水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

白日の鴉

2015年12月16日 | おすすめの本・CD

 

 今年をふりかえる企画が目白押しの年末、例年のごとく『このミス』や「週刊文春」で、「今年のミステリーベスト10」をチェックする。
 読んでないのばっかりだ。年々減っていく。
 かろうじて文春の方に入っている、『キャプテンサンダーボルト』は読んだ。
 どちらでも一位の『王とサーカス』は、去年の『満願』が微妙だったので、手にしてなかったけど読んでみようかしら(ためらいの意志)。
 今思うと、宮部みゆき、高村薫、志水辰雄、岡嶋二人 … と並んでいた時代はおもしろかったなあ。
 これって、今お相撲さんを見ると、体格は昔よりもいいのに、なんとなくみんな小粒だなあと思ってしまうの同じなのだろう。輪島、北の湖、貴乃花(先代)の時代は燃えたなあみたいに。年をとったのだ。

 でも、今年も、読み始めるとやめられなかった本はある。
 ミステリー系ならば間違いなくこれ、福澤徹三『白日の鴉』(光文社)だ。
 主人公がスーパーヒーローでないところがいい。
 主人公の一人は新米巡査の新田真人。『レディージョーカー』の合田でもないし、『新宿鮫』の鮫島でもない。
 もう一人は製薬会社の営業スタッフ(MRとよぶそうだが、身内に医薬品関連会社の社長がいるのに知らなかった)である友永孝。
 友永が電車でチカンの疑いをかけられるところからお話は始まる。
 「この人チカンです」との声に、友永は驚く。女の方がぶつかってきたのをよけただけだった。近くの男が、女に同調し、車掌室につれていこうとする。
 このままでは、やっとのことでアポをとり宴席を設けることのできた医師との待ち合わせに遅れてしまうと思った友永は、やってないのだからいいだろうと判断し、逃げる。
 追いかける男女。それを取り押さえたのが、新米巡査の新田だ。
 巡査になって初めて、実地で手錠をかけた瞬間だった。
 「絶対、やってない」と主張する友永だったが、チカンは被害者の証言だけで罪が成立するという。

 留置所での取り調べ、拘置所へ移されてからの描写はリアルだった(て、知らないけど)。
 「疑わしきは罰せず」というし、「刑が確定するまでは罪人ではない」はずなのだが、いったん捕まってしまえば、こんな目にあう。 
 警察がクロと言ったら、あとはよってたかって罪人にされていく。
 現実にえん罪事件とよばれるものが多々あるけれど、こんな風につくりあげられていくのかと恐ろしかった。
 あの高知県のバスの運転手さんのえん罪もひどかったよね。証拠のでっち上げまで現実にはあるのだから。

 自分が捕まえた男が容疑を否認し続けていることをある日新田は耳にする。
 同じころ、そのときにチカンされたと言った女と、証言をした男が連れ立って飲み屋に入っていくのを目撃する。
 チカン事件の日に、友永を呼び出していた医師の同僚が不審死をとげていることもわかる。
 これは偶然だろうか。
 事件について調べ始めると、先輩から余計なことをするなと釘をさされるのだが、合コンで知り合った看護士から聞いた話をつなぎ合わせたりしていくと、予想もできない深い闇が事件の背後のあるのではないか、友永のチカンは仕組まれたものではなかったかと確信を深めていく。

 若い巡査、年端のいかない子どもを持つ営業社員、巡査の若い同僚や看護士など、ほんとに一般庶民が少しだけがんばって力をあわせることで、大きな犯罪に風穴を開けていく。
 真相にはたどり着けるのか、その過程で彼らの命は大丈夫か、友永は有罪確定されてしまうのか … 。
 自分の知らない世界、たとえば『ハゲタカ』みたいな国際的な経済界を舞台にしたスケールの大きな話ももちろんうきうきする。
 でも、一歩まちがえば自分がそこにいてもおかしくない身近な世界の出来事だけに、ほんとに苦しくなるくらい身につまされ、なんとかできないかと本気で入りこんでしまった。
 今年読んだエンタメ系の本の中ではまちがいなくマイベスト1にしたい。

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