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Light Switch Theory

 太陽系に属する地球に誕生した生き物たちは、太陽が与える適度な光と熱の恩恵を受けて生きてきました。その最初のきっかけは、今からおよそ35億年前、光をエネルギーに変え、酸素を放出する光合成を生き物たちが身につけた時でした。それからその生き物たちは永い時間をかけて大気中の酸素濃度を上昇させ、多くの生き物たちが生息する環境の土台をつくりあげてきたのです。
 
そして今から約5億4200万年前、いわゆる「カンブリア爆発」が始まります。カンブリア紀のわずか500万年の間に、節足動物をはじめとする多様な動物が、それこそ爆発的に登場してきたのです。最新の研究では、この時期、脊椎動物(魚類を含む)をはじめ、ほとんどすべての動物門が出現した、といわれています。
 
このカンブリア紀の爆発は、生物進化史上最大の出来事でした。なぜこの時あらゆる種の動物たちは爆発的に進化したのでしょうか。その原因について古生物学者のアンドリュー・パーカーさん*01は「光スイッチ説(Light Switch Theory)」を提唱しています。生き物たちが太陽光線を視覚信号として本格的に利用し始めた、すなわち本格的な「眼」を獲得したのがまさにこのカンブリア紀初頭のことだった、というのです。
 
最初に「眼」をもったのは三葉虫でした。彼らの眼はただ単に光を感知するだけではなく、像を結ぶことができた、といいます。そして彼らはこれによって活発に動き回る最初の捕食者となったのです。このことによって世界が一変した、とパーカーさんはいいます。肉食動物が視覚を獲得したことで、食う・食われるの関係が激化し、体を装甲で固める必要性が生じ、それがカンブリア紀の爆発的進化を引き起こした、というのです。光りが降り注ぐ地上においては、対象を認知できる視覚情報は生き物たちが生き抜くうえで非常に重要でした。そして様々な環境に応じた「眼」を進化させてきたのです。さらにその視覚を攪乱させる、体色、体型のカモフラージュなども進化しました。カメレオンの体色の変化や、葉や枝に擬態する昆虫、水中で散乱する光に紛れる魚の銀色の体など、それ以降の動物たちのほとんどの進化が〈光の情報をどう活かすか〉によって決まっていった、といっても過言ではないのです。


In The Blink Of An Eye: How Vision Sparked The Big Bang Of EvolutionAndrew Parker

*01:眼の誕生-カンブリア紀大進化の謎を解く/アンドリュー・パーカー/渡辺政隆・今西康子訳 草思社 2006.03.03

 

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カウンター・ミラーニューロン

 ミラーニューロンは、連合学習(associative learning)により形成された*01とオックスフォード大学の心理学者セシリア・ヘイズさんは説明します。連合学習は心理学の根本原理のひとつで、生体によってある二つの事象が経験されるとき、それらの時間的接近性や確率的な随伴性によって、その二つの事象を結び付けるような学習が行われる、というものです。ミラーニューロンが形成される過程では、たとえば何かを握るという行為を「見る」ときに反応する感覚ニューロンと、何かを握るという行為を「実行する」ときに活動する運動ニューロンがある場合、通常はそれぞれのニューロン同士の結合は弱いのですが、自分が何かを握ったとき、同時に、その行為を誰かが行う場面を見たような場合、この二種類のニューロンは同時に活動し、連合学習の原理によって、それらの間の結合が強まっていく、というのです。そして、やがて実際に握る行為を「実行」しなくとも、誰かが握る行為を「見る」だけで、運動ニューロンが活動するようになる、これがミラーニューロンだ*02というのです。
 
心理学者の大平英樹さんは、連合学習は、サルやヒトだけでなく,ほとんどの動物に共通する一般原理で、連合学習をする動物の種には、ミラーニューロンも存在する可能性がある*02といいます。特に群れで生活をする種など、たとえばインパラの大群が見せる協調された運動は、その一部がミラーニューロンによって制御されている可能性がある、というのです。
 
さらにこの説は、カウンター・ミラーニューロン(counter mirrorneuron)の存在を予測する*02と大平さんは指摘します。ある行為を見たときに、それとは異なる連動を表象する運動ニューロンが活動するような細胞の存在です。たとえば他者の「握る」行為を見たときに、手を「開く」行為を表象する運動ニューロンが対応して活動するとき、これをカウンター・ミラーニューロンと呼ぶことができるのではないか、というのです。実際にヒトの生活では,物を受け渡すときにこのような事象が生じています。一人が重い物を引っ張り、もう一人がタイミングをあわせて後ろから押すという場面も同様で、こうしたことが繰り返されれば、連合学習によりカウンター・ミラーニューロンが形成される可能性がある、というのです。


