富岡製糸場世界遺産伝道師協会 世界遺産情報

「富岡製糸場と絹産業遺産群」は日本で初めての近代産業遺産として2014年6月25日付でユネスコ世界遺産に登録されました。

高崎鉄道少年団」来館  ~富岡銀座まちなか交流館 世界遺産学習

2016年06月25日 22時06分26秒 | 世界遺産伝道師協会

高崎鉄道少年団」来館 

~富岡銀座まちなか交流館

 

6月11日(土)富岡銀座まちなか交流館 活動日誌

「高崎鉄道少年団」が製糸場見学後来館。小学生36名・中学生17名・高校生9名・大人24名の計86名。

銀座まちなか交流館2階にて、小学5年生以上の方々に、T江康さん、T代良守さんより、配布したチラシを見ながら絹産業遺産群の解説をしていただきました。2階は少年団の皆様で立錐の余地もないほどでしたが、熱心に傾聴していただけました。終了後には一礼され「有難うございました。」と大きな声で御礼を述べられました。

1階では小学4年生以下の児童10名と大人15名が、「富岡製糸場と絹産業遺産群」の4枚のパネルを見ながらY村の解説に耳を傾けてくれました。解説後に25名の方が拍手を送ってくださったことに改めて感謝申し上げます。

製糸場のご説明をたっぷりと理解していただいたうえで、まちなか交流館で熱心に聴いてくださった皆さんに、群馬の世界遺産の一連をご理解いただければ大変嬉しいです。今後も勉強をより深め、さらに多くの皆さんに伝道活動で絹産業遺産群のご説明ができれば幸いです。

今日は群馬県気温31℃。調子の悪い児童も数名いらっしゃるとの事、心配をしています。お大事に。                           (K.Y記)

 

 

 平成28年6月7日(火)に、JROB会富岡支部長の田中氏より伝道師のY井恵美子さんに、「平成28年6月11日(土)『高崎鉄道少年団』(代表 古井戸英治、小学生36名・中学生17名・高校生9名・大人24名の計86名)一行が、上信電鉄の団体専用臨時列車を仕立て富岡製糸場見学予定。臨時列車を仕立てますので、何か記念になる事は出来ないでしょうか。Y井恵美子さんの所属する伝道師協会として何か良い案はありますか。」とのご連絡がありました。

JROB会富岡支部は、世界遺産にご理解の深い団体で、毎月1回、富岡製糸場の草むしりのボランティア活動に参加されているそうです。

Y井恵美子さんは、I川武男さんにご相談し、急な事でしたが「繭クラフトはどうか、人数・時間的に無理かな?」等々検討し、また、富岡製糸場世界遺産伝道師協会、県庁世界遺産課の皆様にもご協力ご助言をいただいて、「一人に一つぬりえぐんまちゃんと世界遺産関連のチラシをさしあげて、世界遺産の解説をしてはどうか」ということになりました。

N嶋弘さんは、ぬりえぐんまちゃんを作り一つずつ透明な小袋に入れて準備くださいました。世界遺産課の皆さんは四資産のパンフレットをご用意いただきました。当日は、チラシを袋詰めし、その袋上部にぬりえぐんまちゃんの小袋をセロテープで留めて、解説する伝道師も準備万端、お迎えすることができました。

6月11日の夜、JR事務局の岡野氏よりY井恵美子さんに「お世話になりまして大変有難うございました。子ども達も喜んでおりました。お世話になった皆さまによろしくお伝えください。」と御礼の電話をいただきました。

高崎鉄道少年団の皆様に喜んでいただけて本当によかったと思います。申し込みを受けてから限られた時間であったにもかかわらず、受け入れていただいた関係者の皆様のご協力に御礼と感謝を申し上げます。

また行ってみたいな、そんなまちなか交流館の伝道活動に繋げていければと思います。

活動伝道師は、T江康、T代良守、Y村和子、Y井恵美子、I川武男、U原一美の6名でした。                       (E,Y・K.U記)

 

 

 

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6月5日ばら園での世界遺産伝道活動報告

2016年06月25日 16時36分54秒 | 世界遺産伝道師協会

6月5日ばら園での伝道活動報告

 

