーニバルが終わった後エインとまたしても会う事になり、そこでわたしが言ってしまった言葉でエインを傷つける…という忘れられない一日になったのでありました。
あれから一年。
いろいろあったし、楽しかったし。

来年の今ごろ、わたしは何をしているんだろう

むかしむかしあるところに・・・

2006年08月26日 10時00分45秒 | DIARY
昔むかし、とある村に一人の偉大な僧侶が訪れた。大事な文書を届ける為の旅の途中で
あった。その村は肥沃とまではいかないが、女子供の笑い声は絶えず、夕餉時には釜戸から煙が上がるそれは穏やかな生活が営まれていた。
だがそこに、幼い子供を病で亡くしてしまった女がいた…
女は僧侶にこう言った。
『偉い僧侶様!わたしの子供を生き返らせて下さい!』
と。僧侶は言う。
『この村の中で、一人でも家族を亡くしていない者を探しだして、見つけてきて下さい。
そうすればあなたの願いは叶うでしょう』


女は必死で村中を捜し歩いた。家族を亡くした者がいる家であっても、親しく付き合いをしていない家であっても、村中を必死で歩いてまわった。
夫を亡くした者、息子を亡くした者、両親を亡くした者、兄を亡くした者…
村中で、どこにも死者を出していない家などなかった。
気が付くと、女に残された家は一軒しか残っていなかった。
村でも有名な、元気で頼もしい女の家であった。
(もしかしたら、この家は死者など出していないに違いない。もし家族に死んだものが居るのなら、こんなにも愉快に毎日を過ごせるはずもない。そうだきっとこの家が、わたしが捜し求めていた<死者を出していない家>なのだ!)

女は嬉々として、その家の扉を叩いた。出てきた女はいつもどおり、どこか頼もしささえ感じられる豪快な笑顔で女を迎えた。
訪れた女はこう切り出した。
「実は先日、わたしの娘が死んでしまって…」
その途端、その家の主の女は顔をゆがめて泣き出してしまった。

訪れた女には何がなんだかわっぱりわからない。ただ、
(この人でもこんなに泣く事があるのか。この人でも、笑顔以外の顔をすることがあるのか)
と呆然とその顔を見ていることしかできないでいた。

しばらくして。その家の主の女は話し出した。
「わたしにも、息子が生まれてすぐに死んでしまう事があってね。そのときはもう悲しくて悲しくて仕方がなくて、授かった命をすぐになくしてしまった子供の気持ちを考えると辛くて毎日泣いて暮らす事しかできなかったの。でもね、わたしには見てのとおり、他に3人の子供たちがいる。父親は、とうに病気で亡くなってしまっているけれど、その分わたしがこの子達を幸せにしてあげようと頑張ってきた。逆に子供に励まされる事も多かった。それがわたしの生きる支えでもあった。なのに、わたしはその子供が死んでしまったときだけ、今生きている子供のことを考えずに泣いて暮らす事しかしなかった。でもね、生きていれば、やらなきゃならないことがある。悲しい思いをしているのはわたしだけではない。そう気付いて、それからは毎日笑って過ごしていこうと思ったんだよ。
あんたも大変だと思うし、今は泣き暮らす事しか出来ないだろうけど、家族やあんたの友人がきっと心配してあんたが元気になってくれることを祈っていると思うよ。辛かったらわたしのところにきなさい。村中が、あんたの気持ちをわかってくれる。あんたの元気が戻ってくる事を祈ってるよ。」
その家の主の女はそういうと、いつもの力強い笑顔で訪れた女を送り出した。


女は力なく一歩一歩前へ進んでいった。
自分の子供が生き返ることが出来ないことに落胆したのではない。自分のこれまでの行動を振り返っていたのだ。

僧侶はその女の様子を見て、静かにその村を旅立ち、次の町へと向かっていった。
僧侶を見送るのは、いつもと変らぬ夕餉時の釜戸の煙だけであった。
                             (おわり)


何かの本か漫画で読んだ話だったと思います。
けっこう前に見たような気がするので、ところどころうろ覚えで、勝手にアレンジしている部分もあると思います。そこはご了承を。
 

最近の日記にコメントを下さったみなさんや、メールをくださったみなさん、ありがとうございました。
わたしの気持ちは、上に書いた物語の女と同じかもしれません。

あぁ…みなさん、本当にどうもありがとうございました。               

結果

2006年08月25日 14時04分24秒 | DIARY
癌かどうかは手術して、腫瘍の細胞を取って病理検査をしなければわからないとのことでした。

癌かそうじゃないかの結果は先延ばしにされた形だけれど、医者の見解では大丈夫だろうとのことで、少しだけ安心。。。
ただ、お母さんは腫瘍が癌になりやすい体質だと医者から言われたらしく、今後も要注意ということでした。

一ヶ月後くらいに手術がある予定なので、自分の進退も考えなきゃなーと思ってます。
会社には「辞めるかもしれない」とまで言ってたので、いまさら「もう一回仕事します!」とか言えない。。。

B専

2006年08月24日 19時41分45秒 | DIARY
早実でなく駒大応援してるって言ったら、会社のみんなから一斉に
『B専~!』
と避難ごうごう。さすがにそれはひどくないか!?



今日検査結果が出たらしいけれど、うちの親は何も言ってこない…
どうだったのか…

泣いてもいいですか

2006年08月23日 16時20分34秒 | DIARY
会社の所長に事情を話し、もしかしたら会社を辞める事になるかもしれない。新しい現場には新しく人を雇ったほうがいいと思う。お世話になった、みたいな話をしたら、

「辞める辞めないは今はいい。
とにかく事情はわかった。
今出来る事をやろう。
次の現場のことはおまえが考える事ではない。
やる気があるのはわかっているから、結果が出たらすぐに教えてくれ。
どうするのかも。」

と言ってくれました。
青森に何度か帰ることになるだろうからと、内緒でポケットマネーを出してくれて…


泣きました