フランス2 国境沿いで演習中のロシア軍兵士
2021年からロシア軍は、ウクライナ国境沿いに大規模な兵力を集中的に展開させている。西側メディアによれば、10万もの部隊を集積させているという。これに対して西側は、ロシアがウクライナ侵攻を画策しているという。しかしロシアのプーチンは、軍事侵攻を否定し、これ以上のNATOの東方拡大を辞めることを要求しているだけだという。つまり、ウクライナのNATO加盟は、ロシアにとっての極めて大きな脅威であり、加盟しないことを「法的な枠組み(主にアメリカとの公的な文章に残る外交交渉記録のこと)」で保証しろと言うのである。当然のように、西側、即ちEUはその要求を「主権国家の(NATO加盟という)選択をロシアに干渉させない」として拒否している。この問題にアメリカ・ロシアは首脳、外相会談を行ったが、それらの交渉では解決せず、アメリカは、1月26日にロシアの要求に文書で回答した。その詳細は公表されていないが、ロシアの要求であるウクライナをNATOに加盟させないことや東欧からのNATO軍の撤退は拒否したとメディアは伝えている。
この状況で、アメリカと英国は、ロシアの侵攻が迫っていると、首都キエフの大使館員家族や自国民の避難、渡航自粛要請を始めた。本当に、ロシアはキエフを含むウクライナに大規模な侵攻をするのだろうか?
この問題に、仏公共放送のフランス2は、1月24日に、西側軍事専門家の意見として、「今のところ、ロシアの本格的軍事進攻はない」と紹介した。これより前の22日に、ドイツ海軍総督のアヒム・シェーンバッハ司令官は、ウクライナ情勢に関する発言が物議を醸したことの責任をとり、辞任した。 「ロシアがウクライナを侵攻しようとしているなど、ばかげた発想だ 」(CNN 1月24日)と言ったのだ。この発言と、上記のフランス2の放送を重ね合わせれば、軍事的には、ロシアが本格的侵攻するのはあり得ないということである。つまり、ロシアはウクライナ全土を占領するほどの部隊を国境沿いに集積させているのではないと、軍事専門家は見ているということである。そもそも、ロシアが本格的侵攻するのには、10万程度の兵力では不可能なことは素人でも分かる。アメリカはイラクに対する湾岸戦争(「砂漠の嵐」作戦)で、50万人以上の地上部隊を投入し、その侵攻のために数百機の最新鋭戦闘機を出撃させているのである(防衛省 防衛研究所)。ウクライナはイラクと異なり、西側の最新兵器で武装している。10万人程度の地上部隊で、ウクライナへの本格的侵攻などできないのは、明白なのである。
そもそも、プーチンがウクライナ侵攻を決断すれば、短時間で攻撃は開始されるはずだ。わざわざ数ヶ月前から、これから侵攻するぞと部隊を見せつけ、ウクライナ政府に反撃の準備と、NATO加盟国がウクライナへの軍事支援をするための時間を与えるなど、あり得ない。
とは言っても確かに、ロシアがウクライナに軍事的介入を行うシナリオがまったくない、というわけではない。それは、ウクライナ東部のロシア人(西側メディアは親ロシア(pro-Russian)派と表現するが、彼らは国籍はどうあれ、アイデンティティとしてロシア人だと認識している)勢力支配地域には非公式のロシア軍が、クリミア半島には正規のロシア軍が、既に展開していることから分かるように、その増強を図るということである。つまり、目にはっきりとは見えず、やっていないと否定できる程度の軍事介入を行うということである。また、これも既に画策されていることだが、ウクライナ政府へのサイバー攻撃、キエフの親ロシア派政権樹立への謀略等である。逆に言えば、ロシアにはそのぐらいの戦術しかないのである。なぜなら、ウクライナに目に見える形で軍事侵攻すれば、西側はロシアの侵略を大々的に喧伝し、正当な防衛を盾に、既に準備を整えたあらゆる形の軍事作戦が可能になり、言わば「西側の思うツボ」にはまるからだ。
