でぶぶろぐ

沖縄生まれ、小田原在住。
人生1/2世紀越え、
でぶな私のゆるゆるな日々。

叱咤激励、感謝感激。

2015-02-15 23:39:09 | Weblog

あっという間に2月も中旬。

この時期は、自分たちで企画しているセミナーがあるので
いつもバタバタ。そういえば去年の今頃はえらい目にあってました。

今年もそのセミナーの季節。
先週金・土曜日は大阪開催でした。
参加者少なめのこじんまりしたものでしたが
まぁなんとか形はついたかしら。

今の私の仕事の大先輩が駆けつけてくれて
「こちらがきちんとやりたいことを柱に据えていれば
ちゃんと受講側に伝わってアウトプットされるんだから
あとは参加者に任せなさい!」と叱咤激励。

この年になって叱られることはめったにないので
本当にありがたい。最近たるんでたので、
ちょっと背筋が伸びた感じ。



↑ 大阪土産のバトンドール。美味し。
Tenのあんこさんがフレーバーに合わせて
VSOPをグラスに注いでくれて、美味さ倍増。

そういえばバレンタイン。

ことしのダンナへのプレゼントは



かわいさ重視

ほとんどイジメ


閑話休題。

先週はダンナが出張、今週は私が出張で
やっと休みが合ったので、ちょっと久々に小田原城。

曽我梅林もいいけど、小田原城の梅も悪くないですよ。



残すものを決める力

2015-02-02 00:06:09 | 小田原かいわい

小田原市主催「文化セミナー 平田オリザ氏~まちづくりと地域の文化芸術~」を
聞きに行ってきました。

私にとっての平田オリザさんは「演劇」の人なのですが
今日は「地域と芸術の共存」という感じのテーマでお話しされていて
どんな感じになるのかなーと思いつつ行きました。

最初の3分で

ノートとペン持ってくれば良かった!

と大後悔するほど、メモりたい言葉が次から次へと。
慌ててスマホを取り出し、必死でキーボードでメモしまくりました。

経済資本が地方にもたらす影響の荒々しさ。
どこにいっても地方の風景は同じようなものになってしまった。

郊外のショッピングモールは街がもつ「無意識のセーフティネット」を奪ってしまう。
街が子供を育てたり、一人暮らしの老人を守る力を失う。

市場原理で考えて街をつくると「弱者の居場所」がなくなる。

ひとは重層性、複数に居場所があることで、精神的に安定する。

市場原理ではない出会いの場所。
たとえば引きこもりの人の一部に、コンビニと図書館ならいける人たちがいる。
そういう人たちが出入りできるようなスペースを作り、
まず話ができる場所から、役割づくりを。
メニューをたくさん作り、きめ細やかな対応を。

だからといって、今の社会で昔のような
「誰もが誰もを知っている」ネットワークは難しい。
「誰かが誰かを知っている」ゆるやかなネットワークへ。
「私とあなたはこれだけ違うけど、共同体を作れるか」

一方、いまリーダーに求められるのは
「右脳と左脳をシャッフルするほど頭を使って疲れていても
論理的に思考できる力」。
都心の中小一貫校はすでにその育成を始めているが
地方ではそれが進んでいない。ますます格差が広がる。

などなど、必死でメモしたものを羅列してみました。
そのうちまとめてもう一度考えてみますが、
備忘録代わりに。

最後あたりの言葉がいちばん心に残りました。

その地域の人間が

自分たちの愛するもの
自分たちが大事にするものを
自分たちで決めること

文化の自己決定能力が必要だと。

ちょっと前のブログに
小田原の商店街に踏ん張ってほしいと書きました。

そのまた前のブログに
那覇の平和通の裏手にドカンと建った
巨大ホテルに違和感を覚えると書きました。

今日の講演に、その違和感の答えがあったような気がします。

沖縄、群馬、そして小田原。
どの場所も愛する私の故郷です。
そしてその場所もいま、市場原理の
激しい流れに自らを失いかけています。

いまの時代がすべてNGではありません。
便利になったことや、モノの見方が多様化したことで
昔よりよくなったものもある。

その流れの中で、特に地方は、
自分たちの目を、自分たちで守っていって
それぞれの地域のフィルターを使って
形を変えていく力がいりますね。

どのまちも同じ顔になってしまわないように。