水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

純平、考え直せ

2011年01月26日 | おすすめの本・CD
 奥田英朗の最新作は、対抗勢力の組の組長を殺害せよ、鉄砲玉になれと命じられた下っ端やくざの、決行までの三日間を描く。
 主人公の坂本純平は、21歳。東松山市出身。
 兄貴分の北島には命を差し出してもおしくないと思うほど心酔し、話し方までまねをする。
 歌舞伎町を流していると、たくさんの人があいさつしたり、からかったりしてくれる憎めない若者で、純平の純は純粋の純なんだよなと思う。
 鉄砲玉を命じられた後、純平には自由な三日間が与えられる。
 その貴重な時間に、おいしいものを食べようとして、高級寿司店の敷居が高くて自分のちっぽけさを嘆くシーンとか、ナンパしたギャルに「おれ鉄砲玉になるから」と話したことがネット上の話題になることとか、「今」と「若者」を描くその具体がほんとうにうまい。
 具体を積み重ねていくことで、うらやましくなるくらいにまぶしくて、恥ずかしくなるくらいに切ない青春期の姿がうかんでくる。
 決行の日がせまる。
 つまりそれは、うまくいった場合、捕らえられて刑を償う数年をむかえることになるし、失敗すれば命を落とすことも十分ありうることで、純平自身ハラをくくってそれを成し遂げようとしているが、読者の側は、ほんとうに実行するの? 死ぬの? と思いながら読むことになる。
 もうこんな純な若者はなかなかいないよね、と純平にシンパシーを感じれば感じるほど、決行の日がこのまま来なければどれだけいいことか、という思いになっていく。
 「アンネの日記」でその日が近づくにつれて、胸がしめつけられるような思いにつつまれていったのと同じかもしれない。
 この三日間、純平はいろんな人と出会う。
 ほのかに思いをよせていた同世代にダンサーにも、少しは気持ちが伝わったという感覚も得る。
 他の組の同世代の若者と親しくなったり、昔世話になった地元の人と会ったりし、「こんな時にかぎっていろんな人に出会う」という感慨を純平は抱く。
 たぶん、ちがうんだいね。
 本当は毎日出逢っているのだ。
 いろんな人に。
 別にやくざじゃなくても。
 それに人は気づかない。
 この三日間を大事にしなきゃという思いで生きたからこそ、出逢っていることに気づけたのだ。
 死を意識した梶井の檸檬が爆弾になると本質的には同じだ。
 教訓。鉄砲玉だと思えば、なんでもできる。
 あと三日の気持ちで生きれれば、もっと人生が愛しくなる。
 それにしても手練れの作品である。
 
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