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ソマティック・マーカー

 脳が運動を制御する仕組みの中で、ある感覚刺激に対応する運動指令群がルーティン化されても、そのほとんどは無意識的-自動的に対処されています。その感覚刺激を“自ら”のものと受け止めるためには、自己と他者の差異を知ることが必要でした。
 
地球上に生息するいきものたちが生き残るためには、彼らが直面する様々な出来事に対し、「有効時間内に問題解決」することのできる知性のシステムが必要でした。彼らが環境内で直面する出来事は.複雑で不確実性を多く含んでいます。そこには多くの選択肢が存在し、そのどれが最適であるかはあらかじめ明らかになっていないのです。そのような場面で論理的にひとつずつの選択肢を検討していたのでは、負荷が高すぎ、あるいは時間がかかりすぎ、適応的な選択ができなくなってしまいます。そこで過去の経験による反応から個々の選択肢にラベルをつけ、それにより瞬時にネガティブな選択肢を削除することが必要*01となるのです。このとき、判断に影響する身体からの信号を、神経学者のアントニオ・R・ダマシオさんはソマティック・マーカー(somatic marker)*02と名付けました。それは環境世界の中で、ある一定の条件がそろった時に作動し、ある行動を別の行動より優先させる“感情”のシステムの神経的基盤を明らかにしたものといっていいでしょう。
 
ソマティック・マーカー仮説では「今」「ここ」での身体信号がリアルタイムでモニタリングされるだけでなく,身体状態を表現する一種の内的モデルが脳内に形成される*01とされています。この内的モデルをダマシオさんは「あたかも身体ループ(as if body loop)」と呼んでいますが、このダマシオさんの考え方は、ダニエル・ウォルパートさんの逆モデル、順モデルの考え方と基本的には同じといっていいでしょう。ここでも遠心性コピーされた運動指令によって運動を予測し、実際の運動情報との差異を判断することが重要なプロセスとなっています。ダマシオさんのソマティック・マーカー仮説は、無意識のレベルから意識あるレベルまで幅広くカバーしたものですが、特に注目するのは、この差異の判断が、自己と他者の判断につながっていく契機となることを明らかにしたことです。
 
脳内において順モデルによる感覚結果の予測と、実際の運動によって生じる感覚を比較照合すると、それが一致する場合と、不一致となる場合が生まれます。前者は自分自身がその運動をおこしたということを、後者は何らかの外部の力によって生じさせられた運動だったということをその結果は示しています。もし、本来無関係な身体反応がソマティック・マーカーとして働き、そのつど次の行動に対する判断を左右してしまうとしたら、それは適応的であるとは言えません。自分自身の次なる行動を左右するソマティック・マーカーが働くのは、あくまで前者の場合であり、後者の場合は外乱要因によるものとして、ソマティック・マーカーはキャンセルされてしまう*01のです。
 
つまりソマティック・マーカーが働くか否かによって、自らの運動かそうでないかが区別されることになります。このようなプロセスを通じて自己と他者の差異が判断されていくことになるのです。


The somatic marker hypothesis: A neural theory of economic decision
Antoine Bechara+Antonio R. Damasio 
Games and Economic Behavior, 2005
*01:脳の中の2枚の鏡-「運動-感覚」と「内受容感覚-感情」のミラー機能/大平英樹/ミラーニューロンと〈心の理論〉/子安増生・大平英樹編/新曜社 2011.07.15
*02:無意識の脳・自己意識の脳-身体と情動と感情の神秘/アントニオ・R・ダマシオ/田中光彦訳/講談社 2003

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