詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(84)

2024-03-13 23:03:25 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「その夜をもはや知らぬ……」に、矛盾がある。
                  
その夜をもはや私は知らぬ、死の恐ろしい無名性を。

 「もはや知らぬ」ということば自体が矛盾である。「もはや知っている」という表現は可能でも、「もはや知らぬ」とは言えない。「知る」ことによって「状況/状態」が変わってしまうからである。
 「きみのことは、もう知らない」という言い方はある。これは、「私はもう関係しない」という意味である。いちばん近い言い方には「もう忘れた」がある。だが、この「もう忘れた」は、たとえば「昔、その本を読んだが、ストーリーはもう忘れた」という「忘れた」とはずいぶん違う。
 「きみのことは、もう知らない(きみのことは、もう忘れた)」というとき、「きみ」を「忘れようとしている」であって、実際は「忘れてはいない」。それは言いなおせば、「まだ覚えている」であり、「決して忘れない」と言うのに等しい。言っている相手(対象)が自分と切り離せないときに、切り離せないと自覚したときに、ひとはこういう「矛盾」した表現をつかうのである。

その夜をもはや私は知らぬ、死の恐ろしい無名性を。

 「夜」を「忘れる」ことはできても、「死の恐ろしい無名性を」(名前をひとりひとり数え上げていることができない死、つまり無数の死、戦争で死ぬと多くの場合個人名は消え「人数」になってしまう、その無名性を)、詩人は決して「忘れない」と言っているのだ。「無数のひと」に、無数であるから無名になってしまう戦争の死。そういうことが起きたことを「忘れない」。詩人は、そう言っている。
 「その夜をもはや知らぬ」は、少しことばを変えながら、詩のなかで繰り返される。その繰り返されることばという点から「狂えるザクロの木」を読み返すと、また、違ったものが見えてくる。
 「その夜をもはや知らぬ……」という表現のなかには、慟哭がからみついた矛盾がある。ことばを繰り返すたびに、隠されていた奥にあるもの、慟哭が噴出して出てくる。それを明るみに出すために詩人はことばを繰り返している。ことば「矛盾」にこそ目を向けろと。
 同じことが「狂えるザクロの木」にも言えるだろう。狂っているのはザクロではない。狂っているのはザクロ以外のものである。ことばのなかに隠された矛盾が読み取れないとしたら、それは「世界」が狂っているかもしれない。ザクロを狂わせた「世界」の方こそ、狂っているのであり、ザクロが狂ってしまったのはザクロが正常だからである。


 

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