透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「阿弥陀堂だより」再読

2015-09-11 | A 読書日記



 『阿弥陀堂だより』文春文庫を再読した。秋、物悲しい気持ちになると南木佳士の作品が読みたくなる。

孝夫は稼ぎのない作家。妻の美智子は内科医で母校の大学の非常勤講師と都立病院の内科医長を兼ねていて多忙な日々。ふたりは高校の同級生。

美智子が恐慌性障害となって3年目になる頃に発作の誘因が東京の都市環境そのものであることが分かり、ふたりは孝夫の生まれ故郷の信州の山村にUターンすることに。

村の広報に掲載されていた「阿弥陀堂だより」は村外れの阿弥陀堂を守り暮らすおうめ婆さんの暮らしぶりを役場の若い女性職員、小百合さんが書いていた。

主な登場人物はこの4人。

美智子は田舎暮らしを通じ、またおうめ婆さんの「(前略)南無阿弥陀仏を唱えりゃあ、木だの草だの風だのになっちまった気がして、そういうもんとおなじに生かされてるだと感じて、落ち着くでありますよ。(後略)」(169頁)といった生活観に触れて次第に心の健康を取り戻していく。

一方、孝夫は農作業を手伝ったりしながら、やはり山村暮らしに馴染んでいく。

淡々と進む物語だが、唯一小百合さんが肺炎を起こして容態が悪化、よくなるか死亡するかは五分五分という病状になってしまうという展開にはハラハラ。

病状が好転して「なんとかなりそうよ」と治療にあたっていた美智子が夫の孝夫に語る場面では、涙がぽろぽろ。

**理屈はあとにして、手足をフルに使って人間らしく生きる基本の食料を自給してみる。大地に足を着けた生活の中から、ほんとに頼りになる言葉だけを選び出して小説を書く。**(230頁)

一年暮らして孝夫は抱負を膨らませる。

この作家の作品は心に沁みる良薬だ。



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