みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

時が近づいている

2017年11月20日 | ヨハネの黙示録

ヨハネの黙示録 1章1−8節

 日曜日の朝には日の出を眺めることができ、詩篇19篇5節の「花婿のように 太陽は部屋から出て 勇士のように 走路を喜び走る」とのことばを思いました。ところが、この時期の当地の天候は簡単なものではありません。黒雲が空を覆ったかと思うと雨が降り出し、雨が上がると今度はまた青空が顔をのぞかせ、……こんなことを昼の間何回も繰り返していた一日でした。

 「みことばの光」では、きょうからヨハネの黙示録を読み進めます。聖書の最後に位置するこの書は、書名からして謎めき、簡単に近づいたら恐そうな印象があります。読む前に、「よしっ!」と覚悟することを求められているような気になる方も少なくないと思うのです。

 「ヨハネの黙示録を読む前に」という記事には、黙示録の特徴について、「天地万物の創造という、時空の視点を設けた神が、時空の流れ(歴史)を導き、その中で働き、その歴史に終止符を打つという壮大な計画を啓示したもの」だと書いています。わかりやすく言うと、神がお造りになったこの世界は、その終わりもまた神によって定められているということでしょうか。

 この箇所は、黙示録の序言(プロローグ)です。そして、「イエス・キリストの黙示」ということばから始まります。

 黙示について、「みことばの光」は、「…神が知らせてくれなければ人間には決して悟ることができない真理」だと書いています。つまり、普段の生活では目にすることの、耳にすることのできない景色を、神による説き明かしによってわからせてもらうというのが、この書を読むことの意味です。

 前置きが長くなりました。この箇所で目に留まったのは、多くの時を示すことばです。きょうはきのうとほぼ同じだった、あしたもきっときょうと同じようなのだろう…というようなことが続くのではなくて、いつの日かその時が来る、それがこの書にある「すぐに起こるべきこと」なのだということです。

 ジンバブエで長い間独裁者として君臨していた指導者がついに退任に追い込まれました。それを聞いた人々が喜びを体中で表していたニュース映像を見ているうちに、この書に黙示されているのが希望にあふれた未来なのだということと結びついてしまいました。


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