Neuroscience and Biobehavioral Reviews

*01:Where do mirror neurons come from?/Cecilia.HeyesNeuroscience and Biobehavioral Reviews 34 (2010) 575-583
*02:脳の中の2枚の鏡-「運動-感覚」と「内受容感覚-感情」のミラー機能/大平英樹/ミラーニューロンと〈心の理論〉/子安増生・大平英樹編/新曜社 2011.07.15

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ミラーニューロン

 ミラーニューロンはイタリア・パルマ大学のジャコモ・リゾラッティさんらによって、1996年に発見されました。それは霊長類などの高等動物の脳内で、自ら行動するときと、他の個体が行動するのを見ている状態の、両方で活性化する神経細胞(ニューロン)のことです。そのニューロンは、人が、たとえば指でナッツをつかむなどといった特定の行為をするときだけでなく、他の人がまったく同じ行動をするのを見るときにも、活性化するのです。他の個体の行動を見て、まるで自身が同じ行動をとっているかのように“鏡”のような反応をすることからそう名付けられ*01ました。
 
ミラーニューロンの存在は、他者の行為の観察と自分の行動の遂行とを、実質的に結びつけます。つまり、感覚を持つという他者の行為の観察と自分も同様の感覚を持つという行為の遂行とを結びつけるニューロンが存在した*02のです。
 
認知脳科学の嶋田総太郎さんは、ミラーニューロンを次のように定義*02します。
 
①自己が運動をしたときに活動し,②かつ他者が同じ運動をするのを見たときにも活動する。
 
このようなミラーニューロンが存在するという事実は、他者身体の視覚的入力は自己の運動プログラムを駆動あるいは参照することが可能であることを示している、と嶋田さんは指摘します。また共感に関連する脳活動も他者身体の視覚人力が自己の体性感覚野ないし感情に関する領野を活性化させる、というのです。脳内の身体表象は「私の」身体だけに閉じているのではありません。他者身体の視覚入力は自己の内的感覚を呼び起こすことができるのです。わたしたちの身体は,視覚を媒介として他者へと開かれていることをミラーニューロンの発見は示した、と嶋田さんは説明*02します。


So quel che fai. 脳の働きとミラーニューロン 柔軟なカバー Il cervello che agisce ei neuroni specchio2005.10.01 Giacomo Rizzolatti Corrado Sinigaglia

*01:ミラーニューロン Wikipedia
*02:
自己身体はどのように脳内で表現されているのか?/嶋田総太郎/ミラーニューロンと〈心の理論〉/子安増生・大平英樹編/新曜社 2011.07.15

 

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階層を超える振る舞いの包摂

 ケンブリッジ大学のダニエル・ウォルパートさんらによる中枢神経系の運動制御ならびに運動学習の最適化を求めた計算機モデル*01では、必要な運動指令を発し、実際に四肢の筋肉を収縮させる逆モデル(inverse model)と、その遠心性コピーを使って運動系の次の状態を予測する順モデル(forward model)という、二種類の、自身の身体ならびに身体の外部世界との相互関係をあらわす内部モデルが想定されています。このモデルの特徴は、順モデルの予測結果が望まれる状態と比較され、不一致が検出された場合、逆モデルによる再調整が行われる*02ということです。そしてこのプロセスは繰り返され、ループを構成*03することになります。
 
生き物の振る舞いは、より高いレベルの振る舞いが低いレベルの振る舞いをつつみ込む―すなわち各層の目的は下位層の目的を包含している振る舞いの階層構造をつくっている、といわれています。ウォルパートさんらが提示したこの逆モデルと順モデルという内部モデルは、生体を構成するそうした幾層もの振る舞いレベルの各層において適用することができます。それは細胞レベルの単純な反応から、腕の動きや眼球の動きなど部位ごとの高度な振る舞いの制御、環境中におけるその生き物全体の動きや感情レベルの振る舞いまで、生体へ与えられる刺激の度合いに応じた無数の階層レベルでこのモデルは働いているのです。
 
ウォルパートさんらのこのモデルを有効なものとしているのは、それが地球上の生き物に課せられた「有効時間内での対処」に対応することができるということです。遠心性コピーによる運動指令の短絡化は、結果として運動を“予測”するのと同じ効果をもたらすことで反応の速度を上げることができます。素早く反応できればそれだけその生き物は生き残ることができるのです。
 
予測によって反応速度をあげることのできるこのモデルは必然的に、現実の反応信号ではなく、脳内にすでにある反応信号を参照することによって反応制御の内在化(私秘化)をもたらすことになります。そのもっとも結実した成果は、プリシェーピングサッケードのようなルーティン化した運動指令群の形成にあります。生き物たちはそれらが並列に、そして幾重にも積重ねられた階層構造を永い時間をかけてつくりあげてきたのです。
 
