ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




東宝食堂ビル。千代田区有楽町1-6。1986(昭和61)年8月17日

車の行き交う大通りは晴海通り。日比谷シャンテの方へ入る角に戦前のビルと思われる東宝食堂ビルがあり、その1・2階には「サンマルコ」という店が入っている。


純喫茶タクト、薪屋そば。有楽町1-6。1986(昭和61)年5月18日

タクトの左は「割烹一松」。タクトはいつごろまで営業していたのだろう? 建物はつい最近まで蔦に覆われて残っていた。


東宝食堂ビル。2004(平成16)年2月7日

隣の第二日比谷ビルにはルノアールが相変わらずがんばっているが、飲食店が事務所に取って代わってきている。
asabata氏の「都市徘徊blog>有楽町・東宝食堂ビル」で、解体直前の2006年2月の写真と、屋上に「アサヒビール」の広告を載せた1998年1月の写真を見ることができる。
2007年3月に建て変わった「有楽町東宝ビル」は地上5階、塔屋1階で規模は東宝食堂ビルとあまり変わらない。建て直す必要があったのだろうか?


コメント ( 7 ) | Trackback ( 0 )



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コメント
 
 
 
純喫茶タクト (asabata)
2007-08-12 00:46:19
記事リンクして頂きありがとうございます。
蔦で覆われた怪しい建物は純喫茶だったんですね。
今回の記事で、知ることができてすっきりしました。
タクトという名前、窓ガラスの竪琴模様、名曲喫茶だったのでしょうか。
いつ頃までやっていたのか知りませんが、お店に入ってみたかったです。
 
 
 
日比谷界隈 (k-kai)
2007-08-12 01:17:23
こんばんは。
asabataさんも書いていたように、私もこの蔦で覆われた物件が気になっていました。ずっと空き家でしたし。
日比谷界隈の物件のオンパレードですね。
見る事の出来なかった物件も多く、有り難いです。
 
 
 
純喫茶 (流一)
2007-08-12 11:52:17
asabata様、k-kai様、コメントありがとうございます。
「純喫茶」という言葉もいまや死語とまでは言わないまでも懐かしい言葉になりました。タクトも純喫茶がすたれるとともにいつのまにか閉店したようですが、別の店に代わることもなく空き家になっていたのが謎です。人目につかない場所なら無断で侵入して内部を探検する手も……
 
 
 
割烹一松 (Aya)
2010-11-15 02:50:37
ネット検索をしていてここに当たりました。
有楽町にあった割烹一松の写真をみることができたなんて感激です。
私はたくさんの思い出があるんです、割烹一松に。
 
 
 
>Aya様 (流一)
2010-11-15 16:04:37
割烹一松は端がわずかに写っているだけで、申し訳ありません。改めて住宅地図を見ると裏の路地まであるかなり大きな店だったのですね。その敷地のままで「千代田ビル」に建替えられています。
ちなみに撮影時の街並みはJRのガードの側から、小谷ビル、常盤ビル、ギャラリー日比谷、ベバリサングロワ、イマイ、便利屋、割烹一松、タクト、薪屋そば、東宝食堂ビル。
 
 
 
蔦のからまる喫茶店 (ローガン佐藤)
2015-06-04 17:09:10
中学生の頃から「大人になったら入ってみよう」と思っていたのが純喫茶タクト。その後1回だけ入ったことがあります。中は1階、中2階、2階…という感じで、何だか落ち着かない心持ちだったことをおぼえています。でもこの喫茶店の写真が見られて、感激しました。
 
 
 
>ローガン佐藤様 (流一)
2015-06-06 18:29:17
純喫茶というのは、カップル(いまどき使わない言葉ですが)で入ってたいしてうまくもないコーヒーを前に会話する、という感じでしょうか。しかしこの店の外見は銀座5丁目にあった「らんぶる」(当ブログに記事があります)という名曲喫茶にそっくりですね。ステンドグラスもよく似ています。店名(指揮棒ですね)も名曲喫茶みたいな……
 
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