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Bunge (2003b) 『創発と収斂』第3章 第4節 生命へのシステム的接近、の試訳20160627(2)

2016年06月27日 10時20分33秒 | システム学の基礎
016年6月27日-2
Bunge (2003b) 『創発と収斂』第3章 第4節 生命へのシステム的接近、の試訳20160627(2)

  「生命という概念の定義に対しては、伝統的に二つの接近〔アプローチ〕がある。一つは、あらゆる有機体〔生物体 organism〕のなかに含まれていて最初の駆動者として機能する単一の特異な存在者 a single peculiar entity を仮定することで、たとえば古代の非物質的なエンテレキーとか超近代的ゲノムである。二つ目は、単一の特異な性質 a single peculiar property を仮定することで、たとえば同じく古代の有目的性または目的論 purposefulness or teleology であり、今日では再命名された「目的律 teleonomy」である。これらのいずれの戦略も、うまくいかない。エンテレキーは仮想的で imagenary、検証できない inscrutable。ゆえに、科学の視界を越えている。DNAは、必要だが、酵素なくしては無力であるし、生細胞の外ではたいしたことはしない。目的論について言えば、高度に進化した有機体だけが、(ときおり)目的があるように振る舞う。〔それに対しては〕われわれは代替案を探さなければならない。
 システム的接近は、生命について次の特徴づけを示唆する。それは、第2章第5節で提案したCESMモデルによって表わされる。生きているシステムまたは有機体は、半開の物質的システム s であり、それの環境とともに熱力学的平衡からはほど遠く、システムの境界は半透過性の脂質膜であり、かつ、次のことを満たすものである。
 _s の構成_=物理的で化学的な微小システムたちと中規模システムたちである。とりわけ、水、炭水化物、脂質、蛋白質、そして核酸である。これらの構成要素は十分に近接していて、化学反応へと達し得る。また、いくつかの構成要素は制御システムで、境界内の環境変化にもかかわらず、かなり一定した内的環境を維持する。
 _s の環境_=栄養物とエネルギー流量の豊富な媒体。ただし、その変数(たとえば圧力、温度、放射強度、そして酸性度)は、かなり狭い区間内に限定される。
 



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システムの性質とシステムの状態について、いまだ輪郭が漠然とした想念。
 〔では、生きているという性質(←?。「生きている」はシステム的な、つまりシステムが持つ一つの性質として捉えてよいのか?、あるいはシステムの一つの状態か?)はいかにして出現するのか? →Bunge (2003b) では、物体間の力またはエネルギーの構造的変換が創発的性質として成立し機能するという説明構造になるだろう。創発は、自己組織化あるいは自己集成が、なんらかのシステム的条件下で「自然に naturally」(これこそ、機構が不明の隠れた状態変化、もしくはオカルト的事態ではないか?)起きるということになるだろう。自己組織化〔自己編制〕または自己集成は、下からの[bottom-up これはいったいどういうことなのか?]秩序生成として採用せざるを得ないのだろう。しかし、自己組織化または自己集成が、諸力と諸条件を特定してきちんと定式化されているとは思えない。上からの秩序を仮定せざるを得ないと思う。20160627記〕