ある層の振る舞いの中で、特に生体に重要な影響を与えるような信号が現れた時、それが階層を超えて振る舞いが包摂されるきっかけとなるのですが、この時の信号をダマシオさんはソマティック・マーカーと呼んでいます。ソマティック・マーカーは各層のレベルに応じて発現され、その都度、処理がより高次のレベルへと引き上げられていくことになるのです。


Filmed July 2011 at TEDGlobal 2011/ダニエル・ウォルパート: 脳の存在理由

01WolpertDM.(1997).Computational approaches to motor controlTrends in Cognitive Science1209216
WolpertDM.,GhahramaniZ.,JordanM.Ⅰ.(1995).An internal model for sensoriimotor integrationScience26918801882
02:私のような他者 私とは異なる他者-間主観性の認知神経科学/佐藤徳/ミラーニューロンと〈心の理論〉/子安増生・大平英樹編/新曜社 2011.07.15
03:アントニオ・R・ダマシオさんはそれらを「あたかも身体ループ(as if body loop)」*04と呼んでいます。
*04:無意識の脳・自己意識の脳-身体と情動と感情の神秘/アントニオ・R・ダマシオ/田中光彦訳/講談社 2003

 

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ソマティック・マーカー

 脳が運動を制御する仕組みの中で、ある感覚刺激に対応する運動指令群がルーティン化されても、そのほとんどは無意識的-自動的に対処されています。その感覚刺激を“自ら”のものと受け止めるためには、自己と他者の差異を知ることが必要でした。
 
地球上に生息するいきものたちが生き残るためには、彼らが直面する様々な出来事に対し、「有効時間内に問題解決」することのできる知性のシステムが必要でした。彼らが環境内で直面する出来事は.複雑で不確実性を多く含んでいます。そこには多くの選択肢が存在し、そのどれが最適であるかはあらかじめ明らかになっていないのです。そのような場面で論理的にひとつずつの選択肢を検討していたのでは、負荷が高すぎ、あるいは時間がかかりすぎ、適応的な選択ができなくなってしまいます。そこで過去の経験による反応から個々の選択肢にラベルをつけ、それにより瞬時にネガティブな選択肢を削除することが必要*01となるのです。このとき、判断に影響する身体からの信号を、神経学者のアントニオ・R・ダマシオさんはソマティック・マーカー(somatic marker)*02と名付けました。それは環境世界の中で、ある一定の条件がそろった時に作動し、ある行動を別の行動より優先させる“感情”のシステムの神経的基盤を明らかにしたものといっていいでしょう。
 
ソマティック・マーカー仮説では「今」「ここ」での身体信号がリアルタイムでモニタリングされるだけでなく,身体状態を表現する一種の内的モデルが脳内に形成される*01とされています。この内的モデルをダマシオさんは「あたかも身体ループ(as if body loop)」と呼んでいますが、このダマシオさんの考え方は、ダニエル・ウォルパートさんの逆モデル、順モデルの考え方と基本的には同じといっていいでしょう。ここでも遠心性コピーされた運動指令によって運動を予測し、実際の運動情報との差異を判断することが重要なプロセスとなっています。ダマシオさんのソマティック・マーカー仮説は、無意識のレベルから意識あるレベルまで幅広くカバーしたものですが、特に注目するのは、この差異の判断が、自己と他者の判断につながっていく契機となることを明らかにしたことです。
 
脳内において順モデルによる感覚結果の予測と、実際の運動によって生じる感覚を比較照合すると、それが一致する場合と、不一致となる場合が生まれます。前者は自分自身がその運動をおこしたということを、後者は何らかの外部の力によって生じさせられた運動だったということをその結果は示しています。もし、本来無関係な身体反応がソマティック・マーカーとして働き、そのつど次の行動に対する判断を左右してしまうとしたら、それは適応的であるとは言えません。自分自身の次なる行動を左右するソマティック・マーカーが働くのは、あくまで前者の場合であり、後者の場合は外乱要因によるものとして、ソマティック・マーカーはキャンセルされてしまう*01のです。
 
つまりソマティック・マーカーが働くか否かによって、自らの運動かそうでないかが区別されることになります。このようなプロセスを通じて自己と他者の差異が判断されていくことになるのです。


The somatic marker hypothesis: A neural theory of economic decision
Antoine Bechara+Antonio R. Damasio 
Games and Economic Behavior, 2005
*01:脳の中の2枚の鏡-「運動-感覚」と「内受容感覚-感情」のミラー機能/大平英樹/ミラーニューロンと〈心の理論〉/子安増生・大平英樹編/新曜社 2011.07.15
*02:無意識の脳・自己意識の脳-身体と情動と感情の神秘/アントニオ・R・ダマシオ/田中光彦訳/講談社 2003

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