中野系

この銀河系の中心、中野で考えること

モデルデビュー?

2005年09月23日 | 日常
連休初日ではあるが、雑誌の撮影にモデル参加する為、朝8時には家をでて月島にあるスタジオに向かう。

と、意図的に誤解を招く書き出しで煽ってしまったけれど、当然ながらこの後に「実は」が続く。自分自身が副業としてモデルをやっているわけではなく、今回の件は家庭雑誌の編集をしている連れの仕事に絡むもので今回のみ、単発の話。

内容的にかなり地味な雑誌で、モデルの着ている服が売上に影響といった影響もない。なので時折今回のようにモデルを編集部員の家族、知人で済ませてしまうことがあるのだ。つまり「モデルが容姿端麗である必要がない」記事が多い、ということ。今回のモデル要件は「20~30代の男性で中肉中背」だけ。別に自分がモデル並の容姿を持つわけではないので、その辺だけは念のため。

連れから話を持ちかけられた時、酔いも手伝って適当に肯いてしまったところ、こちらがそのことを忘れているうちにスタジオ、カメラマンの手配等着々と準備、もはや断れない状況となってしまった。不特定多数(思ったよりは部数が出ているようだ)に自分の姿を晒すのも恥ずかしい、との思いは少しあったけれど、そもそも自分の知人が読む類の雑誌ではないので、その辺は気にしないことにした。

倉庫を改造した月島の撮影スタジオに集まったメンバーは衣装着付け担当2名、カメラマンと助手、もう一人のモデル(銀座の有名な呉服屋のご主人)、ライター、編集者、そして自分の計8名。数ページの記事ひとつでも多くの人が関わっているのだ。

カメラマンは著名雑誌の表紙をいくつも受け持つ売れっ子とのことで、助手の若者をまさに「コキ使って」仕事をする。撮影機材というのは数も半端でなく、撮影に入るまでの準備にもかなりの作業が発生するが、当然ながらカメラマンはその一切を助手に行わせ自分では何もしない。基本的にはシャッターを押す以外のことは助手、ということになっているみたいだ。助手の青年が少しでもミスをするとかなり厳しく「怒鳴りつける」。話には聞いていたけれど、こういう業界というのは昔ながらの親方と丁稚、みたいな関係が残っているみたいで大変そうだ。

後で少しカメラマン氏と話をする機会があったが、非常に職人気質に溢れたエネルギッシュな人。助手君への厳しい態度も予想通りというか「彼の将来を考えれば」との思いから。最近の若い人は少し怒らるとすぐに辞めていくが、そんな人間がこの業界に「フリー」で活躍できる可能性はない、という持論。そんなカメラマン氏にこの身を撮影していただくことは光栄の至りに他ならない。

今日は「和服を着る」がテーマ。これまで浴衣くらいしか着てみなかった身としては、本格的な和服を色々とプロの着付けで試せることが実にありがたかった。銀座の呉服屋ご主人が、自ら着物の魅力、着付けをレクチャーする、という内容になっているので、着物着付けの基本までわかるようになったし、これもありがたい。

これまで全く興味もなかった着物だが、男物に関しては思いのほか着付けも簡単。いざ身に付けると凄く身が引き締まる感じ。さすがに日常でも着るのは少々辛いけれど、フォーマルウェアとしては悪くないかもしれない。彼によれば「本当に男を磨くのなら一着は着物を」と。呉服屋ご主人の言葉、セールストークと分かっていても惹かれる部分ある。少し余裕が出来たら一着揃えるのも悪くないかもしれない。

撮影中、何度も「笑って」と促されるけれど、さすがにここは素人モデル。自然な笑顔を意図的に作ることがなかなかできない。しかしカメラマンはさすがにプロ。うまくこちらを笑わす術、というものを持っている。シャッターを押すだけ、という言い方は改めて失礼だと思ったのがこの辺で、うまくトークで被写体をリラックスさせつつ、こちらが笑ったり、リラックスした表情になった瞬間、怒涛のシャッターを切り始める。自分は写真をとる瞬間、目をつぶってしまうことが多いのだけれど、最初にためし撮りをするポラロイド写真をみても、一枚も目をつぶった写真はなかったし。

午後3時には無事撮影も終了。数ページの記事の写真をとるのに信じられないようなフィルムと多くの人々の労力が費やされたわけだ。感心することばかり。

普段自分が携わるところとは全くの別世界を経験できた点において、実に有意義だった。裏ではあのような作業が行われているのだと考えると、帰途の電車吊り広告を眺める視点も変わってくる。また、普段あれだけイージーに見える連れも仕事場では実にしっかりと職務をこなしている。なんだか授業参観にでも出たような気分の1日であった。

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