水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

パラ・スター(3)

2020年04月21日 | 学年だよりなど
  3学年だより「パラ・スター(3)」


 これだ! と思いついた百花は、走って病院にやってきた。
 病室に入るなり「車いすテニス知ってる?」と話し始める。グランドスラムもあるんだよ! と。
「車いすテニスは知っている、リハビリでやらされたから。でも、あんなのはテニスじゃない、私がやりたいのはふつうのテニスなの、だいたいツーバウンドまでオーケーって何? ばかにしないで。本物のテニスができない私に生きる意味も価値もないんだよ。モモにはわからないよ!」
 そう、たしかに自分に宝良の気持ちはわからない。事故でどんなに痛い思いをしたか、そのあとのリハビリの大変さも。そして何より打ち込んできたテニスを奪われてしまった悔しさも。
 しかし、車いすテニスをやってもらいたいとの思いは消えなかった。そしてある日、世界のトップレベルの選手が集まる大会が日本で開かれていることを知る。
 百花は自分の部屋に駆け込み、預金通帳を取り出して残高を数える。それをポケットにつっこんで、宝良の家に自転車をとばす。母親にあいさつをし、宝良の部屋をノックする。「たーちゃん、はやく開けて!」「開けてくれないと騒ぐよ」「歌い続けちゃうよ」
「いい加減にしてよ」とドアを開けた宝良に、預金通帳をつきつける。「何、これ?」
「わたしの全財産。40万ある。このお金で一緒に福岡に行こう、行ってジャパンオープン見よう。車いすの大会、ちゃんと見たことないでしょ」
「行きなさい、宝良」母親の声が響いた。
 母親の紗栄子は、娘が車いすテニスの動画を見るようになったことに気づいていた。
「宝良。これからは車いすで生活することになるって説明した時、あなた言ったわね。死にたいって。……車いすじゃ九州は無理なんてあんたは言ったけど、ばかばかしい。車いすの選手が世界各地から日本に来るんだから、すでに日本にいるあんたが会場までいけないはずがないでしょう。アジア最高の大会を見て、ここに帰ってきたその時にもまだ死にたいなら、私が母親として責任もってあんたに引導渡すわ」
 大会を訪れ、実際の試合を目にすると、宝良の顔つきが変わっていった。
 一方、百花は、競技用車いすの格好良さに目を奪われていた。


 ~ 「でもたーちゃん、世界めざすんでしょ? 日本一だって取ってやるって思ってるんでしょ? 日本一になったらパラリンピックにだって出れるよ。それでね、たーちゃん。車いすテニスの世界的選手になったら、わたしの作った車いすに乗って。それで二人で世界のいろんな大会をまわろう」
 その未来を想像して、なんて素敵だろうと思った。
 長かった冬の間、自分たちの未来にはもう希望や喜びなどないのではないかと思った。でも今自分たちは、それぞれの夢を見つけた。わたしたち二人の未来は、なんて可能性にあふれてまぶしくて待ち遠しいのだろう。 (阿部暁子『パラ・スター side百花』集英社文庫) ~


 人は未来への希望を見出して、生きる力を生み出す。
コメント
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