羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

とと姉ちゃん

2016-06-22 18:18:16 | 日記
「できてない。帰れ、邪魔するな。甲東出版社だろ? カットはできてない。よって帰れ、邪魔するな。これを言うのは5回目だ。6回目を言わせたら憲兵を呼ぶぞっ?!」「わかりました。失礼します」圧倒された常子は帰ろうとした。「本当に帰るヤツがあるか」呆れる花山。「帰れとおっしゃったのはあなたですよね?!」「そこが君の腕の見せ所だ。編集という仕事を理解していないようだね?」どんな手を使っても書かせ、あるいは描かせるのが編集者だと説く花山。しかし常子が未熟なのでカットは描かないという。
「面倒臭いお方」「何っ?!」小競り合いしつつ、描くまで待つという常子に描かないと居直る花山。「帰りたまえ、これは本当の意味でだ」笑っていよいよ常子を退室させようとする花山。「では賭けをしませんか?」「賭け?」勝てば描いてもらうとした上で、花山が『描かない』ことに賭ける常子。描かざるを得ない賭けの提案に花山は険しい顔をしたが、筆を取って手早くカットを描き上げた。案外柔らかいタッチの『家』の絵だった。「さっさと持ってけぇっ!」「ありがとうございますっ!」帰り際、靴の踵が取れて、裸足で慌てて退室してゆく常子を、花山は少し愉快そうに見ていた。
 夜、常連客に上質の木材を手配できた滝子は上機嫌で、来年の夏祭りに一緒に行こうとせがむ美子に笑顔で応えていた。そこへ「大変です!」流行りの銭形平次の真似をして清が現れ一同を呆れさせたが、清は巣鴨の大口の仕事を取ってきていた。青柳にかつての活気が戻ると期待を膨らませる清は、また接待漬けになると自慢し始め「久々に聞いた気がします」と常子は苦笑半分、楽しげにしていた。
 後日、甲東出版で件の常子の企画の雑誌が書店発売を迎えようとしていたが「大変です!」男性社員が駆け込んだきた。常子はこの社員も銭形平次の真似かと思ったが、社長の谷が逮捕された報せだった。
・・・とんちはともかく、裸足は実話モチーフだそうな。

ヤロカ火 15

2016-06-22 18:18:10 | 日記
御守りの火はイケるのかな? あいつ、結衣より手際はいいけど、情報提示が甘いんだよなぁ毎回っ。うーん」
 等と独り言を呟きながら貴代が準備していると、前触れ無く出入り口のドアが開き、カラオケボックスの店員が入ってきた。
「あっ、何か頼んでましたっけぇ? 連れが戻ったらもう出るんで」
 と言って顔を上げると、
「火、火、火ぃぃいいいいッ!!!」
 店員は体を異様にねじ曲げながら唸り、両手を燃え上がらせた。
「おおおううっ?!」
 ビビる貴代。
 店員はあり得ない程に大口を開けた。中から様々な淡水水棲生物が混ざったような化生『ヤロカ火』が顔を出した。
「娘。火、やろか?」
 ヤロカ火は問い掛けてきた。
「山元仕事速過ぎぃいいいいっ!!!」
 貴代は絶叫した。

ヤロカ火 14

2016-06-22 18:18:04 | 日記
「ぐっ! 何であれ、野間の異常に化生(けしょう)を引き寄せる特質が必要何だ。被害が拡大する前にさ」
 貴代は目を細めた。
「・・・フォローはあんの?」
「二人とも御守りは持ってるだろ? それで居場所もわかるし」
「他にはぁ?」
「人形だけそっちに四枚飛ばしてる。ちょっと待てよ」
 鏡の中で聡が念じると人形が四枚、出入り口の隙間から入り込んできた。
「お? 来た」
 四枚の人形は宙を舞って貴代の胸ポケットに収まった。
「これからターゲットをそっちに囲い込む、近くまでくれば『100%』野間に引っ掛かるはずだ」
「野間ホイホイだね」
「まあな。とにかく『本体』を押さえるのが難しい化け物だ。遭遇したら、ヤツの『火』に触れない事と、ヤツの『問い掛け』にも応えないように気を付けてくれ」
「何か難しくなぁい?」
「大丈夫だ。姑獲鳥(うぶめ)の時のような無茶はさせないさ」
「疑わしいぃ~っ」
「前向きに善処する」
「代議士かよっ!」
「よしっ、じゃあな!」
「何、今の『よしっ』は? オイっ!」
 聡は面を被り直して、さっさと鏡の中から姿を消してしまった。
「くっそぉ~、山元のヤツっ。記憶が戻る前から何かオカシイと思ってたんだよっ。ややっこしいなぁ、もうっ」
 そう言いながらも貴代は御守りを鞄から学生服のスカートのポケットに入れ直し、さらに持ち物の中から使えそうな物を手慣れた様子で物色し始めた。
「火がどうとか言ってたから、燃やす系はダメかぁ?

ヤロカ火 13

2016-06-22 18:17:58 | 日記
「役者じゃないから。トイレ行ってくるよ、っと」
 宏一はソファから立ち上がって貴代の前を通って出入り口へと向かいだすと、貴代は宏一の尻を叩いた。
「芝居の話じゃないんだよぉっ」
「へいへい」
 宏一は適当に受け流して個室の外へ出て行ってしまった。
「あーっ! 腹立つわぁっ。ホント別れちゃおっかなぁ。でもあいつ、一人だとまたオバケに襲われた時、大変だろうし・・・もうっ! 人に迷惑かけるのは慣れてるけど、人の世話焼くのは慣れないよっ。凄いストレス。やっぱ結衣か山元に記憶消してもらおっかな? 辛いわぁ」
 貴代は不満げに言って、飲み残しの気の抜けたメロンソーダをストローで飲み、鞄から手鏡を取り出して前髪等をイジり始めた。と、
「八木。今、いいか?」
 鏡の中に学生服に面を付けた聡が姿を現した。
「わっ! 何っ?! 山元?」
 貴代は鏡を取り落としそうになった。
「そう、俺俺。詐欺じゃないぜ?」
 鏡の中の聡は面を取ってみせた。
「わかってるよぉっ! 何詐欺だよっ。つーか、普通に現れろ!」
「いや、実際そこにいるワケじゃないから。ま、いいや」
「よくないよぉっ」
「何っだよ、絡むなぁ」
 うんざり顔の聡。
「ああんっ?!」
 凄む貴代。
「時間が無いんだよっ」
「どうせまたオバケだろ?! 今月もう3回目だよぉっ?」
「今回のヤツは本当にヤバいんだ」
「ヤバくないヤツに遭った事ないんですけどぉ?」

ヤロカ火 12

2016-06-22 18:17:51 | 日記
「ヤロカ火の本体は手強いち、そっちは聡に任せて結衣は分離体を狩るのに専念するぜよ。あっちは聡に殺らせるち」
「ほうほうね。ヤロカ火、マジヤバいよ。話、通じない。真淵(まぶち)の兄(あん)ちゃが片すよ」
 夜雀とオンボノヤスに口々に制され、結衣は渋い顔をしたが、
「わかった。とにかく騒ぎが大きくなる前に事態を収めよう」
 結衣は、息のあるヤロカ火の分離体に取り憑かれていた物達を介抱したりスマホで救急車を読んでいる岳と寧々を一瞥し、面を被り直すと、持っていた人形を全て宙に放った。一枚の人形は7~8羽のよく見るとデフォルメされた蝶に変化し、蝶らしからぬ高速で方々へと散って行った。
「これ以上、私の街の人達を傷付けるのは許さないっ!」
 結衣はどこからともなく取り出した手斧を青白い炎と共に三枚刃の大鉞に変化させた。


 部活の後で落ち合い、野間宏一と八木貴代はカラオケボックスに来ていた。歌う為ではなく、恒例になっている霞ヶ丘青年会館での演劇部の福祉公演の台詞の練習に貴代が宏一を付き合わせていた。
「大陸なら、僕達は南米に流れついたんだ」
 台本のコピー片手に棒読みの宏一。
「ほらねっ! 僕の考えた通りさっ」
 熱演する貴代。
 宏一は欠伸をした。
「ふわっ」
「ちょっと宏一ぃっ!」
「いやさ、部活の後だよ? 十五少年漂流記とか眠いって。もう帰ろうよ貴代」
「もうっ、心が無いんだよ、あんたはぁ」