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時間圧に対処する能力

 自然知能をもついきものたち-人間や動物たちは現実世界の中で、次々と起こる出来事、状況変化にリアルタイムで対処できる知能を持っています。逆にそれに対処できる知能でなければ自然の中で生き残っていくことはできません。生き抜くための道具すなわち知性は、常に「有効時間内での問題解決」というプレッシャー(時間圧)にさらされている*01のです。時間圧に耐えられない知性はただ滅亡するしかなく、それに耐える能力は、むしろ知性にとっての最低条件といっていいでしょう。
 
自然の中で生きる知性のこの特性、つまり自然知性一般に特有の《時間圧への優先的な配慮》を可能にするのは「判断することなき合理的考慮」、すなわち“感情”なのです。私たちの「感情」は、私たちに押し寄せる現実世界の様々な状況の中にあって、それらを「いいもの」「いやなもの」「こわいもの」といったふうに強く色づけて際立たせ、ある判断を別の判断より優先させるように私たちに否応なく迫るのです。
 
“判断する”とは、ものごとの真偽・善悪などを見極め、それについて“自分の考えを定める”こと*02ですが、感情とは自分の考えを定めるというプロセスを経ずに、ものごとへの対処を“合理的”に行うことなのです。その合理性は、環境世界の中で生き抜くいきものたちが永い時間をかけてつくりあげてきたもので、ある判断を別の判断より優先させるというこのシステムは、階層的に重ねられた並列処理の病理的相互作用を遮り、リスタートさせるこころのオペレーティング・システムを構築することにもつながっていったのです。
 
MITのロドニー・ブルックスさんとその教え子であるシンシア・ブレジールさんらは、1990年代後半、“感情”を持つことによって“社交的”なふるまいをするロボットをつくりだしました。
 
そのロボット-キズメット(Kismet)は、頭部だけの機械仕掛けのスケルトンのロボットで、人間のそれとはかけ離れた顔をしていますが、人間と同じように動かすことのできる二つの眼や耳、眉や唇をもっています。また首を伸ばして覗き込むように頭を前に出したり、左右に振ること*03もできました。
 
人間と同じように働き、サッケードする眼球を持ち、外から見たときも人間のそれと似ている視覚系を持つキズメットは、動くもの、飽和した色彩を待ったもの、皮膚の色をしたものの三つを視野内で追いかけ、それらを捉えた方向に目を向けることができるのです。
 
人間の皮膚の色を認識できなくなってある一定の時間が経過すると、ロボットの中のパラメータの数値が上昇します。そのレベルが高くなるとロボットは、ある行動を優先させるように下層のシステムに働きかけるようになります。皮膚の色を重点的に探し始めるのです。目を動かし、首を振って周囲を見回し、視野の片隅に皮膚の色を見つけるとサッケードして、視界の中心にそれをより高精度に捉えるように眼球を動かします。そして人間の皮膚の色を視界の中心に捉えると、このパラメータの数値は平常に戻るのです。


人間の皮膚の色を発見し、眼球の中心でそれをしっかりと捉えた時、耳・眉毛・唇を動かし“喜び”の表情をするキズメット(Kismet(MIT A.I. Lab)-YouTubeより

*01:
ロボットの心―7つの哲学物語/柴田正良/講談社 2001.12.20
*02国語辞書類
*03:ブルックスの知能ロボット論―なぜMITのロボットは前進し続けるのか/ロドニー・A・ブルックス/オーム社 2006.01.30 五味隆志訳

 

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