「チョル、ミエちゃん来たわよ!」
休日の午前中、ミエがチョルの家にやって来た。
「あら、このナムル美味しそうね!お母さんにご馳走様ですって伝えてね」
ミエは自室にいるチョルに、「何してんの〜?話しかけてもいい?」と声を掛けた。
「キム・チョルっち〜」
「出〜てきて〜」
部屋を覗いても動かないチョルに、ミエはもう一度聞いてみる。
「チョルぴ〜何してんの?」
すると次の瞬間、ミエは目を疑った。
「なっ・・!?」
「べっ・・勉強してんの?!ちょっ・・ついこの間テスト終わったばっかだよ!?」
遊ぶことしか頭になかったミエは、本当に驚いた。チョルに矢継ぎ早に質問する。
「あんた一体何位だったの?!ていうか何の科目の勉強してるわけ?
廊下でそう喋るミエを見て、チョルは無愛想だが部屋に促してやった。
「・・入れば」「おっ!」
「あんたほんとに頑張ってんだね!成績かなり上がったんじゃない?
「なんだよ〜絶対に違うって!」
裏のないその顔を見て、チョルの心のネジが少し緩む。
思わず心に溜まった不安が溢れ出してしまいそうで、すぐにチョルは顔を背けた。
実際、やはり少し溢れ出た感情を、チョルはミエから視線を外したまま口にする。
「ハードルが高ぇんだよ・・」
「え?」
「ハードル高いんだよ・・出かけるとかは・・・」
チョルが言い出したのは、ミエとの”約束”のことだった。
ミエが軽い気持ちで口に出した”街に遊びに行く”が、チョルにはどうしても引っかかっていた。
「変な風に聞こえるかもだけど、図書館に宿題しに行くのと・・それはちょっと違うだろ。
「だから・・街に行く・・とかじゃなくて・・他のことを・・」
言いにくそうにそう口にした言葉を、ミエは目を丸くしながら繰り返す。
「他のこと?」
「またビデオ見たりとか・・まぁ・・そういう・・」
期待をしてるミエにそう言うのは、とても気が重いことだった。
そう口にした時、ミエがこうリアクションするだろうと思ったからだ。
「はー?あんたなんなん?いい加減にしてよ!くだらないことでビクビクすんなし!」
「そんなにからかわれるのが嫌なの?!あんた何歳よ!?いい加減ムカつくよ、私も!
これでミエとの”約束”は消えると、チョルは本気でそう思っていたのだ。
ハッ、としてチョルはすぐにミエの方を見た。
ミエは目を丸くしたまま、チョルの方を見ている。
「うん!そうだね、そうしよっか!」
チョルの予想に反してミエは、ニッコリと笑顔でチョルの提案を歓迎した。
いい加減にしてよ、とキレる想像の中のミエが、ふわりと消えていく。
「やったー!あんたの方からナイスな提案してくれたじゃん!
ミエはそのままチョルの家から帰るまで、ずっと笑っていた。
「さようなら〜」
ミエが帰ってから、自室にいるチョルに母親が声を掛ける。
「チョル、夕飯何時に食べる?あら、トイレかしら?」
部屋から返事がなかったのだ。
実際チョルは、洗面台の前にいた。
まだ心の整理がつかなくて、チョルはその場で立ち尽くしていた。
先日、夜の路上でミエと話した時のことを思い出しながら。
「うちら友達じゃん?理解できなくてもさ」
「あともうちょっとだけ親切にしてくれたら・・」
ミエが自分を思ってくれている気持ちを、どこか信じられなかったのかもしれない、とチョルは思う。
過去の傷を庇うあまり、目の前の幼馴染の気持ちに気づかなかったのかもしれないと。
ふと、目の前にある鏡が目に入った。
パッ
[ザワザワ ザワザワ]
胸がざわめく。
心のネジが緩んだその隙間から、色々な感情が溢れ出る・・・。
[ザワザワ ザワザワ]
その日の夜、ミエはベッドに横になって天井の星を眺めていた。
昼間は嬉しいだけだったが、少し冷静になってチョルの気持ちを考える。
大魔王のツノが見えるような雰囲気で、ただ断れば良いだけの話だ。
するとその時、ビビッとあることに思い至った。
パチッ
「まさか・・」
先日チョルに、こう言ったことを思い出したのだ。
「あとちょっとだけ、親切にしてくれたら・・」
ひくっ
ミエは思わずニヤけてしまった。
いつも一方通行だったその気持ちが、ようやく届いたと気づいたからだ。
「なんだよも〜」
[ソワソワ ザワザワ]
胸はざわめく。
自分の気持ちも相手の気持ちも、揺らめいていてはっきりとは見えないけれど。
第五十二話④でした。
チョル、ミエの気持ちを知ってホッとしたのかな・・。
目元を拭うチョルが泣けます・・もう、若いのに苦労して・・(親目線)
第五十二話⑤に続きます
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