『みんなのお寺』 ブッダによる幸せの種がまかれた園

宗派を超え、国境を超え、時を超えて、仏教・ブッダの教えの真理に触れる事の出来る幸せの精舎を目指す『お寺』です

『正念・ヴィパッサナ』というブッダが教えてくれた『自己操縦力』

2009年05月12日 | 智慧
『正念・ヴィパッサナ』とはブッダが教えてくれた人生を上手に歩むための道具『智慧』です

それは自分の体・感覚・心を客観的に見つめ、優れたパイロットが飛行機を自由自在に操縦するように、自分自身の体をうまく操縦して幸せな人生を歩んでいくためのものです

感情が混ざることなく、冷静沈着に行動すれば物事はとてもうまくいきます

感情を引きずってしまえば、欲望・煩悩に振り回され、物事は悪いほうへと傾き進んでしまいます

『正念・ヴィパッサナ』によって『自己操縦力』を高めれば、必ずや『苦しみ』を遠ざけ、『幸せを引き寄せる』でしょう

心を映し出す鏡

2009年02月03日 | 智慧
あなたは心を映してくれる鏡を持っていますか?


私は心を映してくれる鏡を持っています


それは仏教です

仏教は私の汚れた心をたくさん映してくれます


汚れた心が映った時は心を洗わなければいけません

私の心を洗ってくれるものは仏教です

洗っても洗っても汚れるから

いつもいつも修行に大忙しです

ものの見方

2009年02月03日 | 智慧
見方が偏るから苦しむ

ありのままに見て、ありのままに受け取れば苦しむことはない

しかし見方が偏っている事にすら気付かないのが人間のさがである

であるから苦しみをありのままに見て、ありのままに受け取る人は

稀であり尊いのである




『縁起』という智慧

2008年12月26日 | 智慧
人間は経験しなければわからない生き物、ならば

環境破壊からくる苦しみを

経験しなければ環境破壊をしてはいけないとわからない

しかし環境破壊が進んでしまっては手遅れになる


そこで必要なのがブッダの智慧

全てが繋がっていると教えてくれる『縁起』という智慧

あらゆる角度・立場から見る力をつけてくれるその智慧は

あらゆる存在に存在意義を見出し

あらゆる存在があるが故に自分が生かされているということを教えてくれる

『縁起』という智慧

2008年12月14日 | 智慧
『縁起』とは『因縁生起』を短くしたものです

意味は『原因と、縁(環境)によって、生じ、現在に至る』といったところでしょうか

現在は「縁起がいい」とか「縁起が悪い」などと誤った使い方がされていますが…

仏教は業(カルマ・行い)によって報いを受ける『自業自得』『因果応報』の教えですから、いいこと悪いことが起こっているのには原因があるとみます


例えば、ここに一本の木があります

その木は最初から木としてそこにあったわけではありません

何らかのきっかけで土に種が置かれたのです……『原因』

そしてその土の栄養をもらい……『縁(環境)』

水分も雨などで適度に与えられ……『縁(環境)』

芽を出し……『生じる』

さらに栄養を吸収し続け成長し……『縁(環境)』

現在ある木になったのです……『現在に至る』


この法則はすべての出来事・現象に当てはまりますから、

「幸運にも宝くじが当たった!」
「どうして私には素敵な彼氏ができないのでしょう?」
「うちの子はどうしてこんなこともできないんでしょう」
「よりによってなんで私が自動車事故を起こしてしまったんでしょう」

なんていう全ての人間が感じる満足・不満足にも必ず原因があります

もしどうしても分らないというのならば、皆さんに起こった幸・不幸を私が説明して差し上げます

このような思考回路を自己の内につくり、人生に起こる様々な出来事、身の回りにあるいろいろな現象を正しく見抜いていく

それを見抜きブッダの教えのもとに受け入れていく

それが人が幸福になるための『縁起』という『智慧・道具』なのです


ちなみに『縁起』という法則は『真理』ですが、ブッダが言うところの『縁起』は人の行いに基ずいた教えでありますから、身のまわりに生じては消える無常の全ての出来事・現象を見抜いていく道具という意味で『縁起』は『智慧』です

『智慧』は道具

2008年12月12日 | 智慧
この世の『苦しみ』を乗り越えた生き方をするための道具

それが『智慧』です

ブッダが私たちに与えてくださった『智慧』

それは縁起・四聖諦・八正道・中道・四無量心…

それを使えば、この世の『苦しみ』を乗り越えた生き方が出来るのです