<斜読・日本の作家一覧> book549 黒の回廊 松本清張 光文社文庫 2014
テレビ番組表に松本清張(1909-1992)原作、2004年版テレビドラマ「黒の回廊」を見つけた。テレビドラマは見なかったが、南フランス・スペインのツアーで殺人事件が起きるらしい。原作は、コペンハーゲン、ロンドンを巡り、スコットランドでツアー参加者が殺され、スイス・アイガーで犯行、動機が推理されるそうだ。
コペンハーゲン、ロンドン、スコットランドは行ったことがあるが、スイスはまだ訪ねていない。清張は土地土地の風景描写も巧みだし、その土地にゆかりの文学書を織り込んでくれるので勉強になる。旅の復習・予習しながら清張の推理を楽しもうと「黒の回廊」を読んだ。
物語は、アンカレッジの「買い物」、コペンハーゲンの「古城」、ロンドンの「公園」、スコットランドの「湖」、スイスの「高原」と展開し、アイガーの「壁」で幕となる。目次からも旅の見どころが想像できる。清張と旅を楽しむ気分で読み通した。
アンカレッジの「買い物」
物語は、王冠観光旅行社営業部企画課の谷村が津島と「ローズ・ツアー=東京-コペンハーゲン-ロンドン-エジンバラ-ロンドン-チューリッヒ-ベルン-クライネシャイデック-ジュネーブ-パリ-ローマ-アテネ-テヘラン-バンコック-香港-東京、25日間、596,000円、女性だけのグループ、出発昭和4*年4月15日」のパンフレットを練っているところから始まる。コンダクターはベテランの門田良平が担当する。
・・昭和40年代、私の初任給が3万円だったから60万円の海外旅行はかなり高値である。金持ちで25日も休める参加者とはどんな人たちだろう?。清張は早くも読み手を引き込む・・。
王冠観光旅行社は、社長の村田巳太郎が進駐軍の通訳から物資の横流しで蓄財し、海外観光旅行ブームに乗って成長、大阪、福岡、札幌に支店をもつ中堅の旅行社になった。創業当時の添乗員だった広島淳平が役員兼営業部長である。
講師を同行させる団体旅行が流行っていて、広島淳平は旅行評論家の江木奈岐子に講師の承諾を取っていた。江木奈岐子は独身で45歳だが、40ぐらいに見える。本名の坪内文子を知る人は少なく、さだかな経歴は誰も分からない。
3月早々、梶原澄子43歳がツアーの申し込みに来て、門田が応対する。梶原澄子は、夫が札幌市近くに産婦人科病院を開いて繁昌し、昭和32年に札幌市に新しく大きな病院をつくったが、夫の死後、弟があとを継いで閑ができたので参加したいと話す。
次に、美容デザイナーの藤野由美37歳が申し込みに来る。言葉には不自由しないと話す。続いて、夫が死んでその遺産で海外旅行をするという星野加根子38歳が申し込みに来る。
4月に入るころ申込みは20名になった。北村宏子25歳は証券会社に勤めていて、株で儲けたので3年分の年次休暇をとっての参加である。杉田和江28歳は建築設計事務所の助手、竹田郁子31歳は私立高校教師で、2人は年次休暇の集中消費である。
多田マリ子40歳は大坂の飲食店のマダム、黒田律子31歳は渋谷の高級マンションに住み銀座の一流バアにつとめている。本田雅子20歳、西村ミキ子20歳、千葉裕子20歳の3人は学生、日笠朋子37歳は紙工場の社長夫人、最年長は45歳の金森幸江で西武線沼袋駅近くの魚屋のかみさんである。
門田が参加者を整理しているところに、メンバーリストが届いた江木奈岐子から余儀ない事情で行けないとの連絡が入る。門田が江木=坪内を訪ねると、精神安定剤を飲みながら、一流誌からの原稿依頼があり、絶好の機会を逃したくないと話し、代わりの講師に土方悦子27歳を推薦する。
土方悦子はU大学英文科を卒業、アメリカ系の貿易会社勤務経験あり、英文学と文化人類学が趣味で、デンマーク、オランダ、イギリス、ベルギー、フランス、スイスなどに旅行した経験がある。
4月15日夜、羽田空港国際線特別待合室で、女性ばかり30人の団員と添乗員の門田良平、江木奈岐子の身代わり講師・土方悦子が勢揃いし、王冠観光旅行社ヨーロッパ観光旅行団「ローズ・ツアー」の結団式が行われた。門田は土方悦子を小賢しいと感じ、講師ではなく助手に使おうと考える、などが語られ、SAS機が羽田空港を離陸する。
