Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月26日)  

2020年07月26日 | 医学と医療
今回のキーワードは,嗅覚障害の長期間の持続,事前指示書記載の増加,抗体半減期はわずか73日,重症化する若者男性の遺伝的背景,人工呼吸器管理後の意識障害に対する治療,COVID-19関連ギランバレ-症候群37例,頭部MRI所見で分けた3病型,英国・中国2つのワクチンです.

中枢神経症状に関するカナダからの総説も印象に残りました.そのなかにウイルス感染の長期的影響についての議論がありました.コロナウイルスは神経向性をもち(図1),例えばHCoV-OC43や229Eは多発性硬化症やパーキンソン病への関与が指摘されています.動物実験レベルですが,MHVウイルスは嗅神経から感染し,黒質ドパミン系神経細胞を含め広く感染伝播します.よって神経向性を持ち,嗅神経から感染するSARS-CoV-2も自己免疫や神経変性機序を介して,遅発性に神経疾患をもたらす可能性があると指摘しています.このため政府に対し患者登録システムを作成し,今後数年間かけて,神経画像やバイオマーカーの追跡を行うことを提唱しています.つまりCOVID-19では遅発性,長期潜伏性の神経障害に注意が必要で,感染直後に無症状であっても長期的に大丈夫かは分からないということになります.杞憂であってほしいですが,若者であっても感染しないにこしたことはないことを伝える必要性を感じます.Eur J Neurol. 2020;10.1111/ene.14442.(doi.org/10.1111/ene.14442)



◆嗅覚障害は長期間持続する
ヨーロッパ4カ国の前方視的調査研究.対象はPCRないし抗体検査で診断され,かつ調査を完了した751名(男:女=274:477,41±13歳).このうち主観的な全嗅覚消失を621名(83%),部分的な嗅覚喪失を130名(17%)で認めた.初診から47±7日後(30~71日)の評価で,完全に回復したのは367名(49%)にとどまり,部分的な回復は107名(14%)で,277名(37%)は改善がなかった.嗅覚障害の持続期間は,完全に回復した患者では10±6日(3~31日),部分的に回復した患者では12±8日(7~35日)であった.
Eur J Neurol. July 16 2020(doi.org/10.1111/ene.14440)

◆コロナ時代における事前指示書記載の増加
事前指示書(Advance Directive)は患者や健常人が,将来自らが判断能力を失った際,自分に行われる医療行為に対する意向を前もって意思表示するための文書である.米国からの報告で,無料のウェブベースの事前指示書の利用者数を調査した結果が報告された.調査期間は2019年1月から2020年4月30日とした.COVID-19以前は,新規ユーザーが月26名,復帰ユーザーが月5名であったが,COVID-19以後(2月1日以降)はそれぞれ133名,21名と,約5倍と大幅に増加した(図2).コロナ後にサービスを利用した人はやや若く(49.3歳対51.8歳;P=0.03),自己申告の健康状態が良好であった(P=0.04).ケアの目標および終末期の優先順位には明らかな差はなかった.事前指示書の重要性に対する意識の高まりによるものと考えられる.
JAMA Netw Open. 2020;3(7):e2015762.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.15762)



◆軽症患者の抗体の半減期は約73日,長期間持続しない
無症状感染者はウイルス抗体価が低く,回復早期に陰性化してしまうことが報告されていたが(doi.org/10.1038/s41591-020-0965-6),その詳細は不明であった.今回,米国からウイルス中和活性に対応する抗スパイク受容体結合ドメインIgGの経時変化をELISAにより検討した結果が報告された.対象は軽症34名(平均43歳)で,31名が2回,残りの3名が3回連続測定した.最初の測定は発症から平均37日後,最後の測定は平均86日後に行われた.年齢,性別,発症から最初の測定までの日数,および最初のlog10抗体価を含む線形回帰モデルに基づく推定平均変化量(傾き)は-0.0083 log10 ng/ml/日であり,これは約73日(範囲52〜120日)の半減期に相当した(図3).つまり軽症患者では液性免疫は長くは持続しないことが示唆され,集団免疫の実現性やワクチンの効果の持続性について注意を喚起するものである.
NEJM. July 21, 2020(doi.org/10.1056/NEJMc2025179)



◆重症化する若者男性の遺伝的要因の同定
入院患者のうち35歳未満の若年者が占める割合は少ないが,そのなかでは男性に死亡例が多いことが報告され,男性に何らかの重症化要因(原発性免疫不全)が存在する可能性が推測されていた.今回オランダから,X染色体劣性遺伝を想定して,発症した若年男性とくに兄弟ペアの全ゲノム解析が行われた.血縁関係のない2家族の男性4人(平均年齢26歳)が対象となった.慢性疾患の既往はなかったが,発症後は人工呼吸器管理を平均10日間要した.1名が死亡した.原因遺伝子としてX染色体上のTLR7遺伝子の機能喪失変異が同定された.家系1では4ヌクレオチド欠失が同定され,家系2ではミスセンス変異が確認された.ウイルス感染で誘導される抗ウイルス系サイトカインであるI型インターフェロン(IFN)のシグナル伝達を検討する目的で,初代末梢血単核細胞をTLR7アゴニストであるイミキモドにより刺激したところ,下流の転写産物IRF7,IFNB1,ISG15のmRNA発現が対照と比較し抑制されていた.II型IFNであるIFN-γの産生もイミキモドによる刺激に対し抑制されていた.最近,重症50症例での検討で,I型IFN反応の低下が報告されていたが(doi.org/10.1126/science.abc6027),今回の結果は防御因子としてのI型IFNの重要性を示唆する(図4).
JAMA. July 24, 2020.(doi.org/10.1001/jama.2020.13719)



◆人工呼吸器管理後,意識障害が持続する原因不明の脳症に対しステロイドが有効
スイスからの単一大学病院からの症例集積研究.120名のICU入室者のうち5名が人工呼吸器管理後,2週間を経過しても意識障害が持続した.代謝性疾患やてんかんの合併はなかった.原因不明の脳症が疑われたが,頭部MRIでは血管の狭窄や髄膜の造影効果はなかったものの,頭蓋底部の血管(椎骨・脳底動脈,内頚動脈錐体部など)の内皮炎を示唆する異常造影所見を認めた.いずれの症例も髄液細胞数,蛋白は正常で,PCRも陰性であったが,全例でオリゴクローナルバンドを認めた.ハーフパルス療法(500 mg/day×5日間)を行なったところ,48-72時間以内で全例,劇的な意識レベルの改善を認め,3例は意識レベルが完全回復し,2例は変動があるものの回復した.頭蓋底部の血管炎による後方循環系=脳幹に機能障害が生じ,意識障害が生じたものと推測された.
Neurology. July 17, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010354)

◆COVID-19関連ギランバレ-症候群37例の特徴
米国から,COVID-19に関連して発症したギランバレ-症候群(GBS)37名の症例集積研究が報告された.平均年齢59歳(50歳以上で89.1%),65%が男性で,COVID-19発症からGBS発症までの期間は11±6.5日(3-28日)であった.臨床症状の特徴および重症度は,通常のGBS症例と同様だった.病型としてはAIDPが64.8%を占め,ついでAMSAN 13.5%,MFS 13.5%,AMAN 2.7%の順であった.髄液検査では76%の症例で蛋白細胞解離が認められ,検査を行った18例全例でPCR陰性であった.血清中の抗ガングリオシド抗体は17例中2名でのみ認め(アシアロGM1およびGD1b),いずれもMFSであった.33例(89%)の患者が免疫グロブリン(IVIG)で治療され,3例が血漿交換(うち2例はIVIG併用),MFSの1例がアセトアミノフェンで治療された.1例は呼吸不全で死亡したが,33例(89%)で8週間以内に改善を認めた.
Muscle Nerve. July 17, 2020(doi.org/10.1002/mus.27024)

◆COVID-19と他のインフルエンザ疾患との神経症校の比較
イタリアの単一施設からの報告.インフルエンザ/呼吸器症状にて入院した患者で,PCR陽性群213名と陰性群218名の神経症候を後方視的に評価し,COVID-19に伴う神経症候とその頻度を比較した研究が報告された.PCR陽性患者では,頭痛(4.6%対0.4%),発熱や低酸素血症を伴う脳症(35.2%対21.1%),嗅覚低下・消失(6.1%対0.9%),虚血性脳梗塞(0.9%対7.3%:なぜかむしろ少ない),筋力低下(32.3%対7.3%),筋痛(9.3%対0.9%),筋障害(4.7%対0%),CK上昇(58.2%対24.7%)の頻度が高かった.以上より,COVID-19は他のインフルエンザ疾患と比較した場合,頭痛,嗅覚障害,筋障害がとくに高頻度に認められる.
Eur J Neurol. July 18, 2020(doi.org/10.1111/ene.14444)

◆頭部MRI所見とそれに対応する神経症候
フランスの10病院による多施設共同研究で,COVID-19患者64名(男:女=43:21,平均66歳)を対象とした神経症候および頭部MRI検査に関する後方視的研究.36名(56%)の頭部MRIで異常が認められ,虚血性脳卒中(17名;27%),髄膜の造影所見(11名;17%),脳炎(8名;13%)が最も頻度が高かった.神経症候として最も多かったのは錯乱(53%)で,次いで意識障害(39%),錐体路徴候(31%),興奮agitation(31%),頭痛(16%)であった.画像による虚血性脳卒中,髄膜の造影所見(図5),脳炎の3群の比較では,虚血性脳卒中を呈した患者は,他の群と比較して,急性呼吸窮迫症候群ARDSの頻度が低く(18%対73%対75%;p=0.006),錐体路徴候の頻度が高かった(59%対36%対13%;p=0.02).脳炎患者は若年に認められ(中央値75歳対64歳対59歳;p=0.007),髄膜の造影所見を認める患者では興奮agitationの頻度が高かった(6%対64%対38%;p=0.009).
Neurology. July 17, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010112)



◆AstraZeneca社とオックスフォード大学のCOVID-19ワクチン第1/2相報告
英国の5つの試験施設において,スパイク蛋白質を発現するチンパンジーアデノウイルスベクターワクチンAZD1222(ChAdOx1 nCoV-19)(n=543)と,髄膜炎球菌複合ワクチン(MenACWY)(n=534)を対照として比較した第1/2相単盲検無作為化比較試験が実施された.AZD1222により中和抗体がほぼ全員(単回投与後で91%;32/35名,2回投与後では100%;9/9名)に認められた.また全例でT細胞反応が認められ,スパイク蛋白質特異的エフェクターT細胞反応は14日時点でピークとなり,2か月後の測定でも維持された.副作用はAZD1222で多く,注射部の痛み,頭痛,疲労,寒気,発熱,倦怠,筋痛が認められたが(いずれもp<0.05),パラセタモールの予防的使用で軽減した.重篤な有害事象はなく,許容できる安全性プロファイルを示した.現在,大規模なPh2/3試験が英国,ブラジル,南アフリカで進行中である.
Lancet. July 20, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31604-4)

◆中国CanSino社のCOVID-19ワクチン第2相報告
アデノウイルス5型(Ad5)ベクターCOVID-19ワクチンの第2相試験の報告.武漢の単一施設で実施された.免疫原性と安全性を評価するための初の無作為化比較試験であり,有効性試験のための候補ワクチンの適量を決定することを目的とした.1mLあたり1×10(11)ウイルス粒子の高用量群(n=253),5×10(10)ウイルス粒子の低用量群(n=129),または偽薬(n=126)に割り付けられた.高用量群,および低用量群の28日目の抗体陽転率はそれぞれ96%および97%であった.いずれの群も有意な中和抗体反応が誘導され,各群の幾何平均抗体価は19.5および18.3であった.単一細胞レベルで分泌されたサイトカインを検出できる特異的インターフェロンγ酵素免疫スポットアッセイ反応は,各群で90%ないし88%で観察された.副作用に関して,重度(グレード3)有害事象は高用量群では9%,低用量群では1%であった.以上より,低用量投与は,安全性は良好で,抗体やT細胞反応は同等と考えられ,第3相試験では低用量投与の効果を調べるべきと結論づけられた.
Lancet. July 20, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31605-6)
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