バイデンは、もしロシアが侵攻したら、プーチンも制裁対象にするのかと問われ「そうなるだろう」と答えた。アメリカは敵対する国家に対して、その首脳だけは、制裁対象とすることは避けている。例えば、中国の習近平個人は制裁対象になどしていない。そんなことをすれば、制裁対象との首脳会議など不可能になり、国際会議も同席できず、外交関係が断絶しかねない。相手国からは、宣戦布告に等しいと見做される。
これはどういうことなのかと言えば、バイデンとその側近は、プーチン個人を制裁対象にするようなことは現実には起こらない、つまりロシアが明らかな形で侵攻することはない、と見ていることを意味している。
要するに、軍事専門家も本格的侵攻に否定的であり、アメリカ政府もプーチンがそれを強行することはありも得ないと、内心は考えているということである。
政治的理由によって、脅威は協調される
政治家が敵対する国の、この場合はロシアの、実態以上の脅威を強調するのは、政治的理由があるからである。アメリカと英国が他の国より先に、ロシアの侵攻を差し迫ったものと強調し、大使館員家族の避難を始めたのも、米英の軍事同盟を強固にしたいという政治的狙いがある。その動きには、当のウクライナ政府外務省が「時期尚早で過剰な警戒だ」 とコメントしたほどだ。NATO加盟国の中でも、フランスのマクロン、ドイツのショルツ、イタリアのドラギは米英には同調せず、マクロンが仏、独、ロシア、ウクライナの高官会談をパリで開催したように、交渉での解決を模索している。一般に軍事的緊張は、軍事力増強を目指す右派政権に国民の支持が増大するなど、タカ派に有利に働くが、この三国の政権は中道派であり、英国保守党政権などとは、外交姿勢が異なる。それは、オーストラリア右派モリソン政権が、アメリカ原潜を導入を決定するなど、対中国軍事包囲網を強化しているのに対し、ニュージーランド中道左派労働党アーダーン政権が慎重なことと共通している。概して、右派は敵対する国に軍事力中心の強硬路線で臨み、左派は外交を重視するのである。さらに言えば、軍部は自らの予算の増大と軍事力の役割を主張するために、敵対する国の脅威を強調するのである。中国による台湾軍事侵攻が差し迫っているという情報が、常にアメリカ軍司令官から出てくるのは、そのためである。
アメリカバイデン政権と英国ジョンソン政権が、ロシアに強硬姿勢を見せるのには、さらに訳がある。バイデンは国内支持率低下に見舞われ、ここは共和党タカ派も巻き込み、対中国、対ロシア強硬路線を内外に示す必要がある。それによって、支持率低下を抑えなくてならないのだ。ジョンソンは、ロックダウン中に行った官邸内飲食パーティー、自身の誕生日パーティーで、与党内からも辞任を迫られている。何とか少しでもその問題から世論の目をそらし、外交の方に向けさせなければならない。
プーチンの狙い
それらのことは、ロシア側も同様であると言っていい。プーチンが、西側に強硬なのも政治的理由による。プーチンはNATOの脅威を強調するが、それが最近になって急激に高まった訳ではない。プーチンの狙いは、上記の辞任したドイツ海軍総督が「本当に求めているのは、敬意だ」と言ったように、ロシアを旧ソ連並みの大国として扱い、対等な相手として交渉しろ、と西側に要求しているのである。長年の懸案であるNATOからの包囲というロシアにとっての安全保障上の脅威については、西側はほとんど考慮して来なかった。それが重要な問題であることを西側に気づかせ、対等な相手として交渉しろと、要求しているのである。決して戦争を望んではいないが、国境沿いに大部隊を集結させ、軍事力を誇示することで西側を慌てさせ、交渉のテーブルにつかせるという戦術である。勿論そこには、それを国内に示すことで、ロシアのナショナリズムを盛り上げ、国民の支持をより強固にしたいという強い願望がある。
しかし、プーチンの狙いは裏目に出たのかもしれない。確かに、西側は交渉には応じているが、プーチンの軍事力誇示がかえって西側の結束とロシアのイメージを悪化させ、NATOの撤退どころか、軍事力が強化されるのは間違いないだろう。
アメリカの回答がロシアに伝えられているが、27日現在、ロシア側はまだ反応を見せていない。プーチンは、側近と頭を悩ませているに違いない。