・・清張を始め推理小説では、冒頭の書き出しに物語の鍵が隠されていることが多い。ここまで読んだだけでは何が鍵かは予測がつかないが、清張はすでに伏線をばらまいていたことが分かってくる・・。
SAS機はアンカレッジでトランジットになる。空港ロビーは混み合っていた。土方悦子は、団員がバラバラにならないようにみんなを集めてアラスカの歴史と風土について話そうと門田に提案するが、門田は一蹴する。
団員の多くは売店をのぞく。西村ミキ子は民芸品を買い、藤野由美は英語で店員にルビーの指輪を出させる。出発のアナウンスが流れ団員が集まるが、藤野由美と探しに行った土方悦子が出発時間を20分も遅れて現れた。土方は機内で門田に、藤野由美が950ドルのルビーの指輪をトイレでなくして探したが見つからなかったと話す。門田が藤野由美に紛失届を勧めるが、もうけっこうと告げる。
・・「アンカレッジの買い物」でルビーの指輪の紛失が起きる。事件としては些細すぎると思ったが、物語の大事な鍵だった・・。
コペンハーゲンの「古城」
16日朝、一行はコペンハーゲン・チボリ公園に近いロイヤル・ホテルに入る。参加者は18階と19階に分かれる。土方の部屋に藤野が来て、コペンハーゲン駐在の知り合いから電話があったので別行動で食事に出かけると言う。門田が同室の梶原澄子に確かめると、電話はかかってこなかったと言う。藤野をのぞく31人が人魚の像の観光に行くと、人魚の像のかたわらに藤野がいて、駐在員は面白くないので別れツアーに合流すると話す。
門田は藤野の言動は虚栄心から出たもの、仲間に対する自己顕示欲の現れと判断する。
17日、クロンボール城の町のレストランでオープンサンドの昼食になった。鮭、チーズ、海老などは自由だがキャビアは個人払いと門田が言うと、藤野はキャビア・サンドウィッチを7つも取りみんなの注意を引く。対抗するように多田マリ子がキャビア・サンドを10個取って両隣に勧めながら食べた。
・・清張は虚栄心の張り合いを強調しようとしているのか?。藤野と多田の張り合いが事件につながるのか?・・。
食後、クロンボール城で土方悦子がハムレットの「生きるか死ぬか」を講義していると、藤野はいつの間にか城壁の上でカメラを構えたアメリカ人グループのモデルになっていて、みんなを驚かせる。
一行は観光を終えてホテルに戻り、夕食をとって部屋に分かれる。門田は事務処理を終え、あとを土方に任せて、馴染みのピーレゴーデンという名のバーに出かけてビールを飲む・・いくら助手代わりの土方に頼んだとはいえ添乗員がビールを飲みに抜け出すのは気になる。清張の仕掛けであろう。なにが仕掛けられるか、虎視眈々に読み進む・・。
ピーレゴーデンで、門田はアムステルダムに住み、日本スポーツ文化新聞のヨーロッパ特派駐在員をしている鈴木道夫に会う。鈴木の連れのデンマーク女性ミス・トルバルセンはデンマーク語で、4年前にエギ・ナギゴとデンマークを歩いたと話し、鈴木が通訳する・・江木奈岐子の案内は英語のはずだが、鈴木がデンマーク語で通訳するのはなぜか?・・。
鈴木は、今月10日(ツアー出発の5日前)ごろの朝陽新聞文化欄にのった江木奈岐子の「フィヨルドの旅」には間違いが5つあったと批判する。そのうえで、結婚とはいわないが希望の足音が遠くから近づいていると話す・・意味深長な会話も清張の仕掛けか・・。
18日朝、ホテルのボーイが門田の部屋に飛び込んできて、17階1703号室で日本女性が首を絞められ倒れていると告げる。門田が1703号室に行くと、多田マリ子が咽喉輪を抑え苦しそうに、うしろから抱きすくめられ、部屋に引きずり込まれ、首を絞められた、と話す。
ロンドン行きの時間が迫っている。門田はホテル支配人と交渉して事件を口止めさせ、そのあいだに土方の部屋で病院経験のある梶原澄子が多田マリ子を応急手当てし、全員が空港に向かう。
・・「コペンハーゲンの古城」では藤野由美の自己顕示欲・虚栄心、駐在員鈴木とトルバルセンの登場、多田マリ子の首締めが気になるが、まだ事件の展開は見えない・・。 続く
