検証・電力システムに関する改革方針

「自然エネルギーですべての電力をまかなう町」の第2部です。

町を眺望する物見峠へー梅ばあさん 連載小説13

2012年06月01日 | 第2部-小説
  坂道の傾斜はきつくなっていた。持っているのはコンパクトカメラだけだから身軽だったがこれが登山をする時のリュックをかついでいると身にこたえると思う坂道だった。そのカーブを曲がると次の坂の上に屋根が見えた。
 家の左はずれの曲がり角にしだれ桜の大木があり、玄関につづく道の左に柿の木、右手に伸び放題になった桑畑が山のなだらかな斜面に沿って下にのびていた。ポツポツと黒いものが見えるのは桑の実に違いないと思った。熟れた桑の実は甘みがあっておいしい。道路に面していれば採って食べたい衝動に襲われたがその時間はないし、桑畑は少し離れている。しかも道はつる性の植物が幾重にもはびこって、近づくことを許さなかった。家はそのつる性の草のかなたに、道路から50メートル以上入った小道の奥にたたずんでいた。玄関に赤い郵便ポスト、縁側のガラス戸に白いカーテンがかかっていたがガラスが一ヶ所、石をぶつけられたこん跡を残して欠け、その付近のカーテンに薄茶色の大きなシミが出来ていた。公平は小道の前に立ち止まって呟いた。
「この家は梅さんという婆さんが住んでいたが4年前に亡くなったんですよ。そうすると家というのはこれほど荒れるんですね。東京に息子がいて、町役場から連絡したがなしのつぶて。人にいえない事情があったんでしょうね。それで下のみんなで弔いをしました。婆さんには先祖伝来の墓があるのでそこに納骨しました。家はそれ以来、そのままです。自慢はこのしだれ桜で、なかなか見事で。今年も満開でした」
 道路の曲がり角に車から家を守るようにしだれ桜の巨木が空にのびていた。
「これはすごい、満開になると見事でしょうね」
「村一番の桜です。道路拡張もこの桜を迂回してつくりましたから」
「しかし、あのガラス、だれかが割ったのに違いないね。あれはよくない」

 中山間地を歩いてきた将太は踏み荒らされている廃屋をいくつも見てきた。ガラス戸が外され、部屋に家具類を撒き散らした廃屋は少なくない。廃屋マニュアというか廃屋ばかりを写真に撮り、こんなものがあったと自慢するHPがある。そういうものに触発され、競い合っているように思うが壊したりするのはやってはいけないと思う。
「一度、侵入されると次々次と侵入が起こる。そして荒らされる。あの梅ばあさんの家もそうなるんじゃないか」と公平はまたもつぶやいた。そして・・・
「あの柿の木は」としゃべった。
「百目柿という柿でコロ柿ともいいます。梅さん自慢の柿で毎年、この拳以上おおきな実がなり、それをあの軒下にぶら下げて干すんです。干し柿が大好きなばあさんで塩梅よくできると私の家に持ってきて。私のばあさんにあんたとこも干し柿あるのは知っているが俺の干し柿じゃ。食べてくれと。そして決まって息子の話をするんです。あんたとこの息子はいいね。毎年家に帰ってきて。自分のことを俺といって、俺とこの息子は帰ったきたためしがない。サラ金に追われ自己破産して難をまぬがれたと思ったらまた手を出して。俺の家にサラ金の弁護士から取り立て通知がきて。俺らの地所を全部とられるのかと。なんでこんな目に遭わねばならんと泣いたこと何度もある。だけどそんな息子でもやっぱり息子でなあ。顔を見たいと思うよ。親の気持ちをちっとも分かろうとしない。バチあたりだよ。どうしてこんなことになるのかね。といって帰ったよと女房から聞かされたこともあったね。のん気で穏やかな婆さんだったんですがどの家にも一つや二つ、悩みを抱えているんですね。それがポックリ逝きました。私ら穴が開いた気持ちになりましたよ」
「人がいなくなり、家が残る」
「そしてこんな風に朽ちていく」
「さみしいですね」
「さみしいですね。この村の歴史は古いんですよ。どの家にも先祖代々の墓があります。いまいる人は生まれてずっとこの地しか知らない人ばっかりです。自分が元気な内は離れたくないといって息子や娘が山を下りて一緒に暮らそうといってもここでがんばる人ばっかりです。好きなんですよここが。でも知っている人間が死んでいくでしょ。いつお迎えがきてもいいようにと、身の回りを整理している人ばかりですよこの辺りは。でも梅さんは暮らしに満足していたと思いますよ」
「そう思いますね。この自然の中で生きることができたのですから、大平さんのような人たちとまじって」