武内 ヒロク二

このブログは、武内ヒロクニの絵の紹介や、家での出来事を妻が語ります。
日々、徒然。

正月はまだだよ。(色鉛筆作品紹介532) と アライグマでなくアナグマだった!?

2019-11-27 15:51:03 | Weblog

この絵は、ヒロクニさんの気に入っている作品です。

私は、「福笑いか?」と。

「正月には、ちと早いよ!」とつっこみを入れたくなる絵。

この絵のタイトルも「その日暮らし」となっていて、

貧乏の暮らしを自慢しているのか?と思っていた。

「その日、その日の暮らしの在り様の事」だと説明された。

しかし、一般的に、そんな風にとらえる人がいるのか疑問に思ったのでした。

私は、この絵のスタイルをみたら、「福笑いの絵は、どうしたの?」等と、

ヒロクニさんに言いそうである。

 

少し寒くなったけれど、まだ本格的な寒さはまだで、今年は暖かい。

ヒロクニさんは、冬が苦手で、とても嫌いである。

まだ、寒さは、ましなのに、朝起きたら、冬の悪口を延々言っている。

その言葉を聞くと、「また、文句いって・・・。」と私は一言もらす。

聞く度に、「また、文句言っている。」「文句言っている。」「文句言っている。」「文句言っている。」と、言っていた。

そうしたら、夜食事が終わって、ヒロクニさんは食器を洗いながら、

「何が、文句やと。笑わせやがる。お前に、セルニアス・モンク(JAZZのミュージシャン)が、分かるんかえ!

モンク、モンクと言いやがって!ハハハ、笑ワセヤガル。ハハハ・・・・。」と、

食器をガチャガチャしながら、1人で文句言いながら、独白しているのである。

なんといっても、「ハハハ・・・。」という、嘲笑しながらの笑い声が凄い。

珍しい動物を見ているような気持ちでしょうか?

まあ、なにより元気そうでよろしい。

ヒロクニさんって、年取っても枯れないタイプなのでしょうか?

近頃は、ヒロクにさんに関しては、私も何でもよしという感覚になっています。

なんか、ヒロクニさんの行動とか言動って、一歩引いてみたら、

すごく面白いのです。

面白味のある人と結婚してよかったと思う時があります。

飽きがこないというか、フフフ・・・とほくそ笑む楽しみがあるというか・・・。

我が良人は、変な人であります。

 

 

先回のブログで、「アライグマは穴を掘る」と書きましたが、実は、「アナグマ」だった。

ピピちゃんが夜、窓際でグルグルという声を出して何かを見ていたのです。

もしかして・・・・、今、アライグマが来ている?

と思って懐中電灯を取り出して、見てみると・・・・・、

豚のように太った、薄い茶色で覆われた、なんともみっともない顔の動物が・・・・。

調べてみると、あの丸っこい足跡は、アナグマだった。

道理で、庭に穴をたくさん掘るのかも分かった。

アライグマ↓ こういうのと思っていたのが・・・・

 

アナグマ↓こういうのと分かった時、少々吃驚した。

こちらの写真のアナグマは、とても毛並みがきれいで、目鼻がはっきりしているが、

我家に現れたのは、毛のつやもなく、目の所の模様も、もっと縦長で細長く、色も薄いので、

なんか得体の知れないものを見たような感じでした。

それに図体も大きい。丸々と太っていて、豚かな?と思ったくらい。

窓際に来たのは、油粕の肥料を食べる為に来ていたようで、袋の口から多量の肥料がぶちまけられていた。

調べてみたら、穴を掘るのは、地中のみみずや、黄金虫の幼虫が好物らしく、それを探して食べるためだそうです。

我家の庭は、↓

↑こんな風に穴が空いていて、数えると現時点で32個の穴が・・・・。

調べていくと、このアナグマは、イノシシより癖が無く美味しいらしい。

ジビエ料理として人気のお肉のようです。

畑の方は、目撃していないので、アライグマと思いこんでいるので、報告をしたわ。

アナグマの話をヒロクニさんにしたら、「クマの話は止めて・・。」と言われてしまいました。

絵の話をしたいのでしょうね。

 

最後に、窓際にいるピピの写真を・・。

この場所で、夜、アナグマを見てグルグルと唸っていました。

ピピと共同で、犯人を突き止めました。

「しっかりと見たよね。」と、お互い目配せして、その後、「でかした!ピピ!」という感じで、

私が、ピピの頬にスリスリしたのでした。

 

 

 

 

 

 

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細胞のダンス(色鉛筆作品・紹介530、531)と アライグマは、穴を掘る

2019-11-18 16:29:03 | Weblog

どっちが上下か分かりにくかった絵。

サインがあったので、「こっち向きね。」と判断できました。

この手が付いている人型の形は、最所のメモの段階では、1本の線でした。

ヒロクニさんから「この線で出来た形、いいと思うのだけど、どう思う?」と聞かれたことがあるので、

とてもよく覚えている。

どちらかというと私も視覚的な人なので、人の名前などはすぐ忘れるが顔はしっかり覚えているタイプ。

通勤している時も、何となく人を眺めているが、行きで見た顔が、帰りの電車でも一緒になると

すぐ思いだし、「朝の車両でも、帰りの車両でも一緒なんて、すごい偶然・・・。」等と1人で感心します。

この手付きの人型は、線の状態から太ったり、痩せたり、大きく描かれたり、小さくたくさん描かれたりを

繰り返しながら、アトリエで増殖していました。

この絵では、アメーバーのような細胞が、喜びのダンスを踊っているような感じがして、

この絵を見るとクスッと笑ってしまいます。

そして、ちょっと元気がでるような感じがします。

描く当人は、いつも苦虫を噛み潰したような顔で描いているのですが・・・ね。

 

その他のメモもあり、変化がわかるように紹介したいと思います。

↑こんな形のメモがありました。

なんか可愛いと思いましたが、ヒロクニさんに「可愛い。」と言うと、

「女はすぐ可愛いとか言いやがって、可愛いって失礼だ!」と言われるので、

「何か弾けてるね。」と言いました。

 

↑2枚目のメモ。

こちらは、街の絵バージョンの四角い窓のようなものと、色使いが落ち着いてシックな感じに。

ヒロクニさんの画風にどんどん近づいていっているという。

このようにメモは、同じものが自分にピタッとフィットするまで、

いつも書き続けられ、それが本格的にタブローに移行するのにちょっと時間がかかるようです。

しかし、大体80代の画家になると完成されていて、完成されているゆえに同じスタイルを続ける画家が多いと

思うのですが、ヒロクニさんはまだまだ新しいものも生み出したいようで、

仕事台にへばりついています。

このメモは、いつ本格的に画面に登場するのか?

楽しみにしています。

 

 

ヒロクニさんの横で、何故か忙しいわたし。

柿の収穫や、土の再生(これが意外と時間がかかる。土を乾かして根を除く作業に根気がいる)、

食事の支度に、おやつ作り、あとヒロクニさんのマッサージと話を聞くこと。

これだけで、筒一杯。

刺繍の時間もあまり取れなくて、ちょっと残念な日々。

その上、アライグマが我家にも出没するようになって、

いつもチューリップの球根が堀上げられていて、

土の上にコロンと球根が2、3個転がっている。

庭に穴を掘るようで、庭も凸凹だ。

お隣の畑では、農作物がやられているそうで、夏はトウモロコシが全滅だったそう。

始めは、アライグマ???あの可愛い顔の???と思っていたが、

話をよく聞くと、「可愛いとかいうけど、良く見たらおっさん顔してるんよ。」と、

捕獲された方は言っていた。

いかに家の庭でもアライグマが悪さをしているか!という話をすると、

ヒロクニさんから「アライグマの話はやめてくれ!」と言われてしまいました。

わたしが育てている花や野菜の近くを穴ぼこだらけにされるので、しきりにヒロクニさんに訴えていたのだろうか?

そんなにひつこく言っただろうか?

自分のことはよくわからないのであった。

 

↑これが、アライグマの足跡です。

この日は、足跡だけですが、翌日は穴掘ってあって、キャベツと白菜の苗が横倒しに・・・。

猫と違うところは、猫より足跡が大きく、足型がくっきり残っているところ。

(畑の方から教えてもらいました)

 

↑アップで。

丸っこい足跡なんです。

そしてくっきりと足の形がしている。

これが、アライグマの足跡なんですって!

なんか朝起きてこの足跡を発見すると、なんか疲れるのです。

 

 

ピピやんが喉を鳴らして座っています。

まばらな黒と明るい茶色の猫ちゃんなんですが、顔が特に黒いのです。

いつも「ピーちゃん、顔黒いね。」と、顔を見るたび言っています。

他には、「ぴーちゃん、顔に模様が集中して・・・・。」とも言います。

 

アライグマ、おっさん顔・・・。このフレーズが頭にこびりついています。

トホホ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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女性像(色鉛筆・作品紹介531)と 民族音楽から「男の美学」

2019-11-11 18:17:23 | Weblog

この絵は、左の目が黒く塗られていましたが、急に目の下に四角い形が加筆され、

ヒロクニさんによって額に入れられ、台所に飾られています。

長い間、ただのメモでしたが、加筆され作品になったようです。

最近、ヒロクニさんは台所で寝るようになって、すごく邪魔な状態。

押入れをベットにして寝ていたのだが、その部分を油絵の絵を置くスペースにしてしまい、

はみでたヒロクニさんは、台所で就寝していたのだが、寒くなってから非常に邪魔になった。

台所は、毛布の置き場になり、足元が寒いと言って、自身のジャケットやら皮のコートをかけているのです。

朝起きて、珈琲を飲むのも、なにやらスペースを確保するのも難儀なことに!

家で居心地良くしているホームレスのような感じがする。

私は、さしずめその妻か・・・・。なんか恥ずかしいのであった。

「寒い!冬寒い日本はなんて嫌な国だ!」と、日本以外の寒い国を知らないヒロクニさんは云う。

「植物の育て方では、近畿地方は暖地なんだけど・・・」と、疑問に思う私でした。

「お前の好きなフランス文学があるフランスの冬は、もっと寒いのを知らないのか?」とも言いたくなる。

ドイツはもっと寒いし、イギリスも緯度は北海道と同じ位だし、まだ日本はましだと思うのですが、

世界を知らないとこういうことになるのでしょう。

(私も、海外旅行は、返還される前の香港、マカオ、韓国しか行ったことがない。

何故、ヨーロッパに行かなかったと悔やんでいます)

長袖の綿シャツを3枚重ねして、靴下も履かないヒロクニさんをジロリと見る。

夏の裸足、上半身裸が好きなのはわかるが、季節は君に合わせてくれないよ。と、横目でみています。

 

寒くなってから、ヒロクニさんは、採集された部族の音楽をよく聴いています。

1つは、「SUFI」というグループ。

このCDは、大阪のアメリカ村の雑貨店で買ったもの。

中近東の音楽。

↓もう1枚は、ブライアン・ジョーンズが採集した「ジャジューカ」というアルバム。

こちらは、ブライアン・ジョーンズがモロッコに行き、現地で録音したものに、スタジオ処理をして完成させたアルバムです。

彼の死後、発売されたものであります。

この2枚のアルバムが、繰り返し鳴り響く我家。

この音楽を聴きながら、「男の美学がある。」と。

「本来、戦いとかが神聖なものであったのが、聴いていてする」とも。

私は、民族音楽から「男の美学」が飛び出てくるのを、非常に面白いと思い、

そんな感じ方をするヒロクニさんを、尊崇の眼差しで見てしまいました。

「男の美学」は、ストイックな精神から生まれてくるような感じでしょうか?

そういえば「ダンディ」の語源である「ダンディズム」というものを生み出したのは、イギリスだ。

究極のオシャレは、やせ我慢のようなもので、楽々は、オシャレから遠ざかっていくという。

反対に「女の美学」というのは?これといって、語るべきような精神が形成された形跡はない。

しかし、1つ思いつくことがあります。

かぎ針で編み物をしていた時に、アイルランドレースってすごいなぁ~と思っていた時に、

アイルランドで凶作が起こり、飢えが深刻になっていた時に、アイルランドの女性達が、

必死で美しいレースを編み、多量のレースを輸出して外貨を稼ぎ、凶作を乗り越えたという歴史を知った。

これこそが、女性のしたたかさであり、縁の下の力持ちというか、「妹の力(いものちから)」ではないでしょうか?

日本の民族学者、「遠野物語」で有名な柳田國男氏も‘妹の力’についての著述もあり、フムフムと思うのでした。

ヒロクニさんと散歩で、柳田國男の生家へ行った時に、ヒロクニさんからいろいろ教えてもらったことがあります。

小さな家で、その小さな家での在り方が、柳田國男が研究することの原点になっているとレクチャーを受けたでしょうか?

 

我家は、昨年の春の終わりに植えた、里芋と山芋(短いタイプの自然薯)の収穫をしました。

↑夏はこんな感じで成長していたもの

掘ると、固まりになって山芋が出てきました。

ひっくり返して写真に撮りました。

↑バケツに入れました。

昨年は失敗したので、2度目の挑戦でした。

買ったものより、煮ると軟らかく出来上がります。

我家では、ごぼう、にんじん、しいたけ、大根、鶏肉、たけのこで、筑前煮のように煮ます。

 

↑こちらは、自然薯。短いタイプのものを植えました。

こちらは、土の入っている袋に、2本づつ植えてみました。

1つの種芋から2つに分かれたものがあります。

一応、育ったのね。ほっと一息入れています。

腐っていたらどうしようと、掘り出す時、ドキドキ、ハラハラしていました。

 

風邪を引いてしまって、ちょっと寝込んでいました。

風邪でしんどい上、台所で寝る幸せなホームレスさんがいるし、どんよりとしていました。

それでも、ピーちゃんが可愛さで癒してくれます。

↑ヒロクニさんが、台所で寝ているせいか、アトリエでピピちゃんが寝ています。

「ピー」って呼ぶと、そそくさと出てくるので、そっとアトリエを覗いて、写真を撮りました。

 

 

 

 

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メモ(作品紹介530)と わたし風の祈り

2019-11-04 12:50:10 | Weblog

朝、ヒロク二さんから「このメモ見てみて。」と言われて、見た中の1枚。

そして「どう?」と聞かれる。

こういう質問に答える時、頭がショートしそうになる。

目は見たものを捉えて、なんらかのことを思っているが、それを言語化する時に、

パッと言葉が浮かばないのだ。

「あ、え、う・・・。」と言葉にならないものが、脳の中を行き来する。

パッとようやく出た言葉は、「線が、何となくシンプルに感じるかなぁ~。」

現在、ブログを書いている今は、3時間経っているので、線と白の際がはっきりしてきていることや、

その他のメモは、勢いがあるかな?等と、感じたことがじわじわ浮かぶ。

これからは、「答えるのに時間を下さい!」と正直に言おうと思いました。

このメモをは、ヒロクニさんの絵の中では、「子供が描いたような絵」の部類に入ると思います。

以前、画廊に作品を収めに、ヒロクニさんに代わって持っていったことがあり、

「その作品のタイトルを考えて付けといて。」と言われていたので、

絵を取り出して、電車のホームで絵をじっと見ていた。

あるご婦人が、「この絵は、何歳の子供が描いた絵なんですか?」と聞いてきた。

その時も、とっさに反応できず、「あ、わ、わ・・・」となり、

「あのう・・・、この絵は78歳の人が描いたのですが・・・。」と言ったことある。

ご婦人は、えっって顔をされ、非常に丁寧に「それは、申し訳ありませんでした。」と言って、

非常に控えめに遠ざかっていったのでした。

ヒロクニさんの絵って、本当に子供が描いた絵と思う人がいるのに、驚いたのでした。

この絵に描かれている顔を見ていると、やっぱり女性かな?と思ったりします。

人物ではないのですがネ。

 

庭では、知らないうちに新しい場所でツワブキが育っていたようで、驚きました。

他の場所で咲いているフキの種から繁殖したようです。

ツワブキの種は、タンポポのようで、花の数だけタンポポの種のようになり、毎年フワフワ飛んでいるのを

見ていましたが、知らないうちに成長していたようです。

花が今は少ない時期なので、ツワブキの花が咲くと、とても目立ちます。

 

 

時々、お祈りをすることがあります。

お祈りと言っても、わたし風で変なのですが、やり方があります。

これまでしたお祈りのことを書きます。

近年した「お祈り」は、東北の震災の時。

はやく、普通の生活に戻れますようにと云う漠然としたものではなくて、

気持ちがくじけそうな時に、嬉しいたよりがまいこんできたり、

もう絶望と思いかけていたところに、いい人とめぐり会い運気が上昇していくとか、具体的にするようにしています。

実際にそれが起こったとして実感をありありと感じるという風に祈ります。

実感をありありと感じるという風になるまで、ちょっと時間がかかる祈り方であります。

(だだ、効果があったのかはわかりません)

 

ピピちゃん(猫)が来た時も。

里親さんから「怖い目にあったのか、だっこもできないかもしれませんが・・」ということを

聞いていたので、ピピちゃんは安心が必要なんだと思い、

ピピちゃんを抱きながら、自身が安心を感じる情景をイメージして、

「安心の気」にピピちゃんが包まれるようにイメージして、安心を体感してもらうという感じのお祈りです。

そのせいかは分からないが、ピピちゃんは、今や自分から膝に乗るし、撫でてもらうのが好きで、

抱っこも、今までの猫達よりもすごく好きなようです。

いつも機嫌がいいというか、四六時中ゴロゴロいう猫ちゃんに成長しました。

 

最近では、ヒロクニさんが付けているストーマ(尿路袋)が、何度もやっても洩れるという自体が

発生し、洩れるのが4回目になった時、「ストーマが洩れませんように!」と、ヒロクニさんの目の前で、

「ここまで原因不明だと、祈るしかないよね。」といって、ストーマの前で祈りました。

ヒロクニさんも「そういうことになるよね。」と言って、笑っていた。

しかし、洩れたのです。

やはり「お祈り」は、普通に「お願いします。」じゃなくて、

わたし風のありありと実感が出来る風のやり方でなければ効かないのかもしれない。

ストーマのことで、2人とも夜中に起きているので、寝不足気味なった。

 

急に、「しなくっちゃ」と思い立ち、わたし風のお祈りを時々します。

祈りというより、イメージの応用のような感じかもしれません。

お祈りの対象となったピピちゃんです。

↓羽根布団を氷山のようにして、ピピを布団に埋めた時の写真です。

 

 

気に入ったのか、ここから出てこなくて、ジーとすること30分。

ヒロクニさんと「ピー、布団にずっといて、出てこないよ。」といったら、

「ピーは、変な猫だね。」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

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