テレビ番組表に松本清張(1909-1992)原作、2004年版テレビドラマ「黒の回廊」を見つけた。テレビドラマは見なかったが、南フランス・スペインのツアーで殺人事件が起きるらしい。原作は、コペンハーゲン、ロンドンを巡り、スコットランドでツアー参加者が殺され、スイス・アイガーで犯行、動機が推理されるそうだ。
コペンハーゲン、ロンドン、スコットランドは行ったことがあるが、スイスはまだ訪ねていない。清張は土地土地の風景描写も巧みだし、その土地にゆかりの文学書を織り込んでくれるので勉強になる。旅の復習・予習しながら清張の推理を楽しもうと「黒の回廊」を読んだ。
物語は、アンカレッジの「買い物」、コペンハーゲンの「古城」、ロンドンの「公園」、スコットランドの「湖」、スイスの「高原」と展開し、アイガーの「壁」で幕となる。目次からも旅の見どころが想像できる。清張と旅を楽しむ気分で読み通した。
アンカレッジの「買い物」
物語は、王冠観光旅行社営業部企画課の谷村が津島と「ローズ・ツアー=東京-コペンハーゲン-ロンドン-エジンバラ-ロンドン-チューリッヒ-ベルン-クライネシャイデック-ジュネーブ-パリ-ローマ-アテネ-テヘラン-バンコック-香港-東京、25日間、596,000円、女性だけのグループ、出発昭和4*年4月15日」のパンフレットを練っているところから始まる。コンダクターはベテランの門田良平が担当する。
・・昭和40年代、私の初任給が3万円だったから60万円の海外旅行はかなり高値である。金持ちで25日も休める参加者とはどんな人たちだろう?。清張は早くも読み手を引き込む・・。
王冠観光旅行社は、社長の村田巳太郎が進駐軍の通訳から物資の横流しで蓄財し、海外観光旅行ブームに乗って成長、大阪、福岡、札幌に支店をもつ中堅の旅行社になった。創業当時の添乗員だった広島淳平が役員兼営業部長である。
講師を同行させる団体旅行が流行っていて、広島淳平は旅行評論家の江木奈岐子に講師の承諾を取っていた。江木奈岐子は独身で45歳だが、40ぐらいに見える。本名の坪内文子を知る人は少なく、さだかな経歴は誰も分からない。
3月早々、梶原澄子43歳がツアーの申し込みに来て、門田が応対する。梶原澄子は、夫が札幌市近くに産婦人科病院を開いて繁昌し、昭和32年に札幌市に新しく大きな病院をつくったが、夫の死後、弟があとを継いで閑ができたので参加したいと話す。
次に、美容デザイナーの藤野由美37歳が申し込みに来る。言葉には不自由しないと話す。続いて、夫が死んでその遺産で海外旅行をするという星野加根子38歳が申し込みに来る。
4月に入るころ申込みは20名になった。北村宏子25歳は証券会社に勤めていて、株で儲けたので3年分の年次休暇をとっての参加である。杉田和江28歳は建築設計事務所の助手、竹田郁子31歳は私立高校教師で、2人は年次休暇の集中消費である。
多田マリ子40歳は大坂の飲食店のマダム、黒田律子31歳は渋谷の高級マンションに住み銀座の一流バアにつとめている。本田雅子20歳、西村ミキ子20歳、千葉裕子20歳の3人は学生、日笠朋子37歳は紙工場の社長夫人、最年長は45歳の金森幸江で西武線沼袋駅近くの魚屋のかみさんである。
門田が参加者を整理しているところに、メンバーリストが届いた江木奈岐子から余儀ない事情で行けないとの連絡が入る。門田が江木=坪内を訪ねると、精神安定剤を飲みながら、一流誌からの原稿依頼があり、絶好の機会を逃したくないと話し、代わりの講師に土方悦子27歳を推薦する。
土方悦子はU大学英文科を卒業、アメリカ系の貿易会社勤務経験あり、英文学と文化人類学が趣味で、デンマーク、オランダ、イギリス、ベルギー、フランス、スイスなどに旅行した経験がある。
4月15日夜、羽田空港国際線特別待合室で、女性ばかり30人の団員と添乗員の門田良平、江木奈岐子の身代わり講師・土方悦子が勢揃いし、王冠観光旅行社ヨーロッパ観光旅行団「ローズ・ツアー」の結団式が行われた。門田は土方悦子を小賢しいと感じ、講師ではなく助手に使おうと考える、などが語られ、SAS機が羽田空港を離陸する。