6月5日(日)、天候には恵まれましたが、バラ園のバラの花は数日前の雨等と満開も過ぎ、花の数、来場者も少なく感じました。

 バルコニーでの「桑の木クラフト」では準備が済むと同時に来場者が見えられるのですが、今回は少し遅いスタートとなりました。午前中前にいらして作られた方がお知り合いをお連れになり、A見伝道師とお話ししながら、また、一つ思い出づくりをされておられました。

 いらした方とA見伝道師との会話から、私は群馬の事を学ばせて頂いております。

他のベンチでも親子でいらした方や多人数のグループでいらした方など世界に一つのお守りの出来上がりで喜んで頂きました。

お守りの乾くまで館内の「座繰り体験」をご案内致しました。

 館内では来場者方々の座繰り指導と解説をK井伝道師、K川伝道師が活動致しておりました。

座繰りを体験された方には体験分を記念にお持ち帰り頂きました。 

     

今回はK井伝道師がご自分で育てておられる「お蚕」を持って来て頂きましたので、初めて「お蚕」をご覧になった方も良い体験になった事と存じます。

午後3時頃いらした方などは時間がなく、半乾きのお守りを手にかけて、お帰りになられました。

秋にまた、御座いますので、おいで下さいとお話を致しました。

 県内をはじめ、東京、秩父、千葉、新潟、栃木等各地から87名、体験されました。

 世界遺産登録、「世界のたからもの」の仲間入りをして2年、

群馬県の世界遺産に多くの方々に来て頂ける様、伝道活動が大切と存じます。

 本日の活動参加者はK井伝道師、K川伝道師、A見伝道師、T平の4名でした。

                         (K.T記)

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 6月4日(土)富岡銀座まちなか交流館 活動日誌・富岡製糸場の元工女さん「N尻照子さん」のお話

2016年06月24日 20時24分05秒 | 世界遺産伝道師協会

富岡製糸場の元工女さん「N尻照子さん」のお話

                          ~「富岡銀座まちなか交流館」

  6月4日(土)富岡銀座まちなか交流館 活動日誌

平成28年6月4日(土)「富岡製糸場を愛する会・絹ごよみ」にご挨拶に伺ったI川さんより、「今、絹ごよみに、N尻さんという元工女さんが話をしているから聞いてきては」というお話しがあり、当日伝道活動者3名で「絹ごよみ」に伺いました。N尻さんは「主人にお昼の用意をしてから銀座まちなか交流館に行きお話ししますよ。」とおっしゃってくださいました。

富岡市観光おもてなし課観光振興係係長代理のM川歩さん、西毛地区地域おこし協力隊富岡市担当のM恵美子さんも加わり、伝道師4名の計6名で、N尻照子さんのお話しを、改めてお伺いさせて頂きました。

 

 日時 平成28年6月4日(土)/場所 富岡銀座まちなか交流館

 内容 富岡製糸場元工女 N尻照子さんのお話

 お名前は、N尻照子さん。年齢は、大正15年12月生まれ、平成28年12月で90才。富岡市内在住。韮塚直次郎さんが大家さんの築150年の家に、リフォームを行いながら、ご主人と二人でお住まいになっている。

 昭和16年、16歳で片倉製糸に入社し、33年間働いた。実習養成期間は3か月。寮生活を過ごした。部屋は一人あたり1.5畳の広さで、出身地区により部屋は分かれていた。地方出身者は寮に訪ねてきた家族を泊めることができた。

 夏は窓が開けられないため蒸し暑く、梅干しを食べながらの仕事中の水分補給は10時・12時・3時だけだった。一番大変だった事は、さなぎの匂いがきつい事で、繭を煮る匂いに慣れるまでは大変だった。私は大丈夫だったが酢酸を使うので手が荒れる人もいた。

 洋裁・和裁を習い、夜は卓球やダンスをして過ごした。時には食堂でダンスパーティが開催された。富岡市内にも映画館はあったが、上信電鉄の電車に乗って高崎に映画を観に行った。貫前神社境内の木に、かえるの形をしたものが出て、お参りに行く人も多かった。

