book540 ドイツ 町から町へ 池内紀 中公新書 2002 <斜読・日本の作家一覧>
最初のドイツの旅は1994年、環境先進事例の視察グループに参加したときで、8日間だったが初めてのドイツを垣間見て大いに刺激を受けた。現役のころは1週間を超えて休むのが難しく、2007年に南ドイツ・クリスマスツアーも8日間を選んだ。定年後は15日間のドイツ北東部・世界遺産を訪ねるツアー、12日間の東ドイツ・ロマネスク建築を訪ねるツアー、14日間のフランス・アルザスとドイツ黒い森を訪ねるツアーに参加し、ドイツを楽しんだ。
ドイツを始めヨーロッパは歴史的な見どころが多く、生半可な準備では現地で実体験していても理解が追いつかない。予習、復習、補習のため本を読むようにし、紀行文をまとめるよう心がけているが、ドイツの旅の紀行文はまだ手がついていない。
「ドイツ 町から町へ」には80近い町が取り上げられている。コロナ渦で旅が制限されているので、ドイツの旅を思い出しながら読み通した。
著者はドイツ文学者、ドイツ語も堪能なようで、ドイツに何度も出かけ、「・・ドイツの町や村は驚くほど個性がある・・土地ごとにはっきりした様式がありみごとな造形美を生み出している・・」と感じ、「ドイツの宝探し」と題して新聞の日曜版に連載したそうだ。その連載を取捨選択し、新たに書き加えたのが本書になる。
取り上げられている町は北から南に、<リュウゲン島 フーズム リューベック フランクフルト・アン・デア・オーダー ベルリン ケペニック ポツダム ボーデンヴェルダー ハンブルク ブレーメン ゲルリッツ バウツェン リューネブルク イェーナ ハルツ地方 ヴェルニゲローデ クヴェートリンブルク マグデブルク デッサウ カバレット ドレスデン マイセン ケーニヒシュタイン ピルナ ライプツィヒ ワイマール ゼーバッハ ゴータ ボン ケルン アーヘン アレンドルフ ハーナウ カッセル ヴィースバーデン ヴュルツブルク ゾーリンゲン シンデルフィンゲン フランクフルト バート・ホンブルク マンハイム ダルムシュタット ハーメルン バイロイト アイゼナッハ マールブルク ゴスラー トリアー フロイデンシュタット シュヴェニンゲン テュービンゲン ハイデルベルク ミュンヘン シュタルンベルク ダッハウ アウクスブルク ネルトリンゲン ハイルブロン ニュルンベルク エルヴァンゲン ベルンカステル カールスルーエ バーデン・バーデン レンヒェン ドナウエッシンゲン シグマリンゲン ウルム ケンプテン バッサウ ベルヒテスガーデン ガルミッシュ=パルテンキルヒェン ヘーガウ地方 メールスブルク コンスタンツ バーデンワイラー カイザーシュトゥール地方>である。
町の数は多いが観光ガイドブックではない。著者は、「・・町に着くとまず町の中心にあたる市庁舎前の広場に行く・・広場に面して古めかしいホテルがある・・部屋を取り・・散歩に出る・・」、そんなふうに自分の足で風景を見つけ、風物や土地に根ざした人々の息づかいを伝えるエッセイとしてまとめてある。
たとえば、北ドイツのリューベックはバルト海に通じるトラべ川沿いの港町で、「ハンザの女王」と呼ばれハンザ都市を代表する町として発展した。
私が参加した2015年のドイツ北東部ツアーではトラベ川沿いのホテルに泊まり、世界遺産に登録された旧市街のホルステン門(写真)、倉庫群、市庁舎、聖マリア教会などを見学した。
しかし著者は、リューベック生まれのトーマス・マンに話題を絞り、没落した自分の一族をモデルにした小説でデビューし、のちにノーベル賞を受賞してマン兄弟文学館がつくられ、その文学館に先生に連れられて見学に来た生徒たちの自由な振る舞いをエッセイにしている。
ブレーメンもヴェーザー川沿いのハンザ都市として栄え、見どころが多い。見どころの一つがマルクト広場で、市庁舎前にはグリム童話に登場するロバ、犬、猫、鶏の「ブレーメンの音楽隊」のブロンズ像がある(写真)。
私は2009年9月にバルト3国を旅し、リガで「ブレーメンの音楽隊」のブロンズ像を見ながらビールを飲んだ(HP「2009.9バルト3国の旅ラトビア4リガ旧市街」参照)。
そのときにハンザ同盟でドイツの港湾都市とバルト3国の港湾都市が深く結びついたことを知った。2015年のドイツ北東部ツアーでブレーメンを訪ね、本家本元の「音楽隊」像を眺め、ブレーメンとリガ=ハンザ都市を実感した。
著者も「音楽隊」から話を始め、ハンザ都市にさらりと触れていて、読んでいて2009年、2015年の旅を思いだした。
著者はさらに、デフォー著「ロビンソン・クルーソー」の父がブレーメン生まれであることを紹介する。ドイツ文学者だから、文学に関わるエピソードが多い。
かつての王都ドレスデンでは、冒頭に森鴎外のドレスデンを舞台にした「文づかひ」から「王都の中央にてエルベ河を横切る鉄橋の上より望めば、シュロス(城)、ガッセ(通り)に跨がりたる王宮の窓、こよひは殊更輝けり」を引用し、「君主の行列壁画」のエピソードを書いている。
ベルリンを舞台にした森鴎外の「舞姫」は読んだことがあるが、「文づかひ」は読んでいない。2015年のドイツ北東部ツアーでドレスデンに泊まったが「文づかひ」はガイドされなかった?か、聞き漏らした?ようだ。
しかし、第2次世界大戦で爆撃され、寸分違わず再現された「君主の行列壁画」はしっかり眺めた(写真)。元通りに再現しようとするのはドイツ人の気質であろう。
2015年のドイツ北東部ツアーではブレーメン散策後、ハーメルンに向かい、泊まった。ハーメルンは「笛吹き男」の伝説で有名だが、ツアーではヴェーザー・ルネッサンス様式と呼ばれる建物を見ながら旧市街を散策し(写真)、ディナーで名物「ネズミのしっぽ料理」を食べた(実際は豚の細切りをしっぽに見立てた料理)。
著者は、ハーメルンの笛吹き男に関わる諸説にページを割き、「ハーメルンは小さな、これといって何もない町」と断じている。文学者は街並みにはさほど関心がないようだ。
2015年のドイツ北東部ツアーではアイゼナッハも訪ね、チューリンゲンの森に囲まれた高台に建つワルトブルク城を見学した(写真)。若きワーグナーはこの城に滞在し、歌劇「タンホイザー」を構想している。
文学者の著者は、タンホイザーを構想したワーグナーを細やかに追想している。さらにマルティン・ルターがいまは「ルターの部屋」と呼ばれている2階の部屋で聖書をドイツ語に訳し、ドイツ語が世界言語になったことにも触れている。
かつてのドイツの旅を回想しながら「ドイツ 町から町へ」を読んだ。まだ訪ねていない町のエピソードでは、著者と一緒に町を歩いている気分になる。著者の足と筆の力であろう。
私はついつい建物や街並み、料理やビール・ワインに目が向いてしまうが、文学者である著者の視点もいい。さまざまな見方は視野を広げてくれる。 (2022.7)