・・清張を始め推理小説では、冒頭の書き出しに物語の鍵が隠されていることが多い。ここまで読んだだけでは何が鍵かは予測がつかないが、清張はすでに伏線をばらまいていたことが分かってくる・・。
SAS機はアンカレッジでトランジットになる。空港ロビーは混み合っていた。土方悦子は、団員がバラバラにならないようにみんなを集めてアラスカの歴史と風土について話そうと門田に提案するが、門田は一蹴する。
団員の多くは売店をのぞく。西村ミキ子は民芸品を買い、藤野由美は英語で店員にルビーの指輪を出させる。出発のアナウンスが流れ団員が集まるが、藤野由美と探しに行った土方悦子が出発時間を20分も遅れて現れた。土方は機内で門田に、藤野由美が950ドルのルビーの指輪をトイレでなくして探したが見つからなかったと話す。門田が藤野由美に紛失届を勧めるが、もうけっこうと告げる。
・・「アンカレッジの買い物」でルビーの指輪の紛失が起きる。事件としては些細すぎると思ったが、物語の大事な鍵だった・・。
コペンハーゲンの「古城」
16日朝、一行はコペンハーゲン・チボリ公園に近いロイヤル・ホテルに入る。参加者は18階と19階に分かれる。土方の部屋に藤野が来て、コペンハーゲン駐在の知り合いから電話があったので別行動で食事に出かけると言う。門田が同室の梶原澄子に確かめると、電話はかかってこなかったと言う。藤野をのぞく31人が人魚の像の観光に行くと、人魚の像のかたわらに藤野がいて、駐在員は面白くないので別れツアーに合流すると話す。
門田は藤野の言動は虚栄心から出たもの、仲間に対する自己顕示欲の現れと判断する。
17日、クロンボール城の町のレストランでオープンサンドの昼食になった。鮭、チーズ、海老などは自由だがキャビアは個人払いと門田が言うと、藤野はキャビア・サンドウィッチを7つも取りみんなの注意を引く。対抗するように多田マリ子がキャビア・サンドを10個取って両隣に勧めながら食べた。
・・清張は虚栄心の張り合いを強調しようとしているのか?。藤野と多田の張り合いが事件につながるのか?・・。
食後、クロンボール城で土方悦子がハムレットの「生きるか死ぬか」を講義していると、藤野はいつの間にか城壁の上でカメラを構えたアメリカ人グループのモデルになっていて、みんなを驚かせる。
一行は観光を終えてホテルに戻り、夕食をとって部屋に分かれる。門田は事務処理を終え、あとを土方に任せて、馴染みのピーレゴーデンという名のバーに出かけてビールを飲む・・いくら助手代わりの土方に頼んだとはいえ添乗員がビールを飲みに抜け出すのは気になる。清張の仕掛けであろう。なにが仕掛けられるか、虎視眈々に読み進む・・。
ピーレゴーデンで、門田はアムステルダムに住み、日本スポーツ文化新聞のヨーロッパ特派駐在員をしている鈴木道夫に会う。鈴木の連れのデンマーク女性ミス・トルバルセンはデンマーク語で、4年前にエギ・ナギゴとデンマークを歩いたと話し、鈴木が通訳する・・江木奈岐子の案内は英語のはずだが、鈴木がデンマーク語で通訳するのはなぜか?・・。
鈴木は、今月10日(ツアー出発の5日前)ごろの朝陽新聞文化欄にのった江木奈岐子の「フィヨルドの旅」には間違いが5つあったと批判する。そのうえで、結婚とはいわないが希望の足音が遠くから近づいていると話す・・意味深長な会話も清張の仕掛けか・・。
18日朝、ホテルのボーイが門田の部屋に飛び込んできて、17階1703号室で日本女性が首を絞められ倒れていると告げる。門田が1703号室に行くと、多田マリ子が咽喉輪を抑え苦しそうに、うしろから抱きすくめられ、部屋に引きずり込まれ、首を絞められた、と話す。
ロンドン行きの時間が迫っている。門田はホテル支配人と交渉して事件を口止めさせ、そのあいだに土方の部屋で病院経験のある梶原澄子が多田マリ子を応急手当てし、全員が空港に向かう。
・・「コペンハーゲンの古城」では藤野由美の自己顕示欲・虚栄心、駐在員鈴木とトルバルセンの登場、多田マリ子の首締めが気になるが、まだ事件の展開は見えない・・。 続く