 普段着は着物で、片倉製糸の制服のセーラー服は素敵だった。富岡市内「高田食堂」のカレーライスや、「富士屋」のあずきアイスやあんみつを食べた。

 昭和20年8月15日の天皇陛下の玉音放送のお言葉は帰省先の自宅で聞いた。お盆休みは8月15日を中心に1週間で、休みあけには、製糸場に行き、いつも通りに製糸の仕事をした。戦争中ひもじい思いは感じなかった。すいとんや雑炊の記憶はなく、きちんと食事が付き、通いの人も昼食を食べていた。

「絹ごよみ」で富岡製糸場を愛する会婦人部長のU原さんからいただいた「富岡小唄」の歌詞をお渡しすると、「この歌は製糸場で働いていた頃に歌いました。私は民謡を32年間習っています。」とおっしゃって「富岡小唄」をはっきりとしたお声で歌われた。

(「富岡小唄」歌詞6番まで記載有・歌詞1番「響くサイレン富岡製糸 糸の日本国最初の工場よ 競う甘楽社生糸で誇り 共に自慢のセリプレン」…以下略) 

 

N尻さん、貴重なお話しを有難うございました。戦争中片倉製糸は社員を守るため、食糧確保に日夜奮闘したことだろうと頭が下がる思いです。お話し後、何もつかまらず3メ―トル程度歩き、外出時のシルバーカーを押してゆっくりと歩行する後ろ姿はとてもしっかりとしていました。「又来ますよ」とおっしゃっていただき、「又逢いましょう」とお約束しました。

富岡市観光おもてなし課観光振興係係長代理のM川歩さんは、「富岡小唄」の歌詞をコピーして皆さんに配ってくださいました。西毛地区地域おこし協力隊富岡市担当のM恵美子さんは、N尻さんのお話しをお聞きしたその場でフェイスブックにアップし「今、数百名の方が見ています」と教えていただきました。M川さん、Mさん、本当に有難うございました。

活動伝道師は、I田みち子、Y村和子、I川武男、U原一美の4名でした。

            (日誌・N尻さんのお話し I田みち子 記/構成 U原一美)

 

 

  後日談「富岡小唄」について

 

 N尻照子さんが歌われた「富岡小唄」について調べてみました。

 「絹ごよみ」でいただいた歌詞には、「割烹ろばた焼き いちの家」という記載と、電話番号がありましたのでお聞きしました。いちの家さんの奥様のお話しです。

「この歌は100年以上前の歌です。まちなかで盛んに歌われていたそうです。6番まで歌詞を記載していますが16番くらいまであります。私がなるべく皆さんに知っていただきたく思い、当時の芸者衆に教わり、親戚の盲目の歌手大島彰さんに歌っていただきCDにしました。CDは探してみないと…。全ての歌詞も手元にはないのです。」ということでした。後日「いちの家」さんで、CDとカセットテープと譜面を見せていただきました。

 群馬県立図書館で調べてみました。「富岡小唄」の同じ題名歌はありましたが、歌詞は全く違います。司書さんにも探していただきましたが、この「富岡小唄」の詳細は見つかりませんでした。司書さんより「この富岡小唄の歌は貴重ですので、保存したいので一枚いただけますか。」とお話しがあり、コピーしたものを差し上げました。

 『群馬県民謡』(群馬県教育委員会編 昭和四十四年三月)「あとがき」に、「昭和初期の民謡ブーム時代には…県下各地に沢山の新民謡が生まれました。…大家の手によるものが多いのに驚きます。…一七二曲のうち古くから伝わる「民謡」は僅か数曲しかありません。…生まれ変わっては伝えられ、伝えられてはまた変わる…ということを繰り返して生き残ってゆくもの…民謡はこうした歴史をもつものです。」とあります。

いちの家さんが現在に「富岡小唄」を残してくださることは、本当に貴重な事と思います。

             (6月14日調査 I田みち子、U原一美/U原一美 記)

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初めての蚕種製造体験

2016年06月23日 19時00分16秒 | 世界遺産伝道師協会

初めての蚕種製造体験

 

伝道師が各地のイベント会場等において活動している中で、蚕の生態等について質問され回答に窮する場面が時々あります。

こうしたことから、協会では伝道師の養蚕知識や技術の向上を図るため、これまでも現地学習会や各種講習会などを開いてきました。しかし、蚕(幼虫)となる「蚕種」(蚕の卵)については、これまで全く学習する機会がありませんでした。そこで県蚕糸技術センターにお願いし、蚕種についての学習を兼ねて製造体験をさせて頂く事となりました。

会員から希望者を募ったところ、10名の応募があったため、3班に分かれ前期・後期にわたり3時間ずつ行うこととし、前期(6月10日・11日)に繭切り作業、後期(6月20日・21日)には蚕(蛾)の交配・割愛作業を体験しました。

まず、繭切りは種繭切開機では対応できない小石丸などの小型繭の片端をカッターナイフで切りとり、中のサナギを取り出して羽化し易いようにするための作業です。カッターナイフを使用して行うため、指を切らないようにすることと、繭の中の蛹を傷付けないように細心の注意を払いながらの作業でした。

(繭霧作業)

繭切り作業の合間を見て、蚕糸技術センターの須藤独立研究員から蛹の拡大図を使って「雄雌鑑別」の仕方などを教えて頂きました。

(雌雄鑑別法の説明)

雌雄鑑別は、蛹の腹側の第11体節(お尻の辺)の形状を見て行いますが、中々、雌雄の判別が難しく熟練の技を必要とすることが分かりました。

(交配)

次に、蛾の交配・割愛作業ですが、雌雄鑑別の終わった蛹が羽化して蛾になったものを系統別(原種別)の雄と雌を掛け合わせして一代交雑種をつくる作業です。品種を間違わないようにするため、指定された雌蛾の中に食紅で青や赤に染めた雄蛾を振り込み、交配させます。この時、蛾が威勢良く羽ばたくことから鱗粉が部屋中に飛散するため、暑い部屋の中でマスクを着用しての作業で大変でした。交配をしてから約2時間経過した後、割愛(交尾している雄雌蛾を離すこと。)して雌蛾を産卵台紙に移すと間もなく産卵を始めましたが、一昼夜で産卵を終えるとのことでした。(※因みに、日常的に使われている「割愛」(惜しいと思いながら、捨てたり省略したりすること。)という言葉は、この養蚕用語から使われるようになったと云われています。)

 (割愛作業1) (割愛作業2)

蚕種製造体験も3時間(前期)+3時間(後期)という短期間ではありましたが、今までこうした機会がなかったため大変貴重な体験となりました。これからは、この体験で得た知識を伝道活動に活かして行きたいと思います。

このような体験の場の提供と業務繁忙の中で種々、ご指導して下さった県蚕糸技術センターの皆様には大変お世話になりました。     (蚕種製造体験世話人 M.M 記)

 

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絹遺産研究会リポート』第6号

2016年06月20日 22時12分02秒 | 世界遺産伝道師協会

絹遺産研究会リポート』第6号

 

6月14日(火)13:30から第6回目の研究会を、県庁舎14階141会議室において発表者K掛川伝道師を含めた7人で実施しました。

 

 今回は、K川伝道師から、「富岡製糸場(木骨レンガ造)と妙義神社の御神木考察」と題して、

今なお其の威容を誇る旧富岡製糸場の建設用材として、妙義神社付近の杉材が多数用いられた時代的背景等について、客中雑記、群馬県蚕業史等といった基本文献や、地元出身の地質学者の論考等を含めて新たな視点から考察を加えた、興味深いお話を伺うことが出来ました。

 

御神木といわれる杉材の採木を巡る地元住民との軋轢や解決のための方策、運搬の様相等これまで余り語られることのなかった点についても、研究成果の一端をお話いただくことが出来ました。

 

これまで、官営模範製糸工場建設が群馬、富岡の地に決定した理由として5つの理由が語られてきましたが、「建設資材調達の利便性」もその要素に加えてもよいのでないかとの提言もいただきました。

 

今回も、富岡製糸場建設は明治新政府の近代化政策の礎(いしずえ)をなすものであり、国家としての威信を国・内外に示すための一大事業であったことに思いを致す機会を改めて与えていただいた研究会となりました。

 

(A.T記)

 

 

 

 

 

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