■ 毎年秋になると南木佳士の作品を読みたくなる。『冬物語』を再読した。
**時の流れとは、老いと病と死だけを運んでくるものなのか。**(「空の青」44頁) こんなくだりが沈んだ心に同調する。
本書に収録されている12編の短編の中では「ウサギ」が好き。
**「ウサギは淋しいと死んじゃうってのはほんとかなあ」**家族との夕食の席での会話から、主人公の私は小学生の時の出来事を回想する・・・。
**「(前略)あなたさえいなければ、私はこのクラスで理想の教育ができると思うのよね」**(124頁)と、担任が涙を流した。問題児ではあったが、学業では誰にも負けないつもりでいた私。
四年生の秋に転校生が来た。清子という名前だった。容貌の愛らしさだけでなく、学業成績でもクラス全員の注目を集め、体育で五十メートル走をやれば新記録。
ある日私は清子にいたずらをする。学校で飼っていたウサギを清子のランドセルの中に入れたのだ。清子は全く気づかずにランドセルをしょって下校していった。
予想に反して、何もなかったかのように清子は振舞う。彼女のふところの深さに対する憧れの念。初恋だった。
中学にあがる春、清子は転向していった。
やがて東京に出て進学校と呼ばれる都立高校に進んだ私。浪人して通い出した予備校で私は清子と再会する。張り出された模試の成績優秀者に清子の名前があったのだ。
**「だから、とてもなつかしいんだけど、こうして会うのは今日だけにしましょうね」**(132頁) 一回だけのデート。
**清子が帰りを急いだので、二十分そこそこで喫茶店を出て御茶ノ水駅で別れた。東京方面に向かうホームで清子は一度だけ手を振った。とってつけたような笑顔が、なぜかとても淋しそうだった。**(133頁)
春が来て、清子は東京の難関大学の医学部に合格、私はようやく東北の新設医学部へ。
医学部五年生の冬休み。帰省した私は小学校の同級会に出席する。**「なあ、中川清子っていうかわいい女の子がいたんべ。あれ、去年の夏、神奈川の海で死んだっつうぞ」**
**「ウサギは淋しいと死んじゃうっていう話だけどなあ、そういうのってたぶんあると思うよ」**(137頁)
好きだなあ、こういう淋しい小説。