詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ビクトル・エリセ監督『瞳をとじて』 (★★★★★)

2024-02-09 21:22:48 | 映画

ビクトル・エリセ監督『瞳をとじて』 (★★★★★)(キノシネマ天神スクリーン3、2024年02月09日)

監督 ビクトル・エリセ 出演 マノロ・ソロ、ホセ・コロナド、アナ・トレント

 アナ・トレントが、また「アナ」という役で出演している、というのは、もしかするとどうでもいいことではなく、とても重要なことかもしれない。テーマが「記憶」だからね。私は、アナ・トレントはいつ出てくるんだ、出てこないんじゃないかと、半分不安な気持ちで見ていた。というのも、最初の部分は、なんといえばいいのか、いかにも「仕掛け」という感じのつくり方になっているからだ。人間を見せるというよりも、「ストーリー」を仕掛けの新しさで見せるという映画に見えなくもないからだ。「哀れなるものたち」を、ちょっと思い出してしまったのだ。
 しかし。
 後半がすごいなあ。映画であることを忘れて、どきどきしてしまった。不安になってしまった。いったい、どうなるのか。
 どんな人間でも、死んだときからほんとうの「物語」が始まる。だから「渋江抽斎」で渋江抽斎が途中で死んでしまうのは必然なのだ。ソクラテスも、死んだところから始まる。プラトンがソクラテスのことばを書き始める。キリストも、死んだところから「物語/新約聖書」が始まる。しかし、この映画では、主人公は死んでいない。生きていることがわかる。そこから、ほんとうの「物語」が始まるのだが、生きているから語り手の思う通りにはならない。「脚色」ができない。「生きている主人公」と交渉が始まり、その交渉が新しい人生になるのだが、その新しい人生というのは「過去(記憶)」を取り戻すということなのだ。そしてそれは「死んでいたかもしれないひと」の「過去」だけではなく、いまを生きているひとの「過去」を取り戻すこと、「過去」を生きなおすことなのだ。だれも知らない「いま」が始まるのだ。
 こんなことを書くとややこしくなるから、もう書かないが。
 何がびっくりといって、映画なのに映画であることを忘れてしまう。ドキュメントというのとも違う。現実に参加させられてしまう。この映画を見るとき、私はマノロ・ソロなのか、ホセ・コロナドなのか、アナ・トレントなのか。あるいは、他の登場人物なのか。そんなことは、どうでもいい。スクリーンに展開する「時間」に引きずり込まれてしまう。「記憶」はどのようにして現実(現在)の中に噴出してくるものなのか、噴出してくる記憶(過去)はほんとうに過去なのか、あるいは新しい現在(現実)なのか。
 好きなシーンはいろいろあるが、やはりクライマックスがすごい。ホセ・コロナドが瞳を閉じる前、スクリーンを見ながら、一瞬「つばを飲みこむ」のように喉が動く。何の説明もないのだが、このときの肉体の緊張感がたまらない。思わず、私もつばを飲み込んでしまう。そして、最後のシーンで、つられて瞳を閉じてしまう。そして、あわてて目を開けて、まだホセ・コロナドが目を閉じているのを見る。「ああ」と声が、こころのなかで漏れてしまう。
 音楽もとてもいい。「バックグラウンド」でありながら、「現実」そのものとして動く。その関係は「記憶」と「現在」の関係のように、動き始めた瞬間に「バックグラウンド」ではなく「現実」を深くえぐる力になる。「現実」をえぐり、過去(背景)を引っ張りだす感じだ。
 今年のベスト1、と私は思う。まだ2024年が始まったばかりだが。(私はせいぜい10本くらいしか見ることができないだろうけれど。)

 

 

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