Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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パーキンソン病のバランス障害のリハビリ法として太極拳が有効!

2012年02月12日 | パーキンソン病
パーキンソン病におけるリハビリとして,すくみ足が強くて歩けない人でもエアロバイク(自転車こぎ)は難なくできるといった,ときとして驚くべき方法が報告されるが,今回,それと同じぐらい驚いた報告がNEJM誌に掲載された.4大運動症状のうち,有効なリハビリ方法がまったくなかった姿勢反射障害(バランス障害)に対し,太極拳が有効という報告である.

「太極」とは,中国の哲学書『易経』の言葉で,陰と陽の対立とか,矛盾,混沌といったものを統一し,中道に生きることが大切であるという教えである(例えばときどき見かける☯マークは,陰と陽の魚が太極(円)のなかに存在するという大極図である).この東洋哲学の重要概念である太極思想を取り入れた拳法が太極拳である.緩やかで流れるような,ゆったりとした套路という動きは,正しい姿勢・バランスや重心の運用法を身につけるのに役立つ.

つぎに姿勢反射障害について.ひとは倒れそうになると,姿勢を反射的に直して倒れないようにする反応が備わっている.しかし,パーキンソン病患者さんでは,この反応が障害されている.日常生活で問題になるのは,洗濯物など高いものを取ろうとして手を伸ばした時,椅子から立ち上がるとき,逆に座るとき,ドアを引いて開けるとき,タンスの引き出しを開けるときなど,重心が後方へ移動し後方へ転倒してしまう(このような動作を行うときは注意したり,症状の程度によっては避けるよう生活指導することが大切).障害が高度になると,立位時や歩行時にも転倒が生じる.診察方法としてはpull testがある.前述したように,姿勢反射障害に対する有効なリハビリプログラムの報告はこれまでなかった.しかし,少数例の検討で,太極拳は有効であるという報告がなされていた.

今回,米国オレゴンにおいて,太極拳がパーキンソン病患者さんの姿勢反射障害に対して有効か調べたランダム化比較試験が報告された.対象は195名のYahrステージ1~4度のパーキンソン病患者さんで,①太極拳群,②レジスタンス・トレーニング群,③ストレッチ群の3群のいずれかに割りつけた.レジスタンス・トレーニング群は,体幹と足の筋トレを行う群で,おもりを徐々に増やしながら姿勢や歩行の訓練を行う.ストレッチ群は軽めの運動を行うコントロール群的な役割を果たす.60分間のトレーニングを週2回,24週間にわたって行う.主要評価項目はdynamic posturography を用いたlimits-of-stability testにおける①8方向への最大重心移動と②運動の正確さの改善度である.そして副次的評価項目として,歩行や筋力,パーキンソン病統一スケール(UPDRS)の運動スコア,転倒回数などを調べている.

さて結果であるが,主要評価項目に関して,最大重心移動は,太極拳群はレジスタンス群より5.55 percentage points(95%信頼区間1.12~9.97),ストレッチ群より11.98 percentage points(95%信頼区間7.21~16.74)良好であった.運動の正確さも,太極拳群はレジスタンス群より10.45 percentage points(95%信頼区間3.89~17.00),ストレッチ群より11.38 percentage points(95%信頼区間5.50~17.27)良好であった.さらに副次的評価項目も,太極拳群はすべての項目においてストレッチ群より良好で,レジスタンス群と比較しても歩幅や身体機能が優れていた.転倒については,太極拳群はストレッチ群より有意に少なくなった.太極拳の効果は介入修了後3ヶ月間持続した.重篤な合併症は認めなかった.問題点としては詳しいメカニズムについては不明ではあること,研究デザインに無治療対照群がないこと,介入方法のマスク化ができないこと,パーキンソン病がオンの状態においてのみ評価が行われたことがあげられる.

以上,太極拳は軽症から中等症のパーキンソン病患者さんのバランス障害や転倒を軽減すること,身体機能を改善することが分かった.太極拳は調べてみるとパーキンソン病のリハビリ目的に国内でも行われているようだ.これから導入を試みるべき方法のようだ.

注意点:太極拳リハビリには安全には注意が必要です.まず安全(転倒防止)のために椅子に座って行うばきです.ただしパーキンソン病患者さんでは椅子に座っていても身体が傾いて,そのまま椅子から転落するということもあるため,必ず肘掛けのある椅子に座って行うなど転倒防止には十分注意をする必要があります(饗場郁子先生,ご助言ありがとうございました).

Tai Chi and Postural Stability in Patients with Parkinson's Disease
N Engl J Med 2012; 366:511-519

You Tube動画(本論文とは異なるSan Diegoの取り組みの紹介)
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5 Comments

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私が以前診ていた患者さんも (北川尚之)
2012-02-12 22:21:58
太極拳をされていました。そのせいか(?)進行は遅かった印象です。誘われて一度参加しましたが、翌日、全身筋肉痛になりました(笑)。
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Unknown (下畑 享良)
2012-02-13 05:28:40
北川先生,情報をありがとうございます.
期待が持てそうですね.みんなが学べるリハビリのプログラムができると良いなぁと思いました.
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ご質問させてください (taka)
2012-02-20 13:32:16
私、九州で理学療法士をしているものです。パーキンソンの患者さんに対してリハビリをさせていただく機会が多くあり評価方法としてupdrs を使用しています。
質問の内容なのですが評価の指タップなどで明確な回数などの区分けがないのでどうしても評価者間で相違がでる様に感じています。
先生は、評価の際に判断基準とされている事などがございましたら教えていただ
けないでしょうか?
初めての投稿で無礼を失礼します。
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Unknown (下畑 享良)
2012-02-20 13:49:19
UPDRSの指タップは原著ではたしかに数字の記載はないようです.ご指摘のように評価者間で差が出るかもしれませんが,私は何となく点数をつけておりました.これまでばらつきを防ぐための工夫が行われてきたのかもしれませんが,不勉強でよくわかりません.以下のページのようにある程度,決まりを作って,評価者内,もしくは施設内ではばらつきをなくすということもできるのかもしれません.
http://members.jcom.home.ne.jp/almond41/kari/updrs.html
どなたかコメントをいただけるとありがたいのですが・・・
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遅くなりました (taka)
2012-02-26 23:47:47
丁寧なアドバイスありがとうございました。参考にさせていただきます。
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