詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ケネス・ブラナー監督「オリエント急行殺人事件」(★)

2017-12-12 09:50:44 | 映画
監督 ケネス・ブラナー 出演 ケネス・ブラナー、ジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー、ジュディ・デンチ、ペネロペ・クルス

 ケネス・ブラナーがポアロを演じる、というところが失敗原因のすべてだろうなあ。
 ケネス・ブラナーのどこがいけないか。「声」が清潔である。これが、問題。舞台でハムレットを演るときは、この清潔さが魅力になるだろうけれど、この映画では逆。
 ハムレットとポアロを比較してみればいい。
 ハムレットは「世の中」のことを何も知らない。自分の「苦悩」しか知らない。ハムレットも「事件」の推理をするけれど、それは「他人(世間)」を熟知してのことではない。つまり、「事件」に残された「人間」の痕跡から人間の「本能/本質」を探り当て、それを動かして見せる(ことばで説明しなおす)ことで「ストーリー」を展開しなおすという作業ではない。父親の「幽霊」にうながされて「事件」を探るというのは、ほとんどハムレットの「妄想」である。ハムレットは「妄想」にあわせて「現実」を揺り動かし、母親を動揺させる。(オフィーリアをも動揺させる。)動揺した人間が、別の「現実」を動き始めるという構造になっている。
 ポアロは違う。登場する「人間」ひとりひとりに「ストーリー」を読み取り、その「ストーリー」を絡み合わせて「事件」の構造を発見する。「事件の構造」に目を奪われてしまうと、この映画(ドラマ)はとても単純。恨みを持っている人間が、集団でひとを殺すというだけ。おもしろいのは、ひとりひとりの「ストーリー」、つまりひとりひとりの「苦悩」。これを、ポアロがひとりひとりを訊問する過程で丁寧に浮かび上がらせないといけない。どこかで「容疑者」と「いのち」を共振させながら、容疑者そのものとなって事件のなかへ入っていかないといけない。こういうポアロ的人間には、「声」にしろ何にしろ「透明感」は似合わない。「不透明」な何か、「人間臭い」何か、うさんくさい魅力がないと、ひとはこころを許さない。
 ディケンズを読み、そこに登場人物に共感して「ひひひ」と下卑た笑いを上げるシーンが何度かあるが、ディケンズの登場人物に「ひひひ」と笑う感じそのままで、容疑者と共振しないかぎりは、ストーリーに深みが出ない。せめて、立派な口髭に対する「偏愛」を観客に向けてアピールするのではなく、容疑者(乗客)に向けてアピールすれば、そこから「人間的」なつながりが生まれるかとも思うが。
 ケネス・ブラナーは「体型」もスマートすぎて、「余剰」というものがない。別なことばで言いなおすと、隙がない。これでは他人は接近しない。どこかに醜い部分があると、ひとはポアロをさげすむだろう。見下すだろう。「優越感」をもつだろう。この「優越感」が人間に隙をつくる。そこへしのびこみながら、そのひとそのものの「本質」を探る。「探偵」には、何か「醜い余剰」のようなもの、他人からバカにされるような要素がある方がいい。
 (脱線するが、「刑事コロンボ」のコロンボは、よれよれのレインコートがみっともない。何かあるとすぐに「うちのカミさんが……」と言うのも、なんだか尻にしかれている感じで、「このバカ」という感じを誘うね。「犯人」を油断させる。ここが、「探偵」の大事なポイントだと私は思う。犯人を油断させることができない人間は「探偵」には向いていない。)
 正義感に燃える「青春探偵」と思って見れば、まあ、映画のスピーディーな展開と、最後の「オチ」も納得できるだろうけれど、私のようにもう「老年」になってしまった人間には、この「青春の推理」はどうも納得できない。
 見たいのはポアロの活躍ではなく、犯人たちの「動揺」(そのひとの秘密)である。「個人の過去」を演じるだけの時間を許されなかったのか、どの役者も、とてもへたくそに見える。いわゆる「存在感」を発揮できずにいる。唯一、殺されて、ぱっと消えていくジョニー・デップだけがおもしろい。ジョニー・デップは、何と言えばいいのか、着ている高級なスーツまで「高級だぞ、おまえには買えないだろう。おまえには着こなせないだろう」と自己主張(演技)をしていた。私は、ほれぼれという感じでみとれてしまった。
(中洲大洋スクリーン3、2017年12月10日)




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