水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「富嶽百景」の授業(9) 三段落 第二場面

2016年02月26日 | 国語のお勉強(小説)

 

三段落 〈 第二場面 河口村 〉 

 

 ことさらに、月見草を選んだわけは、富士には月見草がよく似合うと、思い込んだ事情があったからである。御坂峠のその茶店は、いわば山中の一軒家であるから、郵便物は、配達されない。峠の頂上から、バスで三十分ほど揺られて峠の麓、河口湖畔の、河口村という文字どおりの寒村にたどり着くのであるが、その河口村の郵便局に、私宛の郵便物が留め置かれて、私は三日に一度くらいの割で、その郵便物を受け取りに出かけなければならない。天気のよい日を選んで行く。ここのバスの女車掌は、遊覧客のために、格別風景の説明をしてくれない。それでも時々、思い出したように、はなはだ散文的な口調で、あれが三ッ峠、向こうが河口湖、わかさぎという魚がいます、など、もの憂そうな、つぶやきに似た説明をして聞かせることもある。
 河口局から郵便物を受け取り、またバスに揺られて峠の茶屋に引き返す途中、私のすぐ隣に、濃い茶色の被布を着た青白い端正の顔の、六十歳くらい、私の母とよく似た老婆がしゃんと座っていて、女車掌が、思い出したように、みなさん、今日は富士がよく見えますね、と説明ともつかず、また自分一人の詠嘆ともつかぬ言葉を、突然言い出して、リュックサックしょった若いサラリーマンや、大きい日本髪結って、口もとを大事にハンケチで覆い隠し、絹物まとった芸者風の女など、体をねじ曲げ、一斉に車窓から首を出して、今さらのごとく、その変哲もない三角の山を眺めては、やあ、とか、まあ、とか間抜けた嘆声を発して、車内はひとしきり、ざわめいた。けれども、私の隣の御隠居は、胸に深い憂悶でもあるのか、他の遊覧客と違って、富士には一瞥も与えず、かえって富士と反対側の、山道に沿った断崖をじっと見つめて、私には〈 そのさま 〉が、〈 体がしびれるほど快く感ぜられ 〉、私もまた、富士なんか、あんな俗な山、見たくもないという、高尚な虚無の心を、その老婆に見せてやりたく思って、あなたのお苦しみ、わびしさ、みなよくわかる、と頼まれもせぬのに、共鳴のそぶりを見せてあげたく、老婆に甘えかかるように、そっとすり寄って、老婆と同じ姿勢で、ぼんやり崖のほうを、眺めてやった。
 老婆も何かしら、私に安心していたところがあったのだろう、ぼんやり一言、
 「おや、月見草。」
 そう言って、細い指でもって、路傍の一箇所を指さした。さっと、バスは過ぎてゆき、私の目には、今、ちらとひと目見た黄金色の月見草の花一つ、花弁も鮮やかに消えず残った。
 三七七八メートルの富士の山と、立派に相対峙し、みじんも揺るがず、なんと言うのか、金剛力草とでも言いたいくらい、けなげにすっくと立っていた〈 あの月見草は、よかった 〉。富士には、月見草がよく似合う。


 場面  場所  河口村からの帰り道
      時   日中
     人物  私 老婆 女車掌 遊覧客


Q37「そのさま」とはどのさまか。(40字以内)
A37 他の遊覧客と違って富士に一瞥も与えず、反対側の断崖を見つめている老婆の様子。

Q38「体がしびれるほど快く感ぜられ」たのは、「私」にどういう心があるからか。30字以内で抜き出せ。
A38 富士なんか、あんな俗な山、見たくもないという、高尚な虚無の心

Q39「あの月見草は、よかった」とあるが、「私」は、月見草のどういうところに惹かれているのか。(30字程度)
A39 富士を前にしてみじんも揺るがず、けなげにすっくと立っている姿。

Q40 「私」は「月見草」をどのようなものととらえているのか。(60字以内)
A40 富士と相対峙して揺らぐことなく立っている姿から、(具体)
   世俗の価値観にまどわされない孤高の存在を象徴するもの(抽象)
   ととらえている。

  類似性・共通性の説明    a=x b=x’ → a≒b

 イメージ・性質の類似性・共通性を利用し、抽象概念を具体物で表現することを、「象徴」といいます。

  象徴  抽象概念 → 具体物 … 感覚的に理解させる表現


   富士 … 世俗の象徴
   女車掌
   サラリーマン
   芸者風の女 etc … 富士を見る →「やあ」「まあ」
    ↑
      ↓
   老婆 … 富士を一瞥もしない →「おや、月見草」
  月見草 … 世俗の価値観にゆらぐことのない孤高のもの
   ∥
   自分(が目指すもの)

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« レベル上げ(2) | トップ | 内田樹先生の文章が高校入試... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

国語のお勉強(小説)」カテゴリの最新記事