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美術活動の展望はどこにあるのか?

2010年08月21日 13時50分38秒 | 美術/絵画
2010年8月21日-1
美術活動の展望はどこにあるのか?

 (このプログでの文献に登録していなかった)須賀『日本美術界の実態:私の視点』の「〈追記〉美術公募団体の展望」(107-129頁)を再読。その前の第V章は、「公募団体の特質と斜陽化」(79-105頁)である。
 日展の集客数は抜群である。或る美術館の各展覧会ごとに入場者数や一日当たりの入場者数で見ても、他の突出して多かった美術展と遜色が無いくらいである。東京で十数万人(須賀 2008: 110-111頁)、大阪で数万人くらいの観覧者(大阪市立美術館か大阪市の発行印刷物のデータを見た記憶で)がある。(工芸部門での会員先生による、30分予定のが1時間くらいにもなったミニ解説は大変良かった。出品作品が良かったし、また解説者の意欲が感じられたし、解説姿勢と内容が良かった。後に大阪で、それらの工芸作品を再び見ようと思ったが、見当らなかった。洋画部門では、藝術院とかなんとかの審査のための方に出されていて、いくつかが展示されていなかった。)

 『芸術新潮』によると(1985年2月号だろう)、
  入場料収入   1億数千万円
  出品料収入     8千万円
  カタログ売り上げ   〔?〕
  広告料        〔?〕
とのことである(須賀 2008: 110-111頁)。

  「〔日展の洋画部門は〕魅力的な画家がいた。公募団体は圧倒的に洋画部門が多く、光風会、一水会、東光会、示現会、白日会などの日展傘下団体を寄せ集めても、その魅力には限界があった。
 ……彫刻部門は、そのほとんどが写実系である。これが三百点余展示されている状況は、私には異様な感じがする。」(須賀 2008: 110-111頁)。

  「『週間新潮』02年6月20日号〔の〕……福田和也の「闘う時評」〔に〕、「平山郁夫展に暗然とする」という題で、平山に対する批判が二ページにわたって掲載されている。……「俯瞰写真のような平板な画面に辟易し、」……「……観光写真のような作品群……と、児童書の挿絵……ような、歴史への敬虔さのかけらもない作品ばかり。……失笑するしかない図柄。」(須賀 2008: 118頁)。

 (元の文献を読んでいないが)引用されている部分だけでは、福田氏が画面がどうなっているからということに言及しての批評ではない(ようだ)。観光写真のようでも、児童書の挿絵のようでも、敬虔さのかけらもなくても、良い作品はあり得ると思う。「お得意の金ピカで描かれた世界地図を背景に、キリスト、釈迦、マホメットの三人が一堂に会するという失笑するしかない図柄」と言うが、そういわれてもなぜ「失笑するしかない」のかわからない。考え方によっては、世界地図は象徴的提示だし、代表的三人もなんて豪華でよろしいかも、である。やはり、画面のどこがどうだから、しかじかである、そこでわたしはあれこれこのように感じるまたは思うと、言うべきだろう。しかし、評価については、わたしもまったく同意する。
 須賀(2008: 119頁)の「私は平山作品からインパクトを全く感じない」も、その通りである。なぜだろう? 一言では、reality、ここでは存在感とか迫真性が無いということだが、それはなぜなのか? 原爆被爆体験からかなり経ってようやく描いたという作品(題名失念)を期待して見にいったが、迫力が感じられなかった。一つは構図が関係していて、童子が画面に比して小さいことがあると思う。しかしなによりも、炎にしても焼けている建物にしても、平板であり、おそらく対象の空間的配置が通常視覚的な配置であることと、岩絵具の配色の問題だと思う。
 朝日新聞2007年9月14日に掲載された、草薙奈津子氏の高山辰雄追悼文の、「高山辰雄は、日本画が陥りやすい形式化、装飾化、視覚的な美的表現に向かうことを拒否し、より精神的な絵画表現を求める道を選んだ」を、須賀(2008: 119頁)は引用し、平山郁夫氏とは「対称的」(→対照的ではないか?」な位置に考えると言う。

 国画会については、「彫刻部は研究会をつくり、その結果を秋に発表するなど、前向きな姿勢が好感を持たれている」と須賀は書く(123頁)。

 モダンアート協会については、「徒らに規模を大きくしようとして、例えば京都の前衛陶器のグループを会員に招待したりするのに疑問を感じ退会した。……実験精神を持った新人の出品も七〇年頃から減少し、展覧会の質的稀薄化は増した。」(須賀 2008: 123-124頁)。

 「どの公募団体も有力新人の出品が減少して、増えることは考えられないのが悩みの種である。……
 この一〇年間を考えてみても、公募団体展評を掲載した主要新聞は一紙もない。これが新人の出品意欲をそぐ一因とも考える。また、札束奉納の異常な日本藝術院会員選挙なども影響しているだろう。」(須賀 2008: 128-129頁)。

 う~む。他の公募団体についても記述して、問題点を指摘している。しかし、公募団体のこれからの展望についての提案は、特には書かれていないと思う。有力新人は、公募団体以外から出て来ているのだろうか? そうだとしたら、それはいかにしてか?

 (芸術の推進または発掘。過去作者では、伊藤若冲や曽我蕭白の発掘(?)。→奇想の系譜。)

[S]
須賀通泰.2008.4.日本美術界の実態:私の視点.(口絵)7+133pp.幻冬舎ルネッサンス.[y1,470] [B20080916, Rh20080917]

[T]
*辻惟雄.2004.9. 奇想の系譜 (ちくま学芸文庫).筑摩書房.[y1,365]