“父が逝ってから、八年が過ぎた。いまだに三姉妹が集まれば、優しかった父の話題になる。次女の私は、特別に父に大事にされていたという自信があり、二人の間には秘密があった。
うちは妹が生まれてすぐに、母が雑貨屋を始めた。駄菓子も置いてあり、友達の家に遊びに行くときは、持たせてくれたのだが、ほかのお店屋さんで買い物がしたくてたまらなかった。そこで、郵便局に勤めていた父の元へ。裏口から「父ちゃん」と呼ぶと、奥の方からにこにこ顔で、ズボンのポケットを探りながら出てきて、二十円をくれる。もちろん母にも、姉、妹にも内緒。私だけ特別だと思っていた。ところが、父が亡くなり、しばらくしてそのことを、ちょっと自慢げに「実は」とカミングアウト。
すると、姉と妹は「ええっ、私も」。三人が代わる代わる、父の元へ行っていたらしい。母は「初耳」と驚くし、改めて「やっぱり、父さんすごいわ」三人に同じように愛情をかけて、大切に育ててくれたんですね。
お盆には、来てくれていたのでしょうね。相変わらずかしましい娘たちの姿を、あのにこにこ顔で見ていてくれたのでしょうね。”(9月5日付け中日新聞)
三重県南伊勢町の主婦・木本さん(63)の投稿文です。カミングアウト???・・・この言葉を知らなかった。調べてみたら「白状、隠していたことを表明する」とあった。なるほど、この話はまさにカミングアウトである。父親が自分だけにこづかいをくれていた、それを明かしたのである。子供である。こづかいのことは大事である。自分が父親に一番愛されていた。これは大きな自信であったろう。それを父親が亡くなった後、姉妹に明かしたら、皆そうであった。がっかりすると共に父親の愛を知った一瞬である。父親としてはしてやったりであろう。面白くも良い話である。多くの親とはそういうものである。普通の時にはいろいろあろうが、いざという時には皆同じように可愛いのである。
ボクは高校時代から父親との関係は悪くなっていった。それが長い間続き、結婚しても別居になった。父が余命幾ばくもないと聞かされ、ボクが謝って同居した。余りにも遅かった。父が亡くなって、父の話を思いがけない人から聞くことが度々あった。やはりそこには息子に対する期待と愛情があった。子供とは愚かな者である。ボクには悔いがある。木本さんはこのようなカミングアウトで、幸せであると共に親孝行であったと思う。
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