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ウィンズロウ著「犬の力」はメキシコ~アメリカを舞台にした麻薬カルテルとの戦い、国境の壁で止められるか

2017年01月28日 | 斜読

book431 犬の力 上・下 ドン・ウィンズロウ 角川文庫 2009/2017.1

 2017年1月、アメリカ大統領にトランプ氏が就任した。選挙中からメキシコとの国境に壁を作るなどの公言をし、大勢から支持を受け、選挙戦を勝ち抜いた。
 大統領就任後、さっそくメキシコ国境の壁建設に関する大統領令に署名した。なぜ、メキシコ国境の壁建設が熱烈な支持を受けたのか。
 アメリカにはメキシコからの不法移民が1100万人を超える勢いだそうだ・・もちろん正規の移民もいて、まじめに働き、アメリカ国籍を取得した人も少なくない・・。
 不法移民であってもアメリカで子どもが生まれるとその子どもはアメリカ国籍となる。
 メキシコには基盤となる産業がなく、人々の暮らしは厳しい。アメリカで働ければ、メキシコよりも楽な暮らしができる。10倍ほどの賃金格差があるらしい。誰も豊かな暮らしが望む。
 アメリカに正規に入国できない人は不法でも何とかアメリカに渡り、10倍にならなくても5倍?の賃金で働こうとする。子どもはアメリカ国籍となり10倍の賃金で働くことができる。
 しかし、不法移民のなかにはうまくいかず悪に走る者もいる。麻薬の取引はかなりのもうけになるそうだ。不法移民によってアメリカ人の雇用が少なくなる+不法移民による犯罪が多発する+不法移民が麻薬取引をすると考えた人が、熱狂的に国境の壁建設を支持し、不法移民の遮断により、アメリカ人の雇用が増え+犯罪が少なくなり+麻薬を撲滅できる、と発想したのかも知れない。
 前置きが長くなったが、この本はメキシコとアメリカを舞台にした麻薬戦争を描き出している。もしかすると、この本を読んだ大勢が麻薬を撲滅するには国境の壁しかない信じたのかも知れない。
 それほど、麻薬取引が国境を簡単にすり抜けることができたらしい。裏には、金による買収と銃による殺戮で、警察、国境警備、麻薬取締、政界、財界までもが麻薬カルテルの言いなりになっていたことがある。
 金か鉛かといった表現が何度も出てくる。現金による買収を断れば、銃弾を受けることになる。殺人描写も生々しいが、現実に似たようなすさまじい事件が起きていたようだ。


 物語は1975年に始まり2004年に終わる。物語の先駆けに1962年のキューバ危機にみられる共産主義の脅威があった。中南米諸国の左傾化を防止するため、資金が流れ、CIAが暗躍した。
 この本でも、アメリカ陸軍特殊部隊大佐でCIA工作要員・マフィア構成員CIA工作要員・マフィア構成員のサル・スカーチやCIA中央アメリカ地域司令官ジョン・ホッブズなどが登場する。
 共産主義者を倒すために麻薬に関わる買収や殺戮が公然と見逃されていき、麻薬カルテルが力をつけていったようだ。

 物語の最初に登場するのが、合衆国麻薬取締局DEAの特別捜査官アート・ケラーで、物語の締めくくりもアート・ケラーだから、主人公といえる。
 しかし、舞台が転換するとアート・ケラーは退場し、たとえば麻薬カルテル・バレーラ一統の親玉のミゲル・アンヘル・バレーラを中心に展開したり、ミゲルの弟でやがてバレーラ一統を率いるアダン・バレーラが主役になったり、やがてアダンの愛人になる白い館の娼婦ノーラ・ヘイデンが主役になって物語が進んだり、などなど舞台ごとの登場人物を中心に話が展開していく。
 そうした舞台ごとの動きは始めのうちはそれぞれが個別に展開するが、次第に相互に絡み出す。小説だから1頁ずつ読んでいかなけらばならないが、この本の構成は大型モニター画面に映し出された、右上のアダンの舞台、中ほどのノーラの舞台、左下のアイルランド出身の殺し屋ショーン・カランの舞台、右下の麻薬カルテル・チミーノ一家の幹部ジミー大桃の舞台、中央のアート・ケラーの舞台などが同時進行していくのを見るようで、臨場感にあふれた流れになっている。


 アート・ケラーはアメリカ人の父とメキシコ人の母のあいだに生まれ、ヒスパニック居住区で育つ。父に捨てられ、アメリカ国籍だが厳しい現実にYOYO=you are on your own自分の道は自分で拓け、を身につける。
 CIA工作員としてベトナムに行くが悲惨な場面を体験し、帰国後、麻薬捜査官になる。スペイン語が分かるということでメキシコ・シナロアに派遣されるが、同僚から煙たがられ、孤独なときまだ青二才のアダン・バレーラと知り合い、叔父のミゲル・アンヘル・バレーラを紹介してもらう。
 ミゲルは麻薬組織の親玉を平然と殺し、アートの手柄にさせるが、実は自分が麻薬カルテルの親玉に取って代わる狙いがあった。手柄を立てたアートは美人の妻と子どもとともにアメリカで暮らすこともできたのに、アートは犬の力を確信し、ミゲル、後を継いだアダンと戦う決心をする。
 犬の力とは、旧約聖書に登場する言葉で、人倫を踏み外すような悪のことらしいが、アートの場合、戦うべき悪に立ち向かうための力としての悪といった意味になろうか。

 30年に渡ったアートの戦いでついにアダンを刑務所に送ることができた。しかし、アダンに代わり新たな麻薬カルテルによって麻薬はアメリカに流れ込んでいて、アメリカ大陸における麻薬戦争は終わっていない。この本は、アートが静かな余生を望んでいる場面で終わる。

 現実のアメリカでは国境に壁を作り麻薬戦争を終えようとしている。本の中でもトンネルや船によるルートが登場した。壁は人々の心に差別を生み出すが、麻薬の流入を止められるだろうか